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眩しい昼
しおりを挟む太陽が空高く昇る頃。先に目を覚ましたのは、風真だった。
(まぶし……)
神子の部屋とは違う本物の太陽の光が、カーテンの隙間から室内を照らす。
昨夜は二度目の行為が終わり、共にバスルームで身を清め、ベッドに戻るとまた互いにその気になって体を重ねた。眠ったのは空が白み始めた頃だった。
(寝顔も綺麗なんだよなぁ)
寝顔を見つめ、ふふっと頬を緩める。夜は疲れたアールの方が先に眠る事が多いが、アールより先に目覚めるのは片手で足りるほど。明るい光の中で見る寝顔は、天使のようだ。
背後から射す光を弾き、キラキラと輝く金糸の髪。目元に影を落とす長い睫毛。発光するような白い肌。
(この天使に、抱かれたのか……)
そう思った瞬間に昨夜の事を思い出し、ボッと全身が火照った。
天使だが、可愛い赤ちゃんだが、最中のアールは格好良かった。二度目以降は何度イかされたか分からない。さすが天才。気持ち良すぎて死ぬかと思った。
ふう、と息を吐き、気持ちを落ち着けて左手を見る。
(青空色の、宝石)
きっとこれから毎日、指輪を見る度にアールを思い出すのだろう。表情より雄弁に語る、アールの瞳を。
(アールの指にも、俺の色が欲しいな)
同じだけ、自分を思い出して欲しい。それなら、髪と瞳の黒だろうか。
(黒の宝石、か……)
アールが執務用の服に選んだ色は、風真を思い出せるからと黒だった。黒は婚約っぽくないかもだとか色々考えてはみるが、やはり、黒がいい。
重くならない、透明感のある黒い宝石。黒過ぎず、ほんのりと黒に見える宝石があれば。そんな石を、今度図書室で探してみよう。
「ん……」
考え事をしながら見つめていると、アールの瞼がゆっくりと開いた。
「おはよう、アール」
「?、……ああ、そうか……。フウマ、……愛している」
「ンッ、……俺も、だよ」
挨拶がおはようじゃなかった。いくらアールが朝に弱いとはいえ、朝の挨拶が毎日これでは心臓がもたない。
「可愛い……。綺麗だ、フウマ……」
「うぁっ、アールの方がっ……」
抱き寄せられ、額にキスをされる。額から目元、頬、唇へと口付けられ、ぎゅうっと抱きしめられた。
「好きだ……愛しい、私のフウマ……」
(ンンッ、寝起きは素直だったよねっ……)
まだツンツンしていた頃から、寝起きは素直で穏やかだった。今のアールがそうなると、本音がだだ漏れ、甘さ過剰になる。
「ごめんっ、起きてっ、俺の心臓が爆発する~っ!」
腕の中でジタバタと動き、アールとの間に挟まれた手でグイグイと胸元を押す。
するとアールはようやく目が覚めたのか、腕を緩めて風真と視線を合わせた。
「……小説の内容は、本当だったな。初めて体を重ねた朝は、フウマが特別可愛く見える」
「ンッ!」
起きても変わらない!
風真は自由になった手で顔を覆った。
「アール……俺もアールが特別可愛いから、少しキラキラを抑えてほしい……」
「フウマこそ抑えてくれ」
「俺はそんなないんだよ……アールは綺麗すぎて天使か」
「好きだろう? 天使のような私の顔が」
腕を引き離され、アールの眩しい顔を間近で浴びた。
「うぁ……ぁ、ぅ…………すきぃ……」
めそ、と泣いてしまう。
「天使、俺のもの……しんどい、すき……」
尊い。エモい。由茉がそう言いながら涙していた姿を思い出し、こんな気持ちかと理解した。そこに恋心が加わって、風真は心が大変な事になっている。
「ああ。フウマのものだ」
「俺の……、うぇっ……、ちした朝、ほんと特別すぎ……」
頭が働かず、今度は風真の方からアールに抱きついた。
アールも風真を抱きしめ、優しく髪を梳く。ここまで語彙力を失う風真は初めてで、愛しさに目の奥が熱くなった。
泣いてしまわないようにと、アールは話題を探す。風真もアールが視界から消えた事で、何とか少しだけ平常心を取り戻せた。
「……身体は」
「うん、平気」
風真は涙目のままで明るく言う。
腰は痛いし、入っていた場所もまだ少し熱を持っている。まだアールが入っているような錯覚すら覚えるが、それを言葉にして言えるわけがない。
アールが入っていた、と思い出すとまた全身が熱くなり、そっとアールの胸を押した。
「シャワー浴びたら頭も体もすっきりするかもっ」
そう言って体を起こそうとして、違和感に気付く。
(あれ……腰から下、力入んないな……?)
