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スキンシップの基準2

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(親子のスキンシップか……)

 改めて考える。
 風真ふうまの両親は子供の頃に亡くなってしまい、友人から聞いた話や想像でしかないが。二十歳になる息子と父親のスキンシップは、アールが言ったように肩を叩く程度のものだろう。

 だが、本音を言うと、ユアンに褒められるのも撫でられるのも、抱きしめられるのも嬉しくて心地よい。以前にユアンに言われた通り、親鳥に包まれる雛の気持ちだ。


「……俺が養子になったばかりということを考慮しまして」

 ユアンの言う事ももっともだと、風真はその案を採用した。

「手を繋ぐ、頭を撫でる、抱きしめる。そしてこの国の文化を、俺の世界の似たような国と照らし合わせて、頬や髪にキスまでが可能な範囲かと」
「…………そうか」

 アールが苦渋の選択とばかりの声を出した。

 風真の答えに、ユアンは嬉しそうに笑みをたたえて立ち上がる。そして風真のそばで腰を屈めた。

「キスは頬と髪だけ?」

 ちゅっ、とわざと音を立てて頬と髪にキスをする。

「っ……、えっと……唇とか胴体とか以外は、大丈夫なはずです」
「じゃあ、指や手の甲は?」
「……王族のいる国ではやってました」

 記憶を辿り、とある国を思い出す。するとユアンは指と手の甲に軽く唇を触れさせた。


「耳と首は?」
「っ……駄目です」
「残念。手がいいなら、脚は?」
「それは色々と駄目です……俺が感じそうな部分はアウトです」
「それは分かりやすいな。それなら、ここも駄目か」

 クスリと笑い、手首の内側をするりと撫でる。

「ひッ……、……駄目でした」

 ゾクゾクする感覚にビクリと跳ねる。ついに手首まで大変感じるようになってしまった。

「そこは私が開発した」

 今まで黙って見ていたアールが、ここぞとばかりに主張してきた。

「そっか。俺が開発した場所も多いし、フウマは性感帯ばかりになってしまったね」
「っ……」
「僭越ながら私も少々、開発に携わらせていただきました」

(商品開発みたいな言い方!)

 内心でツッコミを入れながらもおとなしくされるがままになる。
 アールの耐性を付けるため。そして、久々に二人の体温を感じられて嬉しくて。


「フウマ。お父様のところにおいで」
「え、っと……」
「仕方ないですね。フウマさん、ありがとうございました」
「あ、いえ、こちらこそ……?」

 あれ? と思いながら床に下ろされ、すぐにユアンの膝に乗せられた。

「…………父親との、スキンシップか……」

 アールが絞り出すように呟く。

「そんなに不機嫌な顔したら、フウマが気にするだろ?」
「黙れ。スキンシップは許可したが、嫉妬もすると言ったはずだ」
「フウマ。君の婚約者は嫉妬深くて大変だね。俺たちは親子なのにね」
「えっ、とぉ……」
「早く慣れて貰えるように、もっとスキンシップしようか」
「わっ、ユアンさんっ」

 ぎゅっと抱きしめられ、頬擦りをされた。

「へへ、俺そんなに子供じゃないですから」
「子供じゃなくても可愛いからつい、ね」

 元の世界にいた頃に街で見た、小さな子供と親のようなじゃれ合い。
 あの頃は、両親が生きていた頃を思い出して悲しくて涙が溢れそうになった。だが、今は。


「……俺、ユアンさんがお父さんになってくれて、嬉しいです」

 包み込むような優しさと、暖かさ。両親を思い出すと今でも切ないけれど、もう、悲しくはない。たくさん愛されて、大切にされているから。
 腹に回った手にそっと手を重ね、目を閉じた。

「フウマ……。こちらこそ、俺の家族になってくれて、ありがとう」

 風真と、アールやトキと過ごすこの時間が暖かな家族なのだと、髪に、頬にキスをして、腕いっぱいに抱きしめた。





「迫真の演技で思わず信じたけど、トキも気付いてたのか」

 アールと風真が部屋へと戻り、ユアンはトキにそう声を掛けた。

「演技、ですか?」
「アールがわざと負ける資料で挑んできたことだよ」
「ああ、あれはわざとらしかったですね」

 あの事かと、トキはクスリと笑う。

「親子のスキンシップなら許して貰えるかって、神子君から訊かれたんだろうけど。自分の口から許すとは言いたくなかったんだよな」
「そうですね。言えない殿下なりの精一杯だったのでしょう」

 ユアンとトキが真意に気付き、論破してスキンシップを赦さざるを得ない状況に持ち込む事をアールは期待していた。
 元々平民の風真は、擽る程度のスキンシップはしていたと以前に聞いている。改めて線引きを決め、風真の望みを叶えると同時に、アールも安心感を得るつもりだったのだろう。

