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求婚
しおりを挟む「い、いらっしゃい……」
「っ、ああ……」
風真とアールは互いを見て、そっと視線を逸らす。アールも同じ事を考えたのか、どちらにも対応出来る部屋着を着ていた。
上は襟元がゆったりとして、鎖骨が見えて色気を感じる。下は長い脚を綺麗に見せるデザインだ。
生地は柔らかく絹のように張りがあり、混じり気のない白が高貴な雰囲気を漂わせていた。
部屋の中と外で二人はしばし黙り込む。先に口を開いたのは、アールだった。
「私の部屋に、来てくれるか?」
「っ、うん、行くっ」
風真はコクコクと頷き、アールに手を取られて部屋を出た。
アールの部屋に入ると、真っ直ぐに寝室へと連れて行かれる。もしかしてこのまま……とドキドキしていると、アールはベッドを通り過ぎ、窓を開けた。
「フウマに、これを見せたかった」
風真の手を取り、バルコニーへと出る。いつかと同じ、風真が落ちないようにアールと柵に挟まれる位置で、アールの指さす先を見上げた。
「わぁっ、すごい、綺麗……」
キラキラと輝く、満天の星空。星の集まりが、天の川のように曲線を帯びて遠くまで続いていた。
「いつもより星いっぱいだ~」
宝石箱をひっくり返したような、美しい星空だ。
「今夜は、半年の中で最も星の見える日だ」
「半年に一度って貴重だなぁ。そっか、だから今日だったんだ」
言ってから、カァ……と頬を染める。
今日、求婚される。今から、されるのだ。
「記念になる日は、フウマの記憶に一生残るものにしたいからな」
アールは柔らかな声で紡ぎ、風真の頬を撫でる。そして手を取り、向かい合う体勢で風真を見つめた。
「フウマ」
愛しげに名を呼び、スッと片膝を付く。そして小さな箱を、風真の前に掲げた。
「私と、結婚して欲しい」
シンプルな言葉。真っ直ぐに見上げる瞳。開かれた濃紺の箱には、アールの瞳のように澄んだ、青空色の宝石の指輪が納められていた。
「っ……、はい」
答えは、それ以外にない。風真は太陽のような笑顔で求婚を受け入れた。
予告されていても、心臓がドキドキして頬が熱くなる。そっと手を取られ、左手の薬指へと指輪が嵌められた。
(なんか……幸せ、だな……)
アール色の宝石。風真の指に似合うようデザインされた指輪。求婚の言葉と共に贈られたそれは、これからの人生を共に歩んでいく、約束の証だ。
「……アール」
立ち上がったアールの頬へと手を伸ばし、少し背伸びをして、綺麗な形の唇へとキスをした。
本当は求婚した側からするものかもしれない。それでも、今この気持ちを、アールに伝えたかった。
「ん……。……へへ、嬉しくて我慢できなかったや」
ごめん、と笑うと、アールは息を呑み、風真を腕いっぱいに抱きしめる。
「お前は……これ以上、私を惚れさせないでくれ……」
触れた体からドキドキと速い鼓動が伝わり、風真は蕩けるような笑顔でアールの背に腕を回した。
「もっと好きになってよ。もっといろんなアールを見たい」
アールの顔を見ようとすると、グッと頭を押さえられた。
「見るな」
「見たい」
「駄目だ。……今見られるのは、恥ずかしい」
「ンッ……そ、っか……」
心臓がどくんと跳ね、背に回した腕に力を込める。
どんな顔をしているかより、アールを抱きしめたい、愛しいという気持ちが込み上げて、風真の方が顔を見せられなくなってしまった。
しばらく抱き合い、そっと体を離す。アールは風真の手を取り柵の方へと歩み寄り、掴んだ左手をスッと天に掲げた。
「へ?」
何かの儀式だろうか。目を瞬かせていると、突然下から拍手が湧き起こった。
「えっ!? わっ、あっ、そっか! そっか~!?」
拍手をしているのは、眼下に見える十人ほどの衛兵だ。襲撃事件の後から、離れ周辺の衛兵が増員されていた。
