比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
200 / 270

求婚

しおりを挟む

「い、いらっしゃい……」
「っ、ああ……」

 風真ふうまとアールは互いを見て、そっと視線を逸らす。アールも同じ事を考えたのか、どちらにも対応出来る部屋着を着ていた。

 上は襟元がゆったりとして、鎖骨が見えて色気を感じる。下は長い脚を綺麗に見せるデザインだ。
 生地は柔らかく絹のように張りがあり、混じり気のない白が高貴な雰囲気を漂わせていた。


 部屋の中と外で二人はしばし黙り込む。先に口を開いたのは、アールだった。

「私の部屋に、来てくれるか?」
「っ、うん、行くっ」

 風真はコクコクと頷き、アールに手を取られて部屋を出た。



 アールの部屋に入ると、真っ直ぐに寝室へと連れて行かれる。もしかしてこのまま……とドキドキしていると、アールはベッドを通り過ぎ、窓を開けた。

「フウマに、これを見せたかった」

 風真の手を取り、バルコニーへと出る。いつかと同じ、風真が落ちないようにアールと柵に挟まれる位置で、アールの指さす先を見上げた。

「わぁっ、すごい、綺麗……」

 キラキラと輝く、満天の星空。星の集まりが、天の川のように曲線を帯びて遠くまで続いていた。

「いつもより星いっぱいだ~」

 宝石箱をひっくり返したような、美しい星空だ。

「今夜は、半年の中で最も星の見える日だ」
「半年に一度って貴重だなぁ。そっか、だから今日だったんだ」

 言ってから、カァ……と頬を染める。
 今日、求婚される。今から、されるのだ。

「記念になる日は、フウマの記憶に一生残るものにしたいからな」

 アールは柔らかな声で紡ぎ、風真の頬を撫でる。そして手を取り、向かい合う体勢で風真を見つめた。


「フウマ」

 愛しげに名を呼び、スッと片膝を付く。そして小さな箱を、風真の前に掲げた。

「私と、結婚して欲しい」

 シンプルな言葉。真っ直ぐに見上げる瞳。開かれた濃紺の箱には、アールの瞳のように澄んだ、青空色の宝石の指輪が納められていた。

「っ……、はい」

 答えは、それ以外にない。風真は太陽のような笑顔で求婚を受け入れた。

 予告されていても、心臓がドキドキして頬が熱くなる。そっと手を取られ、左手の薬指へと指輪が嵌められた。

(なんか……幸せ、だな……)

 アール色の宝石。風真の指に似合うようデザインされた指輪。求婚の言葉と共に贈られたそれは、これからの人生を共に歩んでいく、約束の証だ。

「……アール」

 立ち上がったアールの頬へと手を伸ばし、少し背伸びをして、綺麗な形の唇へとキスをした。
 本当は求婚した側からするものかもしれない。それでも、今この気持ちを、アールに伝えたかった。


「ん……。……へへ、嬉しくて我慢できなかったや」

 ごめん、と笑うと、アールは息を呑み、風真を腕いっぱいに抱きしめる。

「お前は……これ以上、私を惚れさせないでくれ……」

 触れた体からドキドキと速い鼓動が伝わり、風真は蕩けるような笑顔でアールの背に腕を回した。

「もっと好きになってよ。もっといろんなアールを見たい」

 アールの顔を見ようとすると、グッと頭を押さえられた。

「見るな」
「見たい」
「駄目だ。……今見られるのは、恥ずかしい」
「ンッ……そ、っか……」

 心臓がどくんと跳ね、背に回した腕に力を込める。
 どんな顔をしているかより、アールを抱きしめたい、愛しいという気持ちが込み上げて、風真の方が顔を見せられなくなってしまった。


 しばらく抱き合い、そっと体を離す。アールは風真の手を取り柵の方へと歩み寄り、掴んだ左手をスッと天に掲げた。

「へ?」

 何かの儀式だろうか。目を瞬かせていると、突然下から拍手が湧き起こった。

「えっ!? わっ、あっ、そっか! そっか~!?」

 拍手をしているのは、眼下に見える十人ほどの衛兵だ。襲撃事件の後から、離れ周辺の衛兵が増員されていた。
 事件の時に特に尽力した、信頼出来る者たちを集めている。更には遠目に指輪を見せられただけで察する、色々と優秀な兵たちだ。

