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誤解を解いたら
しおりを挟む(よし。アールの落ち込みも戻ったし、これも言っとこう)
アールの頭を撫でながら、思案する。
今はまだ感情を勉強中だが、覚えの早いアールはきっとすぐにこんな可愛い姿は見せなくなってしまう。
子育てのような微笑ましい気持ちで、優しく声を掛けた。
「じゃあ、俺の予定を教えることで解決な。それと、アールは俺を傷付けないようにってすごく我慢してくれてるから、それで爆発しちゃうと思うんだよな。したいことあったら我慢しないで、小出しにしていこ」
「……それは、出来ない」
「んっ、なんで?」
はっきりと拒否され、風真は声を上げる。
「二人になると緊張して出来ないが、人目のある場所で思い出して、したくなる。我慢せざるを得ない」
「そっ……れは、えっちなやつ?」
「ああ」
「ちなみに、どういう……あっ、その中でも比較的ライトなやつから」
「……お前が前後不覚になるほどに、抱きたい」
「!」
全然ライトではなかった。それに、さすがに人前では我慢しないと駄目なやつだ。
「先程、その場で犯すと言った。あれは、本気だ」
「!?」
「あの男の目の前で、フウマは私のものだと見せつけてやりたかった」
(そっか!? アールって嘘付けないもんな!?)
内心で頭を抱える。
「私は、しようと思えば出来る。だが、フウマを傷付ける事はしたくない」
「傷付かな……いや、人としての何かは傷付くかな……」
それに、クーデター、と脳内に浮かび、視線を伏せた。
「そんなとこ見せるの申し訳ないし、何より恥ずかしくて、今後騎士さんと顔を合わせられない」
「それが目的だ」
「ンッ、……そっか。そんなに想ってくれてるアールの前で、軽率だったよな」
そこまで出来てしまうアールの重めの愛情は、嬉しいと思う。
だが、騎士はただ睫毛を取ってくれただけ。これからもその程度の接触は起こるだろう。今後も他の誰にも触れさせない、話さない、見ないというのは難しい。
(俺に触るのは、ユアンさんとトキさんくらいだけど……)
神子という立場上、そしてユアンという牽制があるため、第一部隊の皆も触れてこない。
その皆とは話すのも食事をするのも楽しくて、アールのためだとしても、それをやめるというのは……正直、かなりつらい。
「……俺、口から生まれたのかなってくらい、話すのが好きで」
「そうだろうな」
「納得されたっ」
「だからこそ、それを制限したくはない。犬の脚を縛るようなものだ」
「例えるの、魚とかじゃないんだ……」
「魚? 犬だろう?」
「人間だけど……」
定期的にこんなやり取りをしている気がする。もう犬でいいや、と諦めた。
「言いたい事は分かっている。今後の食事会も茶会も自由にして構わない。だが、騎士たちと食事をする時はユアンから離れるな。そのユアンが妙な気を起こしたら、躊躇せずに急所を攻撃しろ」
「えっと……うん、分かった」
ユアンは牽制としては最強だが、本人が一番危険。アールの言わんとする事を察し、こちらも諸刃の剣だと風真は苦笑した。
(でもユアンさんはもう、親子のスキンシップをしようとしてくれるから……)
それすらも駄目だと言ってしまった。息子として接しようとしてくれているユアンに。
「……親子のスキンシップなら、いい?」
「…………後日、許可出来るラインをユアンと話し合う」
「うんっ、お願いしますっ」
嬉しそうな笑顔にも嫉妬してしまい、風真を引き寄せ、抱きしめた。
こうして許可を求めさせる事も、風真の行動を制限している。我慢しないで欲しいと言ってくれる風真に、我慢をさせている。
ただでさえ神子として外出が制限され、旅行に行く事も出来ないというのに。
冷静になるとどれほど身勝手な事を言っているか自覚した。これでは横暴と言われていた頃と何も変わらない。
アールはそっと息を吐き、床に座ったままだった風真を抱き上げ、ソファに下ろした。
「我が国の神子を床などに座らせたままで、すまない」
「へへ。王太子に膝を付かせてごめんな」
すっかり元に戻ったアールに、今度は風真から抱きついた。
ふわりとした黒髪を撫でながら、アールは口を開く。
「人に会う予定があるなら、先にフウマの口から聞いておきたい」
「うん。来週の水曜にここの温室で、騎士さんと護衛さんとの定例昼飲み会と、まだ未定だけど第一部隊のみなさんとランチに行く予定があるよ」
「……夜の飲み会ではなく」
「えっ」
「昼では任務先から集まるのも一苦労だろう。夜でも構わない」
「えっ、……いいの?」
アールから言い出すとは思わず、本当にいいのかと見つめた。
「ああ。だが、いくら酔っても帰って来い。ユアンとの朝帰りは許可出来、……親子でも、まだ駄目だ。嫉妬する」
言い方を変えただけで、許可するしないと自分勝手な事は変わらないのでは。アールはハッとする。だが、風真は大喜びでアールの頬にキスをした。
「ありがと、アールっ。絶対帰るよっ」
「ふ……、お前は笑っている顔が一番可愛いな」
「ンッ……」
「ユアンにも、私の部屋に連れてくるよう頼んでおく」
「自力で帰れないこと前提だった!」
「遠慮せずに好きなだけ飲んで来いという意味だ」
「あっ……、へへ、ありがと」
気遣いが嬉しい。頬を緩める風真に、今度はアールの方から口付けた。
「私の予定だが、来週末に夜会に出る」
「夜会」
「各家門の動向を探るためだ。やましい事は何もない」
「うん、アールは俺のことめちゃくちゃ好きだし、その心配はしてないよ」
「……お前は、何故そこまで私を信じられる?」
「うぇっ!? アールにこんだけ大事にされて愛されて嫉妬されて執着されてたら、心配する要素ないよっ?」
日々の予定を教えてくれる事もだが、もしかして自覚がないのかと驚いてしまった。
だから夜会でアールに熱烈にアピールする令嬢を想像しても、その人は俺しか見えてないからごめんな! と偉そうな優越感しかない。
(いや、まあ……嫉妬はするけどさ)
それとこれとは別だ。俺のだから触るのは駄目! と背後に隠したくなる。
「俺が心配してるのはさ、夜会って夜だろ? アールは最近ますますアンニュイ美人度が増してきたから、身の安全を守ってほしいなって」
「何を馬鹿な事を」
「あっ、久々に馬鹿って言われた」
懐かしい、とへらりと笑う。
「でも、本気で心配してるんだからな。アールは大きくなっても天使なんだから。色気も増し増しで、俺でも押し倒したいって思うくらいなのに」
「思ったなら押し倒してくれ」
「ンッ、……俺も男なので、あまり煽らないでください」
「そうか、すまない」
クスリと笑い、風真の背を撫でた。
「私が襲われるという、その心配を、私はいつもフウマに対してしている」
「っ、そっか……うん、俺も気を付けるから、アールも気を付けて」
「ああ。同じ心配をしているなら、私も気を付けよう」
抱き合ったまま、そこで会話が途切れた。
静まり返った室内。二人きりだと自覚すると、二人して照れてしまう。
二人きりだとこうなるから、アールはしたい事が出来ない。それで、後で思い出して我慢してしまう。
さすがに人前で致すのは、何より神子という立場上、駄目だろう。それならと、風真は思案した。
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