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告白
しおりを挟む緊張しているのは皆の方だというのに、気を遣わせてしまった。風真はお茶を飲み干し、もう大丈夫だと笑って見せる。
「トキさん、お茶、ありがとうございました」
礼を述べるとトキはそっと目を細め、風真の背をポンポンと撫でてから手を離した。
風真は背筋を伸ばして、二人を見つめる。
「俺、誰を選ぶか、決めたんです。遅くなってごめんなさい」
頭を下げ、また二人へと視線を向ける。自信に溢れていた二人が、不安に瞳を揺らしている。自分の一言で、どちらかを傷付けてしまう。
それでも。
(言うって、決めたんだ)
一度引き結んだ唇を、ゆっくりと開いた。
「俺……俺は、……アールの、恋人になりたいです」
静かに、強い意志を持って言葉は零れた。
静まり返る室内。
黒の瞳に真っ直ぐに見つめられ、アールは呆然と見つめ返した。
「私、の……?」
「うん」
「本当に、私を選んだのか……?」
「そうだよ。俺、アールが好きだ」
好き。言葉にすると胸がきゅうっとなり、やっぱりアールが好きなんだとますます実感する。
「……何故」
「殿下。ご不満なのですか?」
「不満、など……だが、……フウマが、私を……」
信じられない、と唇を震わせた。
指先も震え、空色の瞳は驚きに見開かれている。
「アールがあんまり動揺するから、感傷に浸る暇もないな」
泣いてしまいたい気持ちなのに、とユアンは肩を竦める。
だがこんなアールを見ていると、胸の痛みを抑えてもアールに現実だと伝えたくなる。アールと、風真のために。
「ほら。神子君の気持ちに、応えないと」
「……ああ」
アールは立ち上がり、ふらふらと風真の側へと近付く。本当に、自分を選んだのだろうか。ユアンではなく、自分を。
「アール」
「っ……」
風真が立ち上がり笑顔で名を呼ぶと、弾かれたようにその体を掻き抱いた。
「フウマっ……」
何度も名を呼び、存在を確かめる。
「夢ではないのだな……本当に、私を……」
本当に、風真が、風真の口から、恋人になりたいと紡がれた。
視界が滲み、ぽたりと雫が床へと落ちる。睫を濡らす感触に、アールはハッと我に返った。
「っ……、すまない。動揺した」
目元を拭い、風真をソファへと座らせる。いつの間にかトキはユアンの隣へと移動し、アールに風真の隣に座るよう笑顔で促した。
アールが座り風真の手を握ると、ユアンが眉を下げて口を開く。
「神子君」
「っ、はい」
「……俺が駄目なわけじゃなくて、アールがいいんだね」
「っ……、はい……」
「俺が年上だったからでも、ないよね」
「もちろんですっ、年齢で選ぼうとしたことは一回もありませんっ」
「そっか……。ありがとう、フウマ」
ユアンは顔を綻ばせ、愛しげに風真の名を呼んだ。
長い時間、風真がずっと考えて出した答えだ。考え直して欲しいと言ったところで、もう気持ちは変えられない。
諦めようとして、すぐに諦められるものではないけれど……。
「理由を、聞いてもいい?」
理由だけは、風真の口から聞いておきたかった。それは、アールもトキも知りたい事だ。
三人の視線を受け、風真はゆっくりと口を開く。
「……昨日、独りになって考えたんです。寂しいなって思った時、みんなに会いたいと思いました。でも、会えなくて寂しいと思ったのは、アールで……」
考えながら言葉にしていく。
「会えなくなったら寂しいのは、みんななんですけど、なんていうか、アールはちょっと違って……」
違うのは、自分の中では分かっている。だが上手く言葉に出来ない。
「……一番の決め手は、好きだな、って、腑に落ちたんです。恋人になりたいなって、思って……恋人として、一緒に生きて行きたいと思ったんです」
恋人として。いずれは、結婚をして。傍にいたいと思った。今まで気付かなかった事が不思議なくらい、それが自然な事のように思えた。
「それに、……アールは美人で天然なとこがあるから、俺が護らなきゃって」
それを風真が言うのかと、三人は言葉に出さずに同時に考える。アールだけは、それに加えて怪訝な顔をしていた。
「君が強い子だって事を、もっと考えないといけなかったのか」
話を終えた風真に、ユアンは眉を下げて笑う。
可愛くて、護りたくて、過保護にしすぎてしまった。風真は、ただ護られるだけの人間ではない。
それでも、世話を焼いて愛で続けた日々を後悔する事はない。どれも大切な、かけがえのない時間だ。
「本当はね、少し前から、薄々気付いてはいたんだ」
気付いていた。風真は、戸惑いに瞳を揺らす。
「君は俺に、少しの恋心と、……父性を、感じていたよね」
「父性……」
「抱きしめた時に嬉しそうにしてたのは、恋心じゃないんだよね。……これは、母性かな」
抱きしめても撫でても嬉しそうで、無防備で可愛かった。思い出して、ユアンはくすりと笑う。
「俺と迎える朝に安心しきってたのも、親鳥の羽の中で護られる雛鳥だったからだ」
言葉にすると、本当にその通りだったと苦笑してしまう。
アールを見ると、らしくない悲しい顔をしていた。憐れまれるのは不本意だが、あのアールにあんな顔をさせるなど二度とないかもしれない。
「家族になりたかったけど、そっちは目指してなかったのになぁ」
わざと明るい声を出し、ドサリとソファに背を預けた。
「……そういう俺も、君に時々、赤ん坊のような愛しさを感じていたよ」
たくさんの恋心と、少しの無償の愛。
だから、こうなる事を予想していなかった訳ではない。こうなる場合に備えて、考えていた事もある。
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