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完成
しおりを挟む二週間後。ついに、指輪が完成した。
細工師が夢中になって作り上げ、予定より一ヶ月も早く仕上がった指輪は、美しいデザイン画とも比較にならないほどの出来映えだった。
「これは……素晴らしいですね」
「ええ、あまりにも美しいです……」
ロイとアイリスは感嘆の溜め息をついた。
この指輪はアールが後に国宝に指定するだろうが、これならば国宝に相応しいのではないだろうか。
アールが贈った指輪も人間国宝と名高い職人のもので、二つ一緒に国宝、もしくは王家の宝に指定しても何ら問題はない。
そう思いながら風真を見たロイとアイリスは、首を傾げた。
「フウマさん?」
「……」
「フウマさん? どうされました?」
「……えっ、あっ」
呆然としていた風真は、ハッとして指輪から視線を外す。
「アールのためだけの指輪だなと、感動して……」
想像してました、とへらりと笑った。
指輪単体でも目が離せないほどに美しいが、アールが着けたところを想像すると更にうっとりしてしまった。
「完璧な造形美のアールの指に、こんなに綺麗な指輪を着けたら……大天使の彫像になりますよね……神様、俺の部屋に像作ってくれないかな……」
アールがいない時でもアールを見ていたい。風真らしくないぽそぽそとした声は、由茉が感極まり、キャラや作品への愛を語る姿に酷似していた。
「ふふ、フウマさんは本当にアール様を愛しておられるのですね」
「愛、…………好き、ですよ」
「恥ずかしがるお顔が大変愛らしいですわ」
「うっ、可愛くはないですっ」
微笑ましく見つめるアイリスと、微笑ましいのだが複雑な気持ちでアイリスと風真を見つめるロイ。
細工師だけは、愛を超えて崇拝の域ではと戸惑っていた。変わったと噂では聞いていたが、あの横暴で冷酷だった王太子をここまで溺愛するとは。一体どれほど柔和になったのだろう。
その様子に気付いたロイは、何事かを思案する。そして。
「神子様。婚約式にはこちらの指輪を使用されてはいかがでしょう? 結婚式とは違い、思い出の指輪を使用する事も多いですよ。私たちもそうでした」
「そうなんですかっ? 帰ったらアールに相談してみますっ」
風真は太陽のような笑みを見せ、受け取った指輪を嬉しそうに見つめる。
「せっかくですし、婚約式には細工師殿もご招待されてはいかがでしょうか?」
「ご招待したいですっ。あのっ、招待状を送らせていただいてもいいですか……?」
恐れ多いと断るには、遠慮がちに見上げるキラキラした瞳が口を噤ませる。
この瞳を、笑顔を曇らせたくない。細工師の口は無意識に「恐悦至極にございます」と零していた。
指輪の箱を握りしめ、指輪がしっかり見える席を用意しますね、と太陽のような笑顔を見せる風真に、やはり断らなくて良かったと細工師は安堵する。例え当日、恐れ多さに震える事になろうとも。
「神子様を溺愛される兄上のお姿も、ぜひともご堪能ください」
ロイがにっこりと笑みを浮かべると、心を読まれたかと細工師は罰が悪そうに笑った。
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ソワソワしながら夕食を終え、風真は真っ直ぐにアールを見据えた。
「アール。大事な話があるんだ」
「……聞きたくない」
「へ?」
「聞きたくない」
「なんでっ? 俺っ……」
「言うな。聞きたくない」
有無を言わせぬ口調で告げ、ガタリと席を立った。
指輪の事を知った上で、受け取りたくないと言っているのか。咄嗟に考えてしまい、血の気が引いた。
アールのために用意した指輪。アールは喜んでくれるだろうかと不安と期待でずっとソワソワしていた。それなのに……。
「待って! ってか、なんの話か知らないだろっ!?」
アールが隣を通り過ぎる前に、ガシッと服を掴んだ。ショックで手が震える。それでも、黙って見送る風真ではない。
だが勢い余って椅子から落ちそうになり、アールは顔色を変えて風真の体を支えた。
「ごめ……ありがと……」
アールの服を破るかと思った。自分が落ちる事よりそちらを心配してしまい、心臓がバクバクする。
(……こんなに大事にしてくれるのに、指輪拒否とか……勘違いだよな)
きっと何かと勘違いしている。そう思いながらも、問うのが怖い。アールの腕を握ったまま、視線を伏せた。
「アール、落ち着けって。別れ話じゃないから」
見かねたユアンが、あっさりと重い空気を打ち消した。
顔を上げたアールは疑いと戸惑いの表情を浮かべ、風真はアールを見上げて目を瞬かせる。
「えっ? 別れ話って思ってたの?」
「……見た事のない神妙な顔をしているから、そうかと」
「うぇっ!? 俺ってまだそんなに愛情表現足りないっ?」
「私の問題だ。飽きられたか、つまらない男だと気付かれたか、怒らせたか……何より夜の行為に関して、満足出来なかったかと」
「あっちもこっちも天才が何言ってんの……」
あれだけ喘がせて足腰立たなくさせておいて一体何を。
「先日、限界を越えさせてさすがに嫌われたのではと」
「あー……」
言うも憚られる、次回予告宣言の通りに何度も潮を吹かされたあの日だ。
意識どころか記憶が飛ぶまで抱かれた。達しすぎて何も出なくなったところまでは、朧気ながら覚えている。
「別にあれは、……毎回は困るけど、月イチくらいなら……」
「っ、許して貰えるか?」
「うん……まあ、たまには……俺も、したいなって、思うし……」
翌日はあちこちが痛いものの、気分はすっきりしている。何より、アールが我慢せずに全身で求めてくれることが嬉しかった。
頬を染めてポソポソと呟く風真を、アールはしっかりと抱きしめる。愛していると囁き、額に口付けた。
「お二人とも。私たちがいることをお忘れでは?」
「!? すみませんっ!!」
咄嗟に背筋を伸ばし、アールの胸を押す。離れようとする風真をアールは決して離さないとばかりに抱きしめた。
「別れ話ではないと、何故私が知らない事をユアンが知っている?」
「拗ねるなって。神子君の話を聞けば分かるからさ」
「何故それを知っている」
「アールには内緒にしておきたいことだからだよ」
「……何故」
「神子君、ごめんね。アールを連れて行って説明してくれるかな?」
「はい!」
ユアンは「アールもまだ子供だな」と苦笑して、ぐいぐいとアールを引っ張り食堂を出て行く風真と、嫉妬と共に自分だけが知らなかった事に拗ねているアールを見送った。
・
・
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「アールに渡したいものがあるから、取って来るよ」
「それなら私も」
「待ってて。バルコニーで待ってて」
「……分かった」
アールを部屋に押し込みそう言うと、おあずけされた犬のようにしょんぼりとした顔をした。
(俺のせいでどんどん可愛くなってく……)
俺のせいで。
脳内で反芻する。好きな人に自分が影響を与えていると思うと、たまらない気持ちになる。
緩む頬を抑えきれずにへらへらと笑いながら自室へと戻り、目当ての物をしっかりと抱え、足早にアールの部屋へと向かった。
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