比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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一方、その頃

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 風真ふうまがアールの求婚を受け入れた頃、街の食堂では――。


「それでは~、第三回、飲んで飲んで飲みまくれー! の会を始めま~す」
「今日は飲むぞー!!」
「ううっ、神子様ーっ!!」
「では! 乾~杯!」
「乾~杯!!」

 皆でジョッキを掲げ、グッとビールを煽った。

「うっ、我らの神子様がーっ!!」
「神子様ーっ!!」

 まだ酒も入ったばかりの第一部隊の面々は、神子の名を呼びながら泣き崩れる。個室の大部屋は、あっと言う間に賑やかになった。


「前回にも増して、俺たちより酷い失恋をしたように見えるな」
「そうですね。私は第一回より、二回目以降の方が気が楽になりますよ」
「まあ、俺もそうだけど」
「皆様本気で嘆いておられて、同志のように思えますね」

 トキはクスリと笑い、水のようにビールを飲む。
 第一回では、ユアンが風真に選ばれなかった事に皆も落胆し、ユアンとトキを励ましながらの飲み会だった。ぱーっと飲みましょう、と騎士たちは言いながらも、本当につらいのはユアンとトキだからと皆、静かに男泣きをしていた。
 泣きたいなら泣け、とユアンが叱咤してからは大泣きしたのだが、やはりどこか気遣う雰囲気があった。

 それが二回目からは、この調子だ。

「……今頃、神子君はアールとベッドの中か」
「ユアン様、自ら傷を抉るのはおやめください。マゾですか?」
「トキは三回目で容赦なくなったね」
「私たちの仲ですから」

 そう言って、自分とユアンのグラスにワインをなみなみと注いだ。

「隊長とトキ様は、どういう……」
「ただの失恋仲間ですよ」
「えっ、今、ただならぬ関係を察知しましたが」

 ただ純粋に疑問を投げる騎士に、二人は苦笑する。

「そんな関係にはなれないな。俺とトキは、性的嗜好が似てるからね」
「そうですね。私たちは、悪戯が大好きですから」

 二人してにっこりと笑った。


「ユアン様に悪戯をしても、つまらない反応しか返って来ないでしょう? それに、単純に好みではありません」
「本当に気が合うね。俺もトキに悪戯しようなんて気は全く起こらないよ」
「そもそも、フウマさん以外の男性に興味がありませんよね?」
「それだよね。なのに男もイけると勘違いして、言い寄ってくる野郎が増えて困ってる」
「私もです。抱かれる側で見られるものですから、あまりしつこい方にはしかないかと考えてしまって」
「トキは見た目美人だから、大変だな」

 会話を弾ませる二人に、本当に何もないのかと騎士たちは様子を窺う。だが当人たちには、一切そんな気はなかった。

「フウマさん以外に性的興奮を覚えたりはしませんので、使いたくない手ではありますが」
「トキ。部下たちはまだ、トキを神職だと思ってるから」
「これからも神職ですが?」

 トキはクスクスと笑い、ワインを一気に呷る。

「トキ様、今日もいい飲みっぷりで! 次はこちらのワインをどうぞっ」
「ありがとうございます。いただきますね」
「笑顔は神職だよねぇ」

 清廉潔白な笑顔にユアンは肩を竦め、ポテトを摘んだ。


「隊長~……また神子様とも、一緒に飲めますかね……」
「隊長と神子様が宿で夜を明かした日々が、懐かしいです……」
「おいっ、それはっ……」
「気にするな。俺も懐かしいからな」

 すでにグダグダになっている若い騎士の前に、ポテトとクラッカーを差し出した。

「ううっ、神子様ぁ~」
「うっ、うっ……」
「クラッカーは駄目だったか」

 騎士たちはクラッカーを恭しく掲げて泣き始める。風真がラウノメア酒に浸して美味しそうに食べていた日々を思い出し、葬式のような空気になってしまった。

「また一緒に飲めるさ。神子君は、俺の家族なんだから」
「ううっ……隊長ぉ、ありがとうございますっ、お願いしますっ……」
「お願いしますうぅぅっ」
「分かった分かった」

