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報告とお祝い
しおりを挟む「やっぱり、殿下を選ばれたんですね」
数日後。アールと恋人になったと報告を受けたケイは、風真の部屋で顔を綻ばせた。
風真から会いたいと連絡を受け、すぐさま離れを訪れた。ユアンの屋敷ではなく離れを訪れたのは、何となく事情を察していたからだ。
「うん。……えっ、やっぱり、って?」
「そうかなと思っていたんです。ユアン様には恋心より親愛……お店に来てくださるお客さんから感じる、兄や父に向ける愛情のようなものを感じましたから」
ええっ、と風真は呻く。ケイにも分かっていて、自分は気付いていなかった。一体どれだけ鈍いのか。
「殿下のことは友人のように思っていらして、何かのきっかけでその根底に恋心があったことに気付いたのではと」
「ケイ君って心読めたっけ!?」
「いえ、まさか。他人の顔色を窺うのが癖になっているだけです。それとこの世界でたくさん恋愛小説を読みましたから、このパターンエンドかなとずっと想像してました」
「ンンッ、顔と性格だけじゃなくて頭もいいねっ……!」
完璧か! 好き! と喚いてテーブルに突っ伏した。
(でも、幸せな恋愛小説が読めるようになったんだ……)
元の世界では、図書室の推理小説やホラー小説の中で、自分よりつらい目に遭っている話を幸せにならないところまでしか読めなかったとケイは言っていた。
それが今は、恋愛小説の幸せな終わりまで読めるようになった。良かったねと抱きしめて泣きたい気分だ。
だがそれをしたら、憐れまれているようであまり気分が良くないだろう。
「……俺の気持ちに気付いてたなら、ちょっとだけヒントくれたり……」
「風真さんは素直な方ですし、もし違っていても、そうかもしれないと受け入れてしまったかもしれませんし……」
「うあ~……ソウダネ……」
俺より俺を分かってくれてありがとう、と突っ伏したままでまた呻いた。
ケイはそんな風真を見つめ、頬を緩める。
報告を受けて湧き上がった喜びは、選んだ相手がアールだったからではない。風真が照れながらも、幸せそうに報告してくれたからだ。
風真の幸せをずっと願っていた。取り返しの付かない事をした自分を、こうして受け入れ、友人として好きだと言ってくれる人だから。
「殿下は、風真さんを大切にしてくれますか?」
「うん、大切にされすぎて、申し訳ないくらいだよ」
「殿下と恋人になられて、幸せなんですね」
「うんっ、とっても」
パッと太陽のように明るい笑みを浮かべる。
「風真さんが幸せだと、僕も幸せです」
ケイはふわりと花が綻ぶように笑った。
「風真さんの笑顔は、周りの皆さんを幸せにします。だから……殿下も、風真さんを誰かに取られないか、気が気ではないでしょうね」
「ンッ、……そ、れは俺の方かなぁ」
「殿下は風真さんしか見えていませんよ?」
「そっ、……そう、かも?」
そんなことないと否定するには、一心に愛されすぎている。ここ数日もアールの時間の許す限り、ずっと一緒にいる。
それでもまだ、キスまでしか出来ていないが……。
王太子という立場上、どこかの令嬢と会う機会も頻繁にあるだろうが、嫉妬はしても心配はしていない。アールに愛されている自信があるからだ。
(アールが好きなのは俺なので! って思っちゃうもんな……)
昨日、一緒に昼食を食べようと思い立ち、王宮のアールの執務室を訪れた。その途中で、令嬢たちの話を聞いてしまったのだ。
王太子殿下は、伯爵令嬢である自分を見初めてくれた。近々婚約の話をされるかもしれない。
その話を聞いた時、最初に思ったのが、ごめんね! アールが好きなのは俺なので! だった。
そして、そんな話が出るほどにアールの人気が出ている事への安堵。横暴王太子の印象が払拭されたのは良い事だ。
それから、そんな必要はないと思っていても出てきてしまう、嫉妬心。アールは自分のものだと言って回りたい衝動に駆られた。
(アールが王宮で俺のお披露目して回ったのって、こういうことだったんだな……)
同じ思いを感じ、風真はクスリと笑う。
その後、伯爵令嬢と婚約するの? と問うと、アールは目を瞬かせてから不機嫌な顔をした。そんな馬鹿な事を言っている奴は誰だ、と。
鳩に豆鉄砲。そんな顔をしたアールが浮気など有り得ない。元々アールを信じているし、嘘もつけないのだから疑いようがなかった。
「そんなことがあったんですね」
