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部屋に籠る日
しおりを挟むそれから一週間後、侯爵と子爵の処刑が行われた。
神子と王太子の殺害を企てた大罪。本来ならば三日以内に処刑されるところを引き延ばしたのは、表向きは余罪を追及するためとしている。
実際に調べていく中で、風真の懸念した通り、危険な薬がごく少量だが裏で流通していた。今後も調査を続け、関与した者には相応の処罰を与える事になる。
そして侯爵と子爵の親族で直接関与した者は、二人と共に処刑される事となった。
「あれが侯爵と子爵か?」
御使い用に設けられた席で、アールは眉間に皺を寄せた。
独房ではなく、数名の重罪人と過ごした二人は、面影もないほどに窶れている。黒かった髪も疎らに白髪が増え、堂々としていた態度が思い出せないほどに怯えていた。
「戦場も知らない貴族には、耐えられない環境だっただろうね」
劣悪な環境の牢とはいえ、疫病が流行らないように清掃はされている。食事も非常に質素なものだが一日に三回出され、囚人同士の暴力も禁止されていた。
禁止はされていても、会話は自由。大きな声や物音がしなければ、看守は回ってこない。そういった意味での劣悪な環境だ。
「外傷がない事は確認されていますが、牢の中で、何があったのでしょうね?」
トキは口元を押さえる。想像するだけで唇が弧を描いて、クスクスと声すら漏れてしまいそうだった。
民衆の視線にさえ怯え、処刑台で今か今かと順番を待っている。これが見たかった。トキは声に出して呟いてしまい、ユアンとアールを苦笑させた。
風真に危害を加える者は、決して許さない。これでもまだ足りないと思う気持ちは、三人ともが同じだ。だが、トキのように喜べないのは、自らの手で罰を下せなかった不満からだ。
侯爵と子爵の順番は最後。それまで、怯える姿を見て心を落ち着けよう。
この光景も、心の内も、決して風真には見せられない。
死を前に平然としている顔など、見せたくない。
風真には、これ以上この世界で人の死を目にする事なく、生きていて欲しかった。
・
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朝食後、神子の部屋には水や果実酒、焼き菓子やサンドイッチ、そのまま食べられるウインナーや各種保存食が運ばれ、明日の朝まで扉を開けないようにと念を押された。
護衛も、子爵の最期を見届けるために処刑場へと向かった。離れの護りは通常の衛兵に加え、第一部隊の騎士たちが担っている。
丸一日出られないならと図書室から大量の本を持ってきたのだが、アールからも本を渡された。お勧めの専門書だと言った。
ユアンからは、何種類ものドライフルーツとそれに合う果実酒を。トキからはピースが程良く細かいパズルを三つほど渡された。この世界にもパズルがあるのかと驚いた。
(なんか、初めて留守番する子供みたいだな)
テーブルの上には、サンドイッチと焼き菓子の入った木の籠が。本とパズルはブックワゴンに。水と酒類と保存食もワゴンに乗せられ、一日どころか三日は籠もれる量だった。
(……快適すぎる)
ソファにゆったりと座って、ドライフルーツを摘みながら果実酒を飲み、パズルで遊んでいる。まだ昼前だ。なんて贅沢。
「ドライフルーツ、うま~」
ジューシーでマンゴーのような味だ。その他にも甘酸っぱいものや爽やかな甘みのものがある。さっぱりして軽い味の果実酒と合わせると最高だ。
「ユアンさんの選ぶものに間違いはないよな~」
いつも全てが美味しい。
ついつい酒が進んで、ハッとして途中で水を飲む。今日は泥酔すると、ソファとテーブルの隙間で打撲やコブだらけで目覚める事になってしまう。
(いつも大変ご迷惑をおかけしている……)
怪我ひとつなくベッドの上で目覚める事が出来るのは、ユアンのおかげだ。怪我と同様、服もないのだが。
