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考えていたこと
しおりを挟む「俺は、君と家族になりたかったんだ」
体を起こし、風真を見つめる。
風真と夫婦になり、暖かい家庭を築きたかった。
だが、もし、アールを選んだら。その時に備えて、考えていた事が、準備していた事がある。
「アールを選んでも、君と家族になる事は諦められないよ。だから、フウマ。……俺の、息子になって欲しい」
「っ……」
風真は息を呑む。息子、と脳内で反芻し、本当にそう言われたのだろうかとユアンを見つめた。
「兄弟だと、俺じゃなくて父の家族になるんだ。君には俺の家族になって欲しいから、息子にね」
やはり息子と言った。
「息子、って……ユアンさんと俺、少ししか歳離れてないですし……」
「貴族の間では歳の近い養子も珍しくないよ。年上の息子もいるくらいだからね」
「貴族すごい……」
「俺は、君と家族になりたい。形は違っても、君と暖かい家庭を築きたいんだ」
ユアンはそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。
(家族……ユアンさんの、息子……)
あまりに突然の事で、頭がついていかない。嫌な訳ではなく、ただ動揺していた。それをユアンは、懸念している事があるのだと勘違いをする。
「家族になっても住む場所は変わらないから、安心して」
「え? そうなんですか?」
「神子様は、生涯この離れで暮らす事が決められてるんだ。使いも一緒にね」
それなら、今と変わらない。
ユアンの屋敷に移ればアールと会う時間が減る事を心配していると、ユアンは考えていたのだ。風真はその気遣いに、胸が暖かくなる。
「家族になったら、昼間は俺の部屋で過ごして欲しいな。後々は、君の部屋近くの空室を、二部屋繋げてしまおう。そしたら子供が生まれた時に家族みんなで過ごせるよね。安全の為に夜だけは、親子で君の部屋で寝て貰う事になるけどね」
ユアンはつらつらと未来図を語る。
「君が息子になってくれたら、生まれた子も俺の家族だよね。君の子に、じいじって呼んで貰いたいな」
すでに孫を持ったように目元を緩めた。
数年後に生まれるとしても、その頃ユアンはまだ二十代だ。風真には衝撃だが、貴族では良くある事なのかもしれないと無理矢理納得した。
そこで、大事な事に気付く。
「子供、産めなかったらすみません……」
「それなら、君は俺だけの家族だね」
「待て。私の伴侶だ」
今まで黙っていたアールが、風真の肩を抱き寄せる。この勢い、風真を取られるのではと不安になった。
「アールは、俺の義理の息子か。変な感じだな」
「……そうか、義父になるのか……」
義父。眉間に皺を寄せるが、そうなったところで、自分たちの関係性は変わらないだろう。
ユアンを見ると、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……フウマが、良いなら」
ユアンが、風真とその関係性を望むならば。アールはそっと息を吐いた。
ユアンはそっと目を細め、風真へと視線を向ける。
「じゃあ改めて。……フウマ。俺の、息子になって欲しい」
「っ……、はいっ」
コクコクと頷き、ユアンを見つめた。
「俺、息子として頑張りますっ。これからもよろしくお願いしますっ」
「俺の方こそ、不慣れな父親だけど、よろしくね」
ユアンは立ち上がり、風真の手を取り固く握手を交わした。
・
・
・
手続きはこちらで進めておくからと笑顔で告げて、ユアンは二人を部屋から追い出す。後は若い二人で、とイタズラっぽく言ってウインクをした。
扉を閉め、ユアンはトキの向かいに座る。そしてソファに背を預け、深い溜め息をついて目を閉じた。
「子供が生まれたらなど……。自ら傷を抉るのでしたら、言わなければ良かったでしょうに」
トキが静かにそう零した。
「……言っておかないと、二人とも気にするだろ」
「そうだとしても、フウマさんのお答えを聞いてすぐの状況で、ユアン様が気を遣う側に回る事はないのです」
「そう、だな……。そうだけど……逆の立場でも、アールは同じ事をしたさ」
淡々と、子が出来た時には私が勉強を教えよう、とでも言っただろう。その子が望めば王太子に、と遠い未来の話さえしたかもしれない。
「まったく……。良く似た従兄弟ですね」
トキは眉を下げて立ち上がり、棚からグラスとワインボトルを取った。
このまま帰しては、独りで浴びるほど飲んでしまう。そんな悲しい酔い方はさせたくない。
