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暖かな日々
しおりを挟む翌朝。
「おはようございます!」
「……おはよう」
どんな顔をして入れば……と迷った末に良く分からなくなり、風真は元気いっぱいに挨拶をして体を直角に曲げてお辞儀をした。
その横からアールが顔を出し、風真の体を起こす。
「おはようございます、フウマさん。今日も元気で愛らしいですね」
「おはよう、神子君。アールはちゃんと目が覚めてる?」
トキとユアンはいつも通りだ。風真とアールは目を瞬かせ、互いを見つめた。
こちらが気まずい顔をしていては、雰囲気を悪くしてしまう。ひとまず席についたところで、風真はトキが隣だと気付いた。
いつも通りだ。向かいに座る互いに視線を向け、ホッと胸を撫で下ろす。
「フウマさん、昨夜は眠れましたか?」
「はいっ」
「眠れてしまったのですか?」
「はいっ、……えっ?」
眠れてしまった? 風真は首を傾げた。
「殿下?」
「…………まだ、早い」
アールはそっと視線を逸らす。
(早い? 何が、……あ、え、えっ…………ち、のことか)
少し遅れたが思い至り、カァ、と顔を真っ赤にした。
今まで様々な悪戯を受けてきたとは思えない初々しさ。もしかしたらキスもまだなのでは。
てっきり自分に遠慮して何も出来なかったかとユアンは不安になったが、二人の様子を見る限り、杞憂で済みそうだ。
ユアンとトキは微笑ましさに頬を緩め、まだ風真がアールのものになっていない事に、いけないと思いつつ少しだけ安堵した。
「まあ、アールは赤ん坊だからね」
「はい……。でも昨日はアールより、俺の方が赤ん坊みたいに甘やかされて寝かされました……」
もう一度キスをしてから抱き上げられ、ベッドに横たえられて、子守歌を歌ってくれた。以前、風真がアールの歌声を褒めたからだ。
アールとしては、恋人として添い寝する状況に胸はいっぱいだが体は反応しそうで、己を落ち着けるためにも歌を歌った。
風真も同じ状態で、体が反応しないよう歌声に耳を傾けていたが、ドキドキしながらも歌声に癒されて、すぐにすやすやと健やかな気持ちで眠ってしまった。
「可愛いね」
「可愛いですね。赤ん坊のフウマさん」
「育てたいな。俺の息子だから、育てよう」
「そうですね。私もお手伝いしますよ」
(すみません、もう育ちきってます……)
二人が嬉しそうで、声には出せなかった。
美味しい朝食と、今まで通りの朝。
しばらくは訪れないと覚悟していた穏やかで楽しい時間に、風真は幸せで泣いてしまいそうだった。
朝食が終わると、少し話をしようと言うユアンに連れられ、四人で談話室へと向かう。
そして。
「フウマ。お父様の膝の上においで?」
「!?」
ソファに座るユアンに両手を広げられ、風真は立ったまま固まった。
「あれ? パパがいい?」
首を傾げられ、ふる、と何とか首を横に振る。
「そっか。父上だと他人行儀で寂しいから、フウマに呼んで貰うなら、やっぱりお父様かなと思ったんだけど」
お父さんだとお義父さんのようで余所余所しい。父さんは、元の世界の父親だけの呼び方にしたいだろう。
優しい瞳に、ユアンの気遣いを感じ、風真はおずおずとユアンの傍へと近付いた。
「…………お父様」
「っ……」
「うあぁっ……、なんかすごい照れますっ」
「俺は嬉しくて舞い上がりそうだよ。ほら、おいで」
「わっ!」
立ち上がって風真を抱き上げ、横抱きにしたままソファに座る。必然的にユアンの上に横向きで乗る形になり、咄嗟に首に腕を回して抱きついた。
「殿下。初めての親子のスキンシップだと思い、しばらくは我慢してください」
「……分かりたくないが、分かった」
今日だけは、譲歩しよう。アールは不機嫌さは隠せないままで、二人の向かいに座る。
ユアンは父親。風真の父親。自己暗示を掛けるアールの前に、トキが気持ちを落ち着けるハーブティーを置いた。