お世話をして貰っている事に心から感謝しながら、今日は酒と水を交互に飲む事にした。
パズルで頭が疲れてきたら、本を取る。専門書……男同士の恋愛小説だ。
(いや、普通にえっちしてんじゃん)
最初の五ページで致し始めて、パンッと本を閉じた。二十歳は過ぎているが、えっちな本は初めて見る。
(でも……俺も勉強した方が、いいよな……)
いざそうなった時に、全て任せっぱなしでは申し訳ない。だが、ユアンは全てお任せした方が喜びそうだ。アールは、……アールもそうかもしれない。
それでも少しは勉強しよう。他の本を読んで、慣れてきてから。持っている本をそっとワゴンに戻し、表紙から純愛が伝わってくる本を手に取った。
「アール、これどんな顔で読んだんだろ~」
風真の愛読書より、更に可愛い。
パン屋で働く青年に一目惚れした花屋の息子が、毎日花を贈ってアピールするものの、本人は全く気付かない。周囲は気付いていて、花屋の息子にあれこれと世話を焼き協力するという、幸せしかないストーリーだ。
元気で少し抜けているところのあるパン屋の青年を溺愛する、クールで不器用な花屋の息子。
「どっちも可愛いなぁ」
これを勧めてきたのは癒されるからかな、とアールの意図とは違う事を考えて、へらりと笑った。
目が疲れてきたらベッドに横になり、ゴロゴロしてからまたパズルをしたり、本を読んだり。お腹が空いたらサンドイッチを食べ、ソファに沈む。
あまりにも快適。
三人があれこれと風真の部屋に持ち込んだのは、今この瞬間に処刑が行われている事を、意識させないためだ。
自分が関わったから、命を落とす人たち。その命を背負い、二度と悲しい事件は起こさせないと、神子として決意した。
それならば、最期まで見届けるべきだと分かっている。だがそれを、三人が望まない事も理解していた。
(これは、踏み込んじゃいけない領域……)
もし、最期を見届ける覚悟が出来ていたとしても、それを望んではいけない。命の終わる瞬間を目にする事で、三人に一生負い目を感じさせてしまう。何故か、そう感じた。
それに……。
死は、両親を思い出す。
違う世界にいても、忘れられる訳がない。
ソファの上で膝を抱え、顔を埋めた。
(……魔物討伐がないと、姉ちゃんとも話せないんだよな)
昨夜、「通話できる?」と問いかけてみたのだが、現れた画面には、条件未達成と表示された。その条件とは、魔物討伐の事だろう。
(……独りって、寂しいな)
ここは塔の中ではない。扉の向こうへ話しかければ、騎士か交代の護衛が答えてくれる。
ただ、そうして意識が逸れた隙に彼らに何かあったらと思うと、気軽に話しかける事も出来なかった。
顔を上げて脚を下ろし、パズルのピースを手に取る。パチリ、パチリと填めていくと、森の中の湖に月が映る、美しい絵が現れた。
(綺麗だなぁ……、癒されるや)
絵を見ていると、ここが森の中のように感じる。神子の部屋は窓がなくとも、空気は清浄。酸素がたくさんある森の中のように清々しい。
(実際にある場所かな? 行ってみたいなぁ)
みんなと、一緒に。
自然とそう考えて、ピースを持つ手をぴたりと止めた。
寂しいのは、誰とも話せないからではない。
三人と、話せないから。明日の朝まで、会えないから。
会えないから、寂しい。
――……と、会えないから……。
ふと脳裏に浮かび、ピースを見つめた。
(好き、だな……)
ストンと腑に落ちる感覚。
由茉が言っていたのはこれだ、と、妙に凪いだ心でピースを填める。
(好き……、そっか……好き、なんだ……)
こんな時に、分かってしまった。
会いたいのは、みんなに会いたい。みんなに抱きしめて貰いたい。
それでも、会えなくて、寂しいのは……。
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