「……アール。俺の脚、付いてる?」
「ああ、付いているが……」
そこでアールも気付く。授業で聞いた事後の症状。ここからはアフターケアだ。
「朝食はここに運ばせよう」
「ん……お願いします」
脚に力を入れようとすると、ぷるぷるする。震える脚だが、付いていた。
昨夜、シャワーとの往復はアールに運ばれ、バスルームでも椅子に座らされた。まさか、歩くどころか起き上がる事もままならない程に酷使していたとは。
「明日の朝まで休みを取っている。身の回りの世話は任せてくれ」
「お世話になります……ごめんな」
「気にするな。私のせいだからな」
「っ、……そう、だね」
二人でした事でも、認めてしまうと、二人して顔を真っ赤にしてしまう。
しばし無言になり、風真は空気を変えようと口を開いた。
「今日一日って、仕事大丈夫っ?」
「っ、ああ、父も戻ったからな。引継ぎを済ませたら、以前と同じ仕事量になる」
「そっかぁ。って、元から忙しいんだよな。休める時はちゃんと休んでな?」
「……やはり、しばらくは仕事量を減らして貰う」
アールは思案し、そう言った。
「求婚を受け入れて貰ったのだから……」
そっと左手を取り、指先にキスをする。そして。
「三日三晩、フウマを抱きたい」
「!?」
「私の形になるまで、ここに……」
「んっわあああっ!!」
「ふ、冗談だ」
「冗談っ! アールの冗談は本気って知ってるっ!」
塔での事もそうだった。アールは嘘どころか冗談も言えない。
「そうか。知らないふりをしていれば良かったものを」
「!」
「私は、本気だ」
「っ……、で、ですか……」
「嫌がらないのか?」
「ん……あっ、嫌だっ、嫌だよっ?」
「そうか。来週にでも長期休暇を取ろう」
「らいっ……せめて来月にして!」
恥ずかしさのあまり先延ばしにしようとして、風真はハッとする。
「分かった。婚約式の夜から三日間、お前をこの部屋から出さない」
「ンッ!」
「急に三日はつらいだろうからな。それまでに出来るだけ毎晩、体を慣らしていこう」
「それでもうアールの形になっちゃうよっ!?」
わっと大声を出し、風真はまた気付いた。
「うあああっ、誘導尋問~っ!!」
「次は何を言わせようか」
「言わせないでっ、俺まだ初心者っ」
「そうか、私もだ」
「アールの学習スピードと一緒にしちゃだめっ……」
同じ経験値でも、上がるレベルが何倍も違う。
ううっと呻く風真を抱き寄せ、アールは愛しさを込めて唇を塞いだ。
「……今生だけでは、愛しきれないな」
そう呟いて、また唇を合わせる。風真の唇を唇で食むように、優しく可愛いキスだ。
暖かな体温を与えられ、頭がふわふわする。長いキスが終わると、アールは風真の目元に口付けて、ベッドを下りた。
「朝食を頼んでくる」
「うん、……っ、アールっ、それ……」
太陽の光に照らされた背に、幾つもの引っ掻き傷が出来ている。血が滲んだそこは、行為の最中に風真が抱きついていたところ。
「ああ。夢ではない証だ」
ごめん、と謝る前に、アールは幸せそうに目を細めた。
それでも風真は眉を下げ、ごめん、痛いよな、と無意識に噛み付いてしまった犬のような顔をする。この痛みが愛しい、と言ったところで、風真は責任を感じて心配するのだろう。
アールは綺麗に微笑み、ベッドへと手を付いて風真の耳元へと唇を近付けた。
「朝食を終えたら、昨夜の事を思い出しながら、傷薬を塗って欲しい」
「っ……」
「私は全て覚えているから、語った方が良いか。この肩の傷は、二度目の行為でフウマが自ら脚を」
「んわあああぁっ!!」
「まずは朝食だな。待っていろ」
言葉を大声で遮る風真に、ふっと笑みを零し、乱れた黒髪にキスをする。そしてバスローブを羽織り、アールは寝室を出て行った。
(……窓、開いてないのに)
無敵アールが光臨してしまった。風真は布団を引き上げ、頭の上まで埋まる。顔が熱い。鼓動が速い。こんな状態で、朝食を食べられるだろうか。
傷の治療はしたいのに、昨夜の事を思い出すと手が震えそうだ。
「ううっ、むりぃ……」
好きすぎて無理。ごろごろと転がりたいのに腰が痛くて、余計に思い出して熱くなってしまった。
「……語れるものか」
隣の部屋で、アールも顔を赤くして呟く。
どんなに胸がいっぱいだろうと、天才と言われた記憶力は全てを覚えている。風真の蕩けた表情も、色づく肌も、愛を伝え、求める言葉も。
どこに触れるとどう鳴いたかすら目の前にいるように思い出されて、深く息を吐いた。
明るい部屋で、二人きり。
昨夜の情事の記憶を語るなど、出来るものか。
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