比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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スキンシップの基準

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「調査の結果、二十歳を過ぎた親子のスキンシップは、労いに肩を叩く程度だと判明した」
「フウマは俺の息子としては生まれたばかりだから、そっちで考えるべきだろ?」
「二十歳の男を、赤子として扱うだと?」
「しばらくの間はね。戸籍上はつい最近養子になったんだし、親子としての絆を育むための時間とスキンシップは必要だよ」

 夕食を終え、食後の紅茶を飲んでいる時に、アールは統計図の書かれた書類を出してこの話を始めた。

(後日って言ってたのにな……)

 夕食までの時間も、食べている間も、この後アールに抱かれるのだと風真ふうまは悶々としていた。その状況でまさかこの話を始めるとは思わないだろう。


「そもそもこの調査は貴族に限定したものだろ? 平民の意見も聞かないと、フウマの求める親子のスキンシップとズレが出ると思うけどな」
「……今はフウマは」
「王族同等の権力でも、フウマは二十年間平民として暮らして来たんだ。それなら、慣れ親しんだ文化や生活環境がある。フウマのためを思うならそっちに合わせるべきだよ」

 ユアンの堂々とした意見に、アールは見事に論破された。
 それもそのはず。親子としてのスキンシップなら良いかと風真が訊ねたのは数時間前だ。そこから調査をすれば、平民の意見まで聞くのは難しい。
 アールの性格では、資料にない主張をする事は出来ない。仕事ではしっかりと調査した上で、揺るぎない事実と自信をもって決断をするのだから。

(アール、また焦ってるのかな……)

 アールなら、平民側の意見も集めるべきだと分かっているはず。情報を集めるまで待たずに今話したのは、その間にユアンが過剰なスキンシップをするのではと焦ったからだろうか、と風真は思案する。

(それとも、俺が正式に養子になったから?)

 ユアンは持てる力をフルに活用し、短期間で養子の登録を承認させた。
 今の風真は、フウマ・ハヤカワ・ディ・ミュラーという異世界らしい大仰な名前だ。ユアンがミュラー家の戸籍から抜けるとなると、風真もまた色々と変わるらしい。

 元の世界での姓を捨てるのではなく、ミドルネームとして登録しようと相談された時、元の世界で生きてきた時間と家族まで大切にしてくれているのだと、泣きそうになってしまった。
 ユアンの望む形で応えられなかった分も、息子として、家族として、ユアンを大切にしたいと思った。


「ユアン様の仰る通り、フウマさんの世界では一般的にどのようなスキンシップをされていたか、そしてフウマさんがどのようなスキンシップを望んでいらっしゃるかが重要だと私も考えます」

 今まで静観していたトキが、静かな声で紡いだ。

「そもそも、ですが、殿下はフウマさんに選ばれ、婚約式の日取りまで決まっています。例えフウマさんが私と体を重ねたとしても、フウマさんのお気持ちは揺るがないでしょう」
「トキ、その例えは……」
「フウマさんを誰にも触らせたくないというお気持ちは、私たちが一番理解しています」

 鋭い声音に、アールでさえ口を噤む。トキはそっと息を吐き、真っ直ぐにアールを見据えた。

「正直に申し上げます。私たちは殿下が羨ましく、妬ましくもあります。フウマさんに恋人として触れるという、私たちが渇望していた地位と栄誉を得ているのです。そのような幸福を手にしていながら、私たちに肩を叩く以上のスキンシップは禁止する、と? それはあんまりではありませんか」

 笑顔を消し、鋭く睨む瞳に、隣に座る風真は身を縮ませた。普段冷静なトキが静かに熱く感情論を語る、こんな姿は見た事がない。
 トキはスッと瞳を細め、重々しい声を出した。

「それとも、私たちが殿下からフウマさんを奪うような、姑息な真似をするとでも?」
「っ……、そのような事は思っていない。私は、二人を……二人は私にとって、掛け替えのない存在だっ……」

 風真が召喚されてからの日々は、アールたちにも大きな変化を及ぼした。もう、互いになくてはならない存在になっている。
 自分の事ばかりで、トキとユアンがどう思っているかを考える余裕すらなくなっていた。このまま二人を失ったら。そう考えると血の気が引き、アールは必死で訴えた。


