比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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今日の出来事

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 部屋へと戻ると、風真ふうまはある物を取って護衛に渡した。

「遅くなりましたが、上着、ありがとうございました」

 自分ではこの高級そうな服の洗い方が分からず、メイドに洗濯して貰い、綺麗に畳んで袋に入れて貰った。
 だから生地は傷んでないですと主張する風真を、護衛は表情を変えないままで驚きを持って見つめる。

 部下の物など使用人に渡して返させれば良いものを、丁重に扱い、洗濯までして、自らの手で返すなど。
 風真の人となりを知っているというのに、驚愕と戸惑い、感嘆と敬意が綯い交ぜになる。風真は、ただの護衛としてではなく、一人の人間として接している。

「お気遣い、感謝致します」

 護衛は袋を受け取り、深く頭を下げる。この気持ちをどう伝えれば良いだろうかと頭を下げ続け、風真を戸惑わせてしまった。

 この服は自室の見える場所に飾り、戒めにしよう。二度とお側を離れない。護り通すのだと、気を引き締めるために。


「俺、今後は迷惑をかけないように気を付けます。なのでこれからも、よろしくお願いします」

 風真はぺこりと頭を下げる。

「……神子様に、誠心誠意、お仕え致します」

 護衛は風真の前に片膝を付いた。

「この命が尽きるその瞬間まで、神子様をお護りし、我が主たる神子様へこの命と魂と、永久の忠誠を捧げる事を誓います」
「っ……」

 ジッと見上げる意志の強い瞳。
 この状況は、知っている。記憶の中よりも、捧げるものがとんでもない事になっているが。
 返事をすれば、人ひとりの命を、人生を、受け取る事になる。自分にそんな価値は、……それだけの価値のある、神子になればいい。
 仕えている事を誇りに思い、周囲からも羨望の眼差しを向けられるような、そんな立派な神子になればいい。


「……赦します」

 なれるだろうか、ではなく、なるのだ。
 真っ直ぐに護衛の瞳を見つめ、微笑む。もう一度「赦します」と穏やかな声で告げると、護衛は瞳を細め、恭しく風真の手を取った。

(あれ? 音だけ?)

 手の甲に近付いた唇からチュッと音がして、すぐに離される。
 つい目を瞬かせてしまったが、これが本当の誓いなら、ロイが唇を付けた事でアールの機嫌を損ねた理由も分かる。だがロイは感極まって、親愛の意味も込めてキスをしたのだろう。

 護衛は立ち上がり、風真を見つめる。初めて見せる穏やかな微笑み。風真は照れてしまい、頬を染めてはにかんだ笑みを見せた。


 そこで、廊下の角から人影が現れる。

「あ。……今日から謹慎のつもりだったので、臨時で第一部隊の騎士さんが来てくれるんでした」
「……今し方、誓いを立てたばかりですが?」
「そうですよねっ……、でもせめて朝まではゆっくり休んでほしいですっ」

 朝まで、と護衛の眉がぴくりと上がる。
 この騎士は臨時。それなら、日付が変わる頃に、本来の夜勤の護衛と交代するのだろう。

「日付が変わる頃に、交代に参ります」

 しっかりとした口調に、これは二十四時間ぶっ続けで勤務するやつだ、と風真はハッとした。

「護衛さん。日没から朝までは、ゆっくり休むって約束しましたよね?」
「っ……」
「半日しかないですけど、しっかり休んでくださいね。明日の朝から、またお願いします」

 一緒にテーブルを囲むという慣れない事もさせたのだ。酒も入っているのだから、ゆっくり心身を休めてほしかった。
 風真の気遣いを感じ、護衛はそれ以上何も言えずに口を噤む。目の前の壮年の男は、他の護衛ではないが、よりにもよって風真と仲の良い第一部隊の騎士だ。

「……承知しました。ですが、貴方の護衛は私です。どうかそれだけはお忘れなきよう」

 強い瞳と口調で告げ、風真に礼をする。そして騎士を睨み、その場を後にした。


「無口で堅物の彼が、あんなに話すとは。神子様の魅力には勝てなかったようですね」

 口髭のある壮年の騎士は、護衛の足音が遠ざかってからそんな事を言った。

「俺、何もしてないですよ。護衛さんが仕事熱心で優しくていい人なだけです」
「それを本心で仰ってるのですから、彼も心配なのでしょう」
「……?」
「他の護衛と仲良くなり、自分を不要と思う日が来るのではないかと」
「うぇっ? それ、他の騎士さんも言ってました……。でも、俺はずっと護衛さんと一緒にいたいと思ってます。不要なんて思うはずないですよ」

