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贈られた指輪

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 風真ふうまが泣き止むまで、ユアンは背を撫で続けていた。
 自分はまだ、風真にとって安心出来る場所のようだ。それが父親というものなら、風真の望む父親でいたい。風真の、一番でいたかった。


「落ち着いた?」
「はい……。すみません、ありがとうございました」

 泣き止んだ風真の顔を覗き込むと、泣き顔を見られて恥ずかしそうにしながら、へらりと笑う。
 ユアンはポンポンと背を撫でてから離れ、改めて風真の手を取った。

「この宝石の事は聞いたかな? 王族が求婚する時にしか使えない、稀少なものなんだ」
「っ……、そんな、貴重なものを……」
「絶対逃がさないという、アールの心意気を感じるね」

 だからこそ父親としてのユアンも、アールを婚約者として認めるしかない。この石には、生涯の妻はあなただ、という意味合いが込められているのだから。

「細工は、国宝とも名高い職人のもののようだね。上から特殊な加工もしてる。さすがアールだ」
「加工? ですか?」
「光に翳すと、微かに星みたいにキラキラしてるの、分かる?」
「んー……あ、小さなラメみたいのが……」

 ラメというには透明度が高い。言われなければ気付かなかった。


「この宝石はカットしてから溶かした銀に浸すと銀の色だけが消えて、更にハンマーで数万回叩いても割れない強度を持つんだ」
「すっ、すごっ……」
「銀を纏ってるから、毒が触れれば変色する。俺たち以外と食事をする時に使うようにって、後でアールが説明するつもりだったんじゃないかな」
「変色……」
「変色したら、表面の銀を落として付け直せばいいんだよ」

 宝石自体が変色するわけではない。そう聞いた風真は胸を撫で下ろした。

「多少の事では傷が入らないのでしたら、フウマさんにぴったりですね」
「アールもよく考えてるよ。これならフウマも今まで通りに動けるよね」
「アール……そこまで考えてくれてたんですね……」

 指輪をそっと撫でる。

「くるくると動くフウマさんが、一番愛らしいですから」

 トキはそっと目を細め、愛しげに風真を見つめる。

「自由な君が一番魅力的だからね」

 ユアンも風真の頭を撫で、元の席に戻った。


「話したい事の二つ目、聞いてもいい?」
「あっ。あの……俺の給料って、後どのくらいありますか?」
「給料?」
「はい。魔物討伐の給料はアールが管理してるって聞いたんですけど、トキさんも知ってるかなと……」

 トキはユアンに視線を向ける。
 魔物討伐は神子の使命で、給料など出ない。私財がない代わりに、欲しいものは経費として何でも与えられるようになっている。だがそれを伝えると、風真が遠慮するとアールは考えたのだろう。

「それなら、俺が知ってるよ」
「えっ、どのくらいですか?」
「ほとんど使わないから、かなり貯まってるよ。フウマはどのくらいの買い物を予定してるの?」

 経費だからこそ、毎月申告が必要になる。神子の品位維持費は上限がないも同然だが、用途と額によっては反感を買う恐れがあった。
 普段何も望まない風真がこうして伺いを立ててくるのだから、額がそれなりでも、上手く申告しようとユアンは思考を巡らせる。

「その……額とかは、まだ調べてないんですけど……。アールにも、指輪を贈りたくて……」

 もじもじしながら答える風真に、ユアンもトキも動きを止める。まだ子供で無邪気だった風真が、大人になろうとしている。その手助けは、自分がしたい。二人は視線を合わせ、頷き合った。


「それなら、同額だとアールが気にするだろうから、予算は半額がいいだろうね。金貨五十枚くらいかな。それなら一度に渡せる額だよ」

 給料足りた、と風真は安堵する。

(……ん? 半額で金貨五十枚?)