 あまりに豪快に泣き崩れる男どもに、ユアンは苦笑する。
 励まされるどころか、励ましている。だがその方がユアンも気が紛れ、冷静に悲しみと痛みを心の中で消化する事が出来た。


「ユアン様。親子になられたのですから、宿で添い寝をして夜を明かしてもおかしい事はありませんよ?」

 そんな空気の中、トキがハムを摘みながらそう言った。

「……さすがに、それは」
「隊長。俺も息子と添い寝しますよ」
「お前の息子は三歳だろう?」
「俺は娘と」
「一歳半だろうが」

 トキを支持する騎士たちに笑って返すユアン。部下の子供の年齢まで覚えている事に、トキはそっと目を細めた。
 自分には部下たちがいると言っていたが、こんなにも良い関係だとは、共に飲むまで知らなかった。討伐の時は部下と上官だったが、今はまるで昔からの友人のようだ。
 皆に愛されているユアンだからこそ、背中を押したくなる。

「ユアン様。あの頃は……と懐かしみ胸を痛めるより、添い寝をしながら、事に及びたくなる欲を抑えて体の痛みに耐える方が、幸せでは?」
「トキが言うとありがたい説教みたいだけど、言ってる事はギリギリだね」
「お褒めいただきありがとうございます」

 トキがにっこりと笑うと、本当にそれでも良いような気がしてくる。

「……フウマとアールが許可してくれたら、そうしてみようかな」

 まだ、欲を抑えられる自信がない。いつか穏やかに想えるようになったら、元のように、共に幸せな朝を迎えたい。
 そっと頬を緩めるユアンに、騎士たちも涙を拭い大きく頷いた。


「隊長も、放っておけないオーラ強いと思うんすけどね」

 騎士の一人がぼそりと呟く。

「甘え方、ですかね。いや、殿下が甘えるとかは想像も出来ないんですけど」

 第一回、二回で風真がアールを選んだ理由を一部だけ聞いた彼らは、揃って首を傾げる。

「俺がフウマ好みに甘えていたとしても、アールを選んだだろうね」
「たっ、隊長っ、聞こえてましたっ?」
「俺は耳がいいんだ」

 ニヤリと笑い、騎士たちのグラスに酒をなみなみと注いだ。

「アールは、フウマには甘えられるんだよ。俺とトキの前でも少しね。アールは天然だし、俺も放っておけないんだよな……。まあ、だからアールが選ばれた理由に納得は出来たよ」

 ビールを飲み、溜め息をつく。彼らと飲み会をして、段々と心の整理がついてきた。風真がアールに惹かれた理由も、アールが良かった理由も、理解出来た。


「……俺は、俺の息子と従兄弟の恋を応援する側に回るよ。ひとまず今夜、俺たちに遠慮して、おかしな空気になってなきゃいいんだけど」
「可愛いお二人ですが、それは大丈夫ですよ」

 トキはきっぱりと言い切る。

「……ああ。お互いを前にしたら、他の事を考える余裕なんてないか」
「ふふ。殿下も大きな事を仰っていましたが、今頃どうなっているでしょうね」

 王族らしさと冷静さが剥がれたアールは、風真より純粋かもしれない。お互いにモジモジしている姿を想像して、微笑ましく頬を緩めた。

「アールは、やる時はやる男だろ?」
「フウマさんも、やる時はやる男ですから」
「……可愛いな。二人とも一生懸命か」
「可愛いですねぇ。じゃれ合う仔犬と仔猫のようです」

 ふふ、と微笑ましい顔で語る二人を、騎士たちは安堵しつつも切ない表情で見つめる。


「神子様には幸せになっていただきたいが……」
「なっていただきたいが、な……」
「心がまだ付いていかんな……」
「それでいいんだ、今はまだ。我らの神子様への愛は変わらんだろ。次の飲み会では暖かくお迎えして、祝福しようじゃないか」

 皆、涙ながらに頷き、「我らの神子様への愛を込めて」としんみりしながら二度目の乾杯をした。

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