 そう言い切る風真に、騎士はそっと目を細めた。

「神子様は、人の心の分かる素晴らしい方です。向けられる想いを大事にしてくださる、その優しさと純粋さを……」

 騎士はそこで言葉を切り、風真を見つめる。

「保護したくなりますね」
「んっ、あー……動物愛護的な……」

 騎士には今年七歳になる愛息子がいる。だが風真を見つめる瞳は息子ではなく、愛犬に向けるそれだ。
 動いているだけで可愛い。元気に走り回るものだから、怪我をしないか心配してしまう。護りたい。保護したい。そういう事だ。

 この騎士は普段から、神子様扱いではなく可愛い子扱いしてくる。ユアンの前では自重しているが、風真が食べたり飲んだり走ったりしている姿を、いつも愛犬のように微笑ましく見つめている。

(俺の犬力、100突破したんじゃ……)

 知力と体力を越えた気がして、風真は夕食まで図書室に行く事にした。





 夕食の時間になり、風真が食堂に向かうと三人も揃っていた。
 今日の夕食も美味しい。サラダと豆のスープとラザニアと魚のフライだ。それから夜に出るのは珍しいベーコンエッグが、一番遠い場所に置かれていた。

(そういえば、普通にウィンナー食べれたな……)

 騎士と護衛が好きだろうからと用意して貰ったものだ。楽しくて、普通に美味しく食べられた。

(後で料理人さんに、もう肉もパンも大丈夫って伝えよう)

 三人に甘やかされて、トラウマも薄れている。パンも塔の中の記憶ではなく、今までの皆と一緒に食べる記憶へと上書きされていた。

 サラダとスープを食べ、ベーコンエッグの皿を取り、ナイフを入れる。絶妙の半熟加減で、いつも通り美味しかった。
 その様子を目にした三人は、一瞬目を見開き、胸を撫で下ろす。風真の心の傷を癒す事ができたのだと、そっと目配せして三人は頬を緩めた。


 夕食が終わり、食後のお茶を飲んでいるところでユアンは口を開いた。

「ところで、神子君」
「はい?」
「部下と、随分仲良くなったようだね」
「!」
「護衛とも、な」
「!?」

 部下とは、一緒に昼飲みをした騎士の方だ。

「え……見てました……?」
「使用人に報告させた」
「プライバシ~! いや、やましいことないからいいんだけどっ」

 今までも大体の事はアールに知られていた。だが小説でも聖女の行動は王に筒抜けだった。神子もそういうものだろう。

(まあ、何してるんだろって気にさせるよりいいか)

 おとなしくしていない風真ならなおさら、報告して貰った方が皆も安心して仕事にも集中出来るだろう。見守りカメラみたいだな、と思わないでもないが。


「話してた通りの罰が上手くいったんですけど、昼飲みの贅沢についつい俺のテンションが上がってしまって。普通に楽しんでしまいました」

 知られているならと、そう言ってへらりと笑った。

「それは何よりです。フウマさんが笑顔になられるなら、私も嬉しいですよ」

 トキは穏やかな笑みを浮かべる。内心では、もし彼らが風真に下心を抱き何かしらを決行しようものなら、大事な部分をちょんぎってしまおうと考えていたが。
 風真は何故か背筋が震え、首を傾げる。だがトキの笑顔はいつもの穏やかなものだった。

「今回は、寝落ちるほどは飲まなかったみたいだね」
「ユアンさんに来て貰うのは申し訳ないので、自制しました」
「偉いね。俺のいないところで酔ったら危険だからね」

 斜め向かいに座っていたユアンは立ち上がり、背後から風真を抱きしめて頬を撫でる。もしやこれはイタズラ、とハッとするが、ユアンは何もせずに風真の背後で話を続けた。


「部下はともかく、あの護衛に同じ席に着かせてワインまで飲ませるなんて、神子君はさすがだね」
「それは……、……命令しちゃったので、上司のパワハラなんですよね……。次からは気を付けます」
「気にする事はない。奴も少しは肩の力を抜いた方が良いからな」
「アールみたいにね」
「……ユアンに言われるのは癪だが、神子に影響され、良い方に力が抜けた自覚はある」

 認めるんだ、と三人は微笑ましくアールを見つめた。
 そのアールも、向かいの席から風真の側に近付き、指を絡めて手を握る。隣に座るトキも、もう片手を取った。

(姉ちゃん……今、すごい豪華なスチルになってる……)

 表紙絵にでもなりそうだ。それでも振り解く気にはなれず、愛でられるままになる。
 トキが、繋いでいない方の手で風真のカップを取り、口元に近付けた。

(もうどういう絵なのか)

 暖かい紅茶を飲み、はふ、と息を吐いた。

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