少しでも心の整理を付ける手助けが出来ればと、程良く酔える度数のワインをグラスに注ぎ、ユアンの前に置いた。
「……俺には気心の知れた部下がいるけど、アールにはロイ殿下とアイリス様しかいないだろ。その二人も、そのうち国を去ってしまう。フウマが俺を選んでたら、アールは本当に独りぼっちになってたんだ」
グラスに口を付け、ぽつりと言葉を零した。
「夜会で仲良くなった人たちはいても、どうしても王太子として振る舞わずにいられないみたいだし……立場上、心の内をさらけ出せる相手もそうそう現れるものじゃない」
ロイとアイリスほどに気を許せる相手は、そうは現れないだろう。お互いに気を許せる相手に出会える事は奇跡のようなものだ。
「それに、……俺は何年も好き放題遊んできたけど、アールは王になるのに一生童貞とか、男として寂しいしな」
最後は冗談めかして言い、グラスの中身を飲み干した。
風真を愛し続けながら政略結婚をするなど、アールには出来ない。妃も迎えず、跡継ぎはロイの子供に託すつもりだったのだろう。
「だから、アールで良かったんだよ」
注がれる赤い液体を見つめ、そっと笑みを零した。
トキも自分のグラスにワインを注ぎ、ゆらゆらと揺らす。揺れる水面に視線を落とし、そっと息を吐いた。
「理由を付けないと、諦められませんよね……」
「……そうじゃないよ。アールが心配なのも、フウマに子供のような愛しさを感じてたことも、嘘じゃないしね」
ユアンは笑みを消し、瞳を伏せる。
「俺が選ばれてたら、アールは悲しみのあまり、数日食事も取らなくなるところだったよ。王宮の自室に籠もって、酒浸りになったかもしれないし」
「それは、ユアン様も同じでは?」
「……俺は、アールより上手く振る舞える」
「ですがそれは、傷を押さえ付けているだけです。今はお二人を想うより、ご自分の感情を大事にされてください。ここには、私しかいませんから」
「……トキには敵わないな」
ユアンは苦く笑い、グラスを置いて手のひらで顔を覆った。
「あー……悔しいな……。俺がフウマを幸せにしたかったのに……」
目の奥が痛み、手のひらに熱いものが落ちた。
・
・
・
「もう大人だし、父親として、してあげられる事は少ないだろうな」
長い沈黙の後、ユアンは手を離して、残念だとばかりに溜め息をついた。
「今まで通りの愛情を捧げて、良いのではないですか?」
「……駄目だろ」
「距離を置かれては、フウマさんは罪悪感に苛まれますよ?」
「そうだけど、トキが言ってるのは駄目な方の愛情だろ?」
いつもの調子で苦笑し、グラスを持ち上げる。
「父親になられるとはいえ、フウマさんの御使いであり、特別なお方です。触れても良いのです。射精さえさせなければ」
「トキは、神職を辞めたのか?」
「フウマさんのお祓いを、私が他の者に任せるとでも?」
「思わないな」
クスリと笑う。これもトキなりの慰めだろう。
自分でも言い過ぎたかと思い、トキはにっこりと笑って優雅にグラスに口を付けた。
「私がフウマさんを諦めた理由の一つに、神官は結婚が出来ないというものがありました」
トキは今まで通りの声音で言う。
「フウマさんは結婚にこだわらないでしょうが、やはり諦めて良かったと思いました。あれほど花嫁さんに憧れていたのですから。……幸せな結婚式を、準備して差し上げたいですね」
「ああ。……そう、だな」
その光景を想像するには、今は心が壊れてしまいそうだ。
同じ想いを抱いているはずなのに、トキは強い。ユアンは凛としてグラスを傾けるトキへと視線を向ける。
「こうして慰められながら飲むのは、新たな恋が生まれる場面なんだろうけど」
「すみません、私はフウマさんしか愛せませんので」
「俺もだよ。一日に二度フラれる体験をさせないでくれ」
ふっと笑うと、続いて笑みが零れる。トキもクスクスと笑った。
「……独りで飲まなくて良かったよ」
「私もです。……私も、改めてフウマさんにふられた気分ですから」
辞退しても、想いが消えた訳ではない。
「明日はうちの部下たちと一緒に、傷心を慰めて貰う会を開こうか」
「ぜひお願いします。お酒の美味しいお店でお願いしますね?」
「勿論だ」
そう言って、今度はブランデーをグラスに注ぐ。
胸が血を流すような痛みも、何故自分ではないのかという悲しみも、酒と会話で溶かしてしまう。そうでもしないと、悲しみに呑まれて息が出来なくなりそうだ。
徐々に度数の強い酒を注ぎ始めるトキに、同じ感情を共有出来る人がいるのは救いだと呟き、数本のボトルをそっと棚へと戻した。
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