 金貨一枚は、百万円。
 それが、百枚で……。

「!? これっ……そんっ……」

 自分の指に、そんなものが。
 左手を見つめ、ぷるぷると震える。元の世界で定年まで働いても稼げたかどうかの額を、たった一晩で手にしてしまった。

「ううっ……俺、アールの婚約者も魔物討伐も王太子妃の仕事も、めちゃくちゃ頑張りますっ……」
「フウマさんは本当に良い子ですね」
「そうだね。萎縮するだけじゃなくて、やる気を出すなんて」

 貰った分働きます、と言わんばかりの顔に、二人は頬を緩めた。


「この後予定ないなら、今から見に行こうか」
「えっ、いいんですか?」
「俺は今日非番だし、トキは午後からだからね。どんな石にするか決めてる?」
「えっと……」

 こういう宝石があればと相談すると、ユアンはしばし思案して頷く。

「フウマなら、あれかな」





 ユアンお勧めの宝石商の元を訪れると、上顧客用の応接室へと通された。

「透明……ダイアモンド、ですか?」

 風真は、テーブルに置かれた黒い布の張られたトレイを見つめた。
 その上で静かな光を放つ宝石。下の黒が透けて見えるほどの透明度だ。

「フウマ、こっちにおいで」

 ユアンは立ち上がり、トレイを持って窓に近付く。そして手袋をした手で宝石を持ち上げ、宙に翳した。

「っ……、えっ……色が変わったっ」

 太陽光に翳すと、宝石が黒く変化した。それも、透明度や輝きは残したままだ。


「鉱石の光だと透明だけど、太陽でも月でも、空からの光の下では黒になるんだ。遥か遠い国から取り寄せた、稀少な宝石だよ。まさにフウマだね」

 その全てに風真を思い出せる要素がある。風真は宝石を見つめ、キラキラと瞳を輝かせた。

「こんな宝石があるなんて……。ユアンさん、ありがとうございますっ」
「俺こそ、可愛い息子の役に立てて嬉しいよ」
「っ……ありがとうございます、お父様っ」

 照れながらそう言うと、ユアンは心から満足げに笑みを浮かべた。

「綺麗な宝石ですね。フウマさんの瞳と同じくらい輝いていて」
「トキ。それは俺が言おうとしたやつ」
「ああ、すみません。お父様」
「君の父じゃないよ」

 苦笑するユアンと楽しげなトキ。お父様と呼び直した風真。良く訪れていたユアンと親しげな二人の関係に興味を持ちながらも、店員は何も言わずに静かに控えていた。


「加工の値段を考えても、これは王族の宝石よりは採掘量が多いから……うん、予算内に収まるよ」

 差し出された紙を見て、ユアンは頷く。風真は横から見て、血の気が引いた。

(これだけで、家が建つ……)

 だが、気持ちを値段に変えるなら、もっともっと高くても良いと思える。その気持ちと、今までの金銭感覚の狭間で頭がグラグラした。

「フウマさん?」
「すみません……俺には見た事もない数字で、ちょっと酔いました……」
「そうですね。私も初めて見る数字です」

 トキは風真の隣に座り、背を撫でる。優しく撫でられると気持ちが落ち着き、ありがとうございます、と風真は顔を上げた。

 一応他の物もと、ユアンは条件に合う黒色の宝石を部屋に運ばせる。風真はそれを一つ一つじっくりと吟味した。


「……やっぱり、最初のこの宝石にします」

 どれも綺麗だが、神子としての透明性と、風真の黒。どちらも兼ね備えたこの石がいい。

「了解。買ってくるね」

 ユアンは風真の頭を撫で、店員を伴って外へ出た。
 普段はその場で支払いをするが、ユアンはわざわざ別室で手続きをした。風真は、自分の給料から出ると思っている。神子の品位維持費は風真のものであながち間違いではないのだが、領収書とその文字を見せるわけにはいかなかった。

「品名は、神子様の婚約準備費用で」
「っ、神子様っ……」
「これは決して口外しないように」
「かしこまりましたっ」

 店員は深く頭を下げる。
 まさか、あの純朴そうな少年が神子様だとは。平凡な顔ではあったが、笑顔には心を癒す何かがあった。あれが神子様の慈悲の……いや、彼は侍従か何かで、代理で選びに来たのかもしれない。

「神子様の笑顔は、癒されるだろう?」
「っ、はっ、はいっ!」
「残念ながら婚約相手は俺じゃない。父親と呼ばせるのは性癖じゃなく、本当に父親だからだよ」
「それは……」

 ユアンは品名の下に承認者として自分のサインをし、にっこりと笑った。

「君を信用して話したから、号外が配られるまでは誰にも言わないようにね」
「はいっ、かしこまりましたっ!」

 店員は背筋を伸ばし、勢い良く礼をした。

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