「私はっ……」
「ありがとうございます。私も同じ気持ちですよ」

 突然穏やかな声音に戻り、にっこりと爽やかな笑顔を浮かべる。アールどころか、ユアンと風真も目を見開いた。

「ですが、申し上げた事は本心でもあります。そしてそれ以上に、大切な殿下とフウマさんの幸せを最も願っているのも私たちですよ」

 優しい瞳でアールを見つめる。

「宝物を大切にしまっておきたい気持ちは重々承知していますが、私たちと、何よりフウマさんを信頼して、親子や友人としての触れ合いは寛大なお心でお許しください」
「えっ、わっ!」

 トキは風真を膝に乗せ、ぬいぐるみのように抱きしめた。

「すぐにお許しになるのは難しいと思います。ですので、愛でられるフウマさんを嫉妬なさりながら眺めて、じっくりと耐性を付けられてくださいね」

 あまりに爽やかな笑顔と突然の行動に、アールは唖然としたまま二人を見つめる。ユアンは戸惑った瞳でトキを見ていた。

「あのっ、下ろしてくださいっ……トキさんの脚が折れちゃいますっ……」
「フウマさんはいつでも誰かの心配ばかりですね。私は大丈夫ですよ。フウマさんをこうして乗せて愛でられるように、鍛えていますから」
「鍛えっ……ほんとだっ」

 尻の下の安定感も、ぺたりと触れた腕も、馬車の中で抱えられた時より逞しくなっている。見た目は細いが締まった綺麗な筋肉だ。

「って、鍛える理由~!」
「フウマさんを愛でるためなら、努力は惜しみませんよ」

 ふふ、と微笑み、風真の肩に頭を乗せて暖かさを堪能した。


「トキ……突然、どうしたんだ?」
「ユアン様があまりに殿下に配慮されるからです」
「うん? 俺のせい?」
「殿下はフウマさんの事になると周囲が見えなくなるのですから、今のままではフウマさんが誰かに触れられる度に嫉妬し、お部屋に監禁して拘束し、お仕置きと称して強引な行為を強いるようになられますよ?」

(うっ、ちょっとだけ当たってる……)

 風真はそっと視線を逸らして冷や汗を流す。その反応でユアンは気付いてしまった。

「それは……見過ごせないなぁ。耐性を付けさせる重要性はよく分かったよ」

 ユアンは笑顔を浮かべ、トキのようなひんやりとした雰囲気を漂わせる。
 びくりと震えた風真の腹をトキがぽんぽんと撫でて宥めるが、風真はハッとしてアールを見た。

「……すまない。私も、横暴と言われていた頃から変わっていないと考え、行動を改めようとしたのだが……」

 アールは素直に謝罪し、頭を下げる。

「……トキの気持ちを聞けて良かった。長らく苦しませて申し訳ない。私は今後もフウマに触れる者全てに嫉妬するが、耐性は必要だと考える」

 スッといつも通りに背筋を伸ばし、凛とした声で告げる。そして。


「嫉妬に駆られ、各国から客を招いた際に目の前で神子を犯しでもすれば、取り返しの付かない事になるからな」
「ほんとにねっ!?」

 とんでもない。風真は両手で顔を覆った。

「フウマさんの魅力は国をも超越しますから……。貴賓の皆様には危害を加えられませんし、お気持ちは痛いほどに理解出来ます」
「俺もだよ……。フウマも王太子妃になれば、パーティーに全く参加しないという訳にもいかないからね」
「お前たち……」

(感動的な話みたいになってるっ……)

 とんでもない内容に、そんなに切ない感じで同意しないでほしい。絆が深まったのは嬉しい事だが、内容がつらい。

「……他国の権力者にフウマさんが辱しめられるくらいなら、私が」
「!?」

 アールやユアンにも届かない呟きは、風真には聞こえてしまった。それも耳元で。


「では、耐性を付けるために、スキンシップについてのお話に戻しますね。フウマさんの世界で親子のスキンシップとは、どのようなものでしたか?」

(そんな爽やかに……)

 先程の呟きはなかった事にされている。まだ微かにトキエンドや三人の玩具エンドの気配を感じ、風真はきゅっと唇を引き結んだ。

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