「えっと……。人前では、父上にしますね」
「陛下が父上になるから、俺はお父様のままにして欲しいな」
「えっ、あっ、そっか、紛らわしくなっちゃいますよね。…………そうだっ、陛下っ」
「そうだよ。陛下が父上で、王妃様が母上になるんだ。フウマは、王太子妃だね」
「!?」
男性の伴侶は呼称が決められていないため、風真は王太子妃と呼ばれる事になるだろう。
「フウマさんは王族同等ではなく、正式に王族になるのですよ」
「正式にっ……」
「今更なかった事にはしてやらないからな」
「そんなこと言わないけどっ、王様とお妃様が、俺の父と母に……」
「義父だよ。父は俺だから」
「ですねっ」
もう何が何やら。風真は頭を抱えた。
「俺は君の父親になるけど、神子君の使いで、フウマの安心出来る場所である事は変わらないよ。遠慮なんてしないで、今まで通りでいいんだ」
「ユアンさん……」
「俺にとっては君は息子だから、以前のようなイタズラは自粛するけどね」
風真の頬を撫で、むにっと摘む。こういう悪戯ならと風真が笑うと、突然その手が滑り下りた。
「ふひゃっ!」
首筋を撫でられ、おかしな声が漏れる。
「ユアンさっ、ふゃぅッ、ひゃ、ひんっ」
脇腹を爪を立てて引っ掻かれ、背を撫でられて、ゾクゾクした感覚に身を捩る。
快楽になりそうで、ならない。ならないようで、それかもしれない。ゾクリと背筋が震えた途端、指の動きが変わった。
「ひゃっ、はははっ! ユアンさんっ、うひゃはっ、もっ、だ、だめぇっ……!」
アールが鬼の形相で立ち上がったところで、ユアンは手を離した。
「家族としてのスキンシップしかしてないよ」
「父親がそんな事をする訳がないだろう?」
「陛下はね。平民の子はよくやってるみたいだけど」
「フウマは王族……、……やっていたのか?」
そういえば平民だった、と涙目の風真へと視線を向ける。
「や……、やられてた、母さんと姉ちゃんにもやられてた……」
子供の頃を思い出すと、夕食を待てなくて摘み食いした時、赤点のテストを隠そうとして姉に見つかった時、こら、と優しく怒られて擽られていた。
父親には滅多にされなかったが、母と風真が楽しそうにじゃれているところを見て、そっと擽ってきた。
構われたくて、自ら床に大の字になっていた事もある。あの頃の記憶は、どれも優しくて愛しい想い出だ。
「平民の間では、当然のスキンシップだったのか……」
アールは衝撃を受ける。そして、ユアンは平民の事をよく知っていると尊敬すらした。
「その時は笑い声しか出なかったんですよね……」
「俺とフウマは体の相性がいいのかな?」
「おかしな言い方をするな」
「ひゃうんっ!」
突然風真が鳴き、視線を向けると、トキが風真の太股を撫でていた。
「残念ですが、私とも相性が良いようですよ?」
トキがにっこりと笑う。アールは眉間に皺を寄せ、風真の腕を掴んだ。
「へ? ひぅッ、っ……ぁ、あッ、ぁぅ」
「相性なら私が一番だ」
腕の内側を撫でたアールは、色気のある喘ぎを漏らしビクリと跳ねる風真に、勝ったとばかりにニヤリと笑った。
(そんなとこで張り合うなって言いたいけど、ドヤ顔可愛い……)
可愛いからもう許してしまう。
そういえば、昔、姉が言っていた。
格好良いと思っているうちは抜け出せる。可愛いとしか思えなくなったらもう、抜けられない底なし沼にいるのよ、と。
(姉ちゃん、これが底なし沼……)
もう、何をしてもアールが可愛く見えて仕方なかった。
今までと変わらず風真を取り合う二人と、今までと違い微笑ましく二人を見つめるトキ。
穏やかな時間。楽しい時間。
だがユアンとトキが無理をしていないはずがないと、風真もアールも気付いている。
それでも、四人で過ごすこの大切な時間を失いたくないと……その想いは、誰一人変わる事はなかった。
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