「相変わらず、アールは甘え方が下手だな」
「甘えてくださるようになっただけでも、進歩していますよ」

 二人はクスクスと笑う。
 ユアンとトキなら気付いてくれる。決めた約束は破らない。
 そう頼られて、信頼されて、応えない訳にはいかないだろう。


「甘えられる事は嬉しいのですが、殿下に強く申し上げた事も全て本音です」
「ん? あれ、本当に本当の本音だったのか?」

 ユアンは目を丸くする。

「勿論です。私たちは、フウマさんの使いとしては平等の立場ですので」
「あー……まあ、そうだよな」
「それに、私が早々に身を引いたのは、フウマさんの幸せを一番に考えたからです。そのフウマさんは、私たちとも今まで通りの関係を望んでおられます。殿下の顔色を窺うなど、フウマさんの自由を阻害しているも同然でしょう?」

 自由に駆け回る風真が一番愛しい。皆の想いは同じだ。

「勿論、フウマさんは恋人のいる身で今までのような貞操観念ではいけないと分かっています。私たちが過剰に触れないように我慢する事も、必要な事です。今までと全く同じようにとはいきません」
「トキ、前にイかせなければいいとか言ってなかった?」
「フウマさんは感じやすいですから、スキンシップの間にそうなる可能性も高いでしょう?」
「いくら神子君でもそこまではないよ」

 抱きしめて撫でるくらいではさすがにそうはならない。ユアンは苦笑した。


「はぁ……聞きたいですね。フウマさんの、ひゃんひゃん鳴く愛らしいお声」
「…………ああ」

 父親として接すると決心しても、まだ想い全てを捨て去る事は出来ていない。もしかすると、一生捨てられないかもしれない。

「殿下と同じ想いの強さを抱く私たちに、フウマさんを禁止されるなど……さすがに私も怒りと嫉妬が爆発してしまいました」

 それが一番の本音です、とトキはカップの中身を飲み干した。

「怒ったトキは怖いけど、さっきのは今までで一番怖かったよ」
「そうですか? それは良かったです」

 トキは輝く笑顔を浮かべる。アールに自分の気持ちが伝わって良かった。それは本音だ。

「ユアン様が殿下のお立場でも、同じようにフウマさんに触れる事を禁止されたでしょうね」
「あー……俺はもっと酷かったかもな」
「監禁でもしていましたか?」
「トキもだろ?」
「ええ、私も……」

 そこでふと、トキは瞳を伏せる。


「……私は監禁するより、皆様の前でフウマさんを辱しめて悦がり狂いながらやめてほしいと泣き喚いて縋るお姿を望んでいました」

 懺悔のように紡がれる言葉に、ユアンは息を呑んだ。

「私が恋人なら……お二人がフウマさんを抱く事も、許していました。その方が皆が幸せになれたのではと……少し前に、そう考えた事もあります」
「……誰を選んだとしても、一途だろうフウマを知っていながら?」
「だからこそ、です」

 だからこそ、自分に泣きながら助けを求める姿を想像して興奮した事もある。
 風真に耐えきれないほどの快楽を与えて泣かせるだけでは飽き足らず、絶望を与えて泣かせる事まで望み始めた事に気付き、二度目の恋心も諦めたのだ。

「……だからこそ、今は、お二人には幸せになっていただきたいのです」

 トキは、眉を下げて微笑んだ。

「今までのように私たちに触れて、私たちには恋心はないのだと……もう、少しも望みはないのだと、殿下でなければならないのだと、思い知らせて欲しいのです」

 先程抱きしめた時に、無邪気に触れてきた手を、おとなしく抱かれていた姿を、もっと見せてほしい。優しい体温以外は望んでいないと何度も見せて思い知らせてほしい。


「……それは、考えた事もなかったな」

 ユアンがぼそりと呟く。

「俺はただ、神子君に触れたくてスキンシップを望んだから……」

 全く望みがないと思い知らされるのは、分かっていても悲しい。

「でも、そうだな……。俺も、そのつもりで触れてみるよ」

 触れているうちに、自然と想いは穏やかなものに変わっていくかもしれない。いつか、恋心は優しい想い出に変わるかもしれない。


「やはり、そちらの呼び方の方がしっくりきますね」
「ん?」
「先程から呼んでいますよ? 神子君、と」

 ユアンは目を瞬かせた。全く自覚がなかった。

「父親らしくいようと、ご無理をされずとも良いのでは?」
「無理は、…………してる、のか……?」
「まったく。天然ですね」
「……今のは嬉しかった」
「すっかり親馬鹿ではないですか」

 嬉しそうに口元を緩めるユアンに、クスクスと笑う。
 こうして笑っていられるのなら、この選択は間違いではなかったと、いつか皆が幸せだと心から思える日に辿り着くのだと、そう信じてトキもそっと笑みを零した。

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