「!? 俺、声に出てた!?」
「いえ。何か楽しいことを思い出してたようなので」
「えっ、怖い怖い、トキさん並みの罠!」
ケイはふふ、と微笑み、風真を見つめる。
「聞かせてください」
「へっ?」
「殿下と楽しいことがあったんですよね? 恋人になられてから、何か変化は? 殿下とイチャイチャしたり甘い言葉を掛けられたりしますか?」
「えっ、ケイ君?」
「風真さんのノロケを聞きたいですっ……」
「ええっ、てかケイ君っ、なんか強くなってるっ?」
ジェイにたくさん愛されて、自信がついた証拠だ。儚く美しい顔で瞳をキラキラさせ、元気に身を乗り出すケイはまた新たな魅力を身に付けていた。
(そういやケイ君、恋愛話好きだったっけ)
求愛されている話をした時も、わくわくする、と呟いていた。
確かにこんな話を気兼ねなく出来る機会はそうないかもしれない。
「んー……、ほんとにすごいノロケになっちゃうけど……」
ケイも喜んでくれるならと、先程の話から、照れながら始めた。
・
・
・
「神子様。ロイ殿下とアイリス様がお越しです」
もう出ないというほど惚気話を絞り取られた頃、護衛がそう告げた。
「あ……。すみません、長居してしまいました。では、僕はこれで」
「えっ、ケイ君も一緒に行こうよ」
「っ……、お邪魔では……」
「大丈夫、ってか、ケイ君は俺の友達って紹介したいから、一緒に来てほしいな」
風真からのおねだりと、友達という言葉。魅力的な誘いにケイは抗えるわけもなく、コクリと頷いた。
応接室に入ると、ロイとアイリスの視線がケイへと注がれる。
「っ……」
「ロイさん、アイリスさん、こんにちはっ。こちらは俺の友達の、ケイ君です」
「まあっ、フウマさんのっ。初めまして、アイリスと申します」
「アイリスの婚約者の、ロイと申します」
(ロイさん、しっかり牽制してきたな)
相手が誰でも牽制は忘れない。アールの弟だな、としみじみと感じた。
「初めまして……、ケイと、申します……」
先程までの勢いはどこへやら、ケイは、おず……と風真の服を掴む。
(ンンッ……、かわっ……人見知りだったっけ?)
そっと風真の陰に隠れようとするケイに、風真は笑顔のまま悶える。綺麗なだけじゃなく、とても可愛い。
「あの……すみません、僕……ほとんど女性と話したことが、なくて……」
「そっかぁ。アイリスさんすごく綺麗だし、余計に緊張しちゃうよね」
ケイが可愛くて、笑顔が止まらない。弟を守る兄のような風真に、アイリスの笑顔も止まらない。
ロイだけは、アイリスがケイを一瞬で気に入った事を察知し、拗ねた顔をしていた。
「ケイ君、座ろうか」
「はい……」
風真はケイを、ロイの向かいに座らせる。
「ロイさん。ケイ君には好きで好きでたまらなくてお互いしか見えない超絶仲良しな恋人がいるので、安心してくださいね」
「っ……そうでしたか。ケイさんのように素敵な方に、恋人がいないはずがありませんよね」
ロイは安堵し、爽やかな笑みを浮かべる。
「風真さん、恥ずかしいです……」
そう言いながらも、自分とジェイの事を誰かに知って貰える事が嬉しくて、頬を染めてぎゅっと風真の服を握った。
可愛いなぁ、とにこにこしながら、ケイからアイリス、ロイへと視線を向ける。
(あれっ、すごい眩しいっ……)
気付けば、視界がキラキラしていた。
この場には自ら発光するような美男美女しかいない。自分を覗いて。風真は場違い感が否めずにそっと顔を俯けた。
「フウマさん?」
「あっ、大丈夫です。美男美女しかいなくて眩しいだけなので」
三人は目を瞬かせ、すぐに微笑ましく笑みを零した。
「フウマさんは、大変可愛らしくて魅力的で太陽のように眩しいですよ?」
「ええ。兄上が毎日私を呼び出しては、神子様の魅力を小一時間淀みなく語るほどですから」
「ンッ、アール何してんのっ……、すみませんアールと俺の話題が大変ご迷惑をっ……」
「いえ、そんな。書類を読みながら口からは延々と惚気が出る兄上を眺めながらお茶をいただくのは、大変面白、……有意義な時間ですので」
にっこりと笑う。
(ロイさん、なんとなくユアンさんにも似てるんだよな……)
従兄弟だからか、と納得する。そして日に日に仲良くなる兄弟に、嬉しさのあまり頬が緩んだ。
ロイが有意義なら、アールにやめて欲しいとは言えない。……延々と惚気られるのは、恥ずかしいが。
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