事件の時に特に尽力した、信頼出来る者たちを集めている。更には遠目に指輪を見せられただけで察する、色々と優秀な兵たちだ。
おめでとうございます、と声が掛かり、アールは堂々と手を振る。風真も顔を真っ赤にして、掴まれていない方の手を振った。
(いきなりお披露目イベントきちゃったよっ……)
求婚からの即お披露目。動揺が止まらない。
だが、アールは俺のものになったのだと皆に知って貰えるのは嬉しい。そう考えた自分に、また顔が熱くなった。
お披露目が終わると、アールは風真を伴って室内へと戻る。パタリと窓を閉め、空色の瞳で外を見つめた。
「二人きりだと思うと、顔が元に戻りそうになく……。すまない」
「ンッ、可愛いからいいよっ」
もう何でも許してしまう。もう一度窓を開けて外に連れ出されても、二人きりは緊張するもんな、と笑顔しか出なかった。
(いや、俺も二人きりは緊張する……)
ちらりと室内を見て、パッと空を見上げた。寝室に二人きり。アールが外へ出た理由に同意しかなかった。
「……本当は、違う言葉で求婚するつもりだった」
「ん、そうなの?」
「ああ。だが、緊張のあまり、全て飛んでしまった」
「ゥッ、……そっかぁ」
素直が全開になったアールがあまりに可愛い。
「いつも堂々としてるのに、俺のためにいっぱいいっぱいになっちゃうアール、……大好きだよ。俺、こんなに愛されて、幸せ」
へへ、と笑う。言葉にすると照れてしまい、ぎゅっぎゅっとアールの手を握った。
「俺たちも、婚約式するの?」
「ああ。来月を予定している」
「んえっ! 早くない!?」
「恋人になった日から、求婚を了承される事を前提に準備を始めていた」
「了承っ、するけどもっ……にしても早くないっ?」
「選ばれた際にすぐ取り掛かれるよう、それ以前から予算を計算し、式場の室内装飾を決め、招待客への招待状を作成していた」
「それ以前って……」
「フウマを好きになった日からだ」
早くない!? と内心で叫ぶ。驚きすぎて言葉にはならなかった。
愛されている自覚はあったが、アールの愛と本気はまだ氷山の一角なのかもしれない。
「明日の朝、招待状を送るよう指示している」
「俺が断ったらどうするつもりだったんだよっ、断らないけどもっ」
「断らせる気はなかったからな」
ふっと微笑み、瞳に甘い色が混ざる。風真はパッと視線を逸らし、手すりに額が付きそうなほどに項垂れた。
「もう婚約式って、早いよぉ……」
婚約式自体はしたいけど、と付け加える。不安にさせない気遣いにアールは目元を緩め、風に揺れる黒髪をそっと撫でた。
「私は、早く式を挙げたい。早くフウマの伴侶になりたい」
伴侶にしたい、ではなく、なりたい。胸がきゅうっとなり、顔を上げてアールを見つめた。
「婚約式と同日に結婚式を挙げたいと言ったのだが、臣下にもトキにも反対されてしまった」
「っ……そっか」
「せめて一年は開けねば、フウマを軽んじているように思われると。結婚式を終えねば伴侶にはなれないというのに」
拗ねたような表情に、風真は絆されそうになる。だが。
「……俺は、一年後がいいな」
それは、トキたちとは違う理由だ。
「だって、結婚したら……跡継ぎとか、作る感じになるじゃん……」
「っ……、私の子は、産みたくないか……?」
「えっ、そうじゃなくてっ」
慌ててぶんぶんと首を横に振った。どう言えば、と視線を伏せては上げ、迷った末に素直に伝える事にした。
「……一年くらいは、子作りとかじゃなくて…………えっちしたいからするって体験、したいし……」
恋人になったばかりだ。一年くらいはただお互いが欲しいからするという、甘くて緩い時間を過ごしたい。
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