 おめでとうございます、と声が掛かり、アールは堂々と手を振る。風真も顔を真っ赤にして、掴まれていない方の手を振った。

(いきなりお披露目イベントきちゃったよっ……)

 求婚からの即お披露目。動揺が止まらない。
 だが、アールは俺のものになったのだと皆に知って貰えるのは嬉しい。そう考えた自分に、また顔が熱くなった。


 お披露目が終わると、アールは風真を伴って室内へと戻る。パタリと窓を閉め、空色の瞳で外を見つめた。

「二人きりだと思うと、顔が元に戻りそうになく……。すまない」
「ンッ、可愛いからいいよっ」

 もう何でも許してしまう。もう一度窓を開けて外に連れ出されても、二人きりは緊張するもんな、と笑顔しか出なかった。

(いや、俺も二人きりは緊張する……)

 ちらりと室内を見て、パッと空を見上げた。寝室に二人きり。アールが外へ出た理由に同意しかなかった。

「……本当は、違う言葉で求婚するつもりだった」
「ん、そうなの?」
「ああ。だが、緊張のあまり、全て飛んでしまった」
「ゥッ、……そっかぁ」

 素直が全開になったアールがあまりに可愛い。

「いつも堂々としてるのに、俺のためにいっぱいいっぱいになっちゃうアール、……大好きだよ。俺、こんなに愛されて、幸せ」

 へへ、と笑う。言葉にすると照れてしまい、ぎゅっぎゅっとアールの手を握った。


「俺たちも、婚約式するの?」
「ああ。来月を予定している」
「んえっ! 早くない!?」
「恋人になった日から、求婚を了承される事を前提に準備を始めていた」
「了承っ、するけどもっ……にしても早くないっ?」
「選ばれた際にすぐ取り掛かれるよう、それ以前から予算を計算し、式場の室内装飾を決め、招待客への招待状を作成していた」
「それ以前って……」
「フウマを好きになった日からだ」

 早くない!? と内心で叫ぶ。驚きすぎて言葉にはならなかった。
 愛されている自覚はあったが、アールの愛と本気はまだ氷山の一角なのかもしれない。

「明日の朝、招待状を送るよう指示している」
「俺が断ったらどうするつもりだったんだよっ、断らないけどもっ」
「断らせる気はなかったからな」

 ふっと微笑み、瞳に甘い色が混ざる。風真はパッと視線を逸らし、手すりに額が付きそうなほどに項垂れた。

「もう婚約式って、早いよぉ……」

 婚約式自体はしたいけど、と付け加える。不安にさせない気遣いにアールは目元を緩め、風に揺れる黒髪をそっと撫でた。


「私は、早く式を挙げたい。早くフウマの伴侶になりたい」

 伴侶にしたい、ではなく、なりたい。胸がきゅうっとなり、顔を上げてアールを見つめた。

「婚約式と同日に結婚式を挙げたいと言ったのだが、臣下にもトキにも反対されてしまった」
「っ……そっか」
「せめて一年は開けねば、フウマを軽んじているように思われると。結婚式を終えねば伴侶にはなれないというのに」

 拗ねたような表情に、風真は絆されそうになる。だが。

「……俺は、一年後がいいな」

 それは、トキたちとは違う理由だ。

「だって、結婚したら……跡継ぎとか、作る感じになるじゃん……」
「っ……、私の子は、産みたくないか……?」
「えっ、そうじゃなくてっ」

 慌ててぶんぶんと首を横に振った。どう言えば、と視線を伏せては上げ、迷った末に素直に伝える事にした。

「……一年くらいは、子作りとかじゃなくて…………えっちしたいからするって体験、したいし……」

 恋人になったばかりだ。一年くらいはただお互いが欲しいからするという、甘くて緩い時間を過ごしたい。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...