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敬愛

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「神子様も、どうぞもっとお飲みください。もし飲み過ぎてしまわれた際は隊長を呼びますので、ご心配なく」
「あっ、えっと、今日は飲み過ぎないようにします。忙しいユアンさんを呼び出すのは申し訳ないので」
「隊長も息抜きになりますし、ご遠慮なさらず」

 騎士は白ワインの瓶を取り、グラスに注ぐ。どうして次に飲みたいものが分かったのかと騎士を見ると、にっこりと笑顔が返ってきた。


「神子様の介抱は、アール殿下のお役目では?」
「いつも隊長の役目ですよ?」
「だが、神子様は、……大変失礼しました」

 主の床事情を話すなど。護衛は深く頭を下げる。慌てて頭を上げさせようとする風真ふうまに、騎士は震えた。

「……もしかして、もう……殿下を、お選びに……?」

 つい最近まで、まだ選んでいないと聞いていたのに。

「隊長は、素晴らしい方です。身分に関わらず気さくに接してくださり、話し上手で、様々な国を訪れていらっしゃるので話題も豊富です。何より、神子様を心より愛しておられます。命を捧げるほどに大切に想っていらして……ですので、どうか……」

 考え直して欲しいと、言葉に出来ずに口を噤む。神子に決定を覆せなど言えるはずがない。


「えっ、あっ、あのっ、……まだ、決められてない、です……」
「っ…………そうでしたか……」

 騎士は胸を撫で下ろした。思わず乗り出していた体を引き、席に戻る。

「あのようなお二方から求愛されては、そう簡単には選べませんよね」
「そうなんです……。俺には勿体ない人たちで……」
「神子様は、お二方、いえ、お三方に愛されるべくして愛されているのです。私ども第一部隊一同も、神子様を敬愛しておりますよ」
「っ、あ、ありがとうございます……」

 カァ、と頬が熱くなる。素晴らしい人たちに愛されていると思うと、勿体ないと思いながらも嬉しくてたまらなかった。

「私も神子様を、心より敬愛しております」
「ありがとうございますっ……」

 ますます頬が熱くなり、酒のせいにして、グッと呷った。


「ユアン様も素晴らしいお方ですが、殿下も素晴らしいお方です。私などにも労を労うお言葉をかけていただきました。決して話し上手とは申せませんが、実直で、一言一言に重みのあるお方です。ですが、時に、寂しげな表情をされているところをお見かけします」
「っ、それ、知らないです……」
「神子様のお心を得る方法が分からず、少々不器用なところがあられるために、ユアン様に劣等感を抱いておられるのでしょう。その様子を拝見し、胸が痛くなりました」

 無口な護衛が滔々と語る。顔は少しも赤くない。酔って口が軽くなったのではなく、大事な事なので話しているようだ。

「神子様が塔にいらっしゃる事をお伝えした際には、殿下は酷く動揺されており、神子様への想いの深さを目の当たりにしました」
「っ……、それなら隊長の方が動揺していましたよっ」
殿、動揺されたのです」
「隊長も滅多な事では動揺しませんがっ?」
「ちょっ……、喧嘩しないでくださいっ……」

 ガタリと立ち上がった騎士は、我に返り謝罪をして席に着く。護衛も謝罪し、騎士に視線を向けた。

「誤解をさせたようですが、私は殿下を推奨しているのではありません。神子様がご判断されるための情報に、偏りがあってはならないと考えました」
「……そうでしたか。大変ご無礼を……」
「いえ、こちらこそ」

 騎士は興奮してしまった事を恥じ、護衛に謝罪する。護衛はさらりと流し、ワインを飲み干した。

(護衛さん、護衛さん~って感じだな……)

 何にも動じない。岩のようで格好良い人だ。


「そろそろ答えを出さないと二人に失礼だって、分かってはいるんですが……」
「そのようなことはありません。お二方も、神子様に心ゆくまで悩んでいただき、選んでいただきたいと思っているはずです」

 護衛もコクリと頷く。

「っ……、ありがとうございますっ……。へへ……、二人とも、優しい。大好きです」
「!?」
「神子様?」

 安堵した途端に、風真の瞳がとろりと蕩ける。ユアンがいる時ほどではないが、酔いが回っていた。

「神子様、そろそろお開きにいたしましょうか?」
「ん……いえ、水をもらいます……」

 ぶんぶんと頭を振り、水をお願いしますと使用人に口パクする。

「せっかくの機会なので……もっといっぱい、お話ししたいです」

 楽しくてつい飲み過ぎてしまった。風真は我に返る。だが。

「……だめ、ですか……?」
「!」
「っ……」

 頭を振った事で酔いが更に回った風真は、お願い、とばかりに潤んだ瞳で二人を見つめた。

 きっとこれは、無意識にやっている。
 騎士と護衛は直感で察し、だからこそ御使い三人に日々心配されているのだと理解した。





 水を飲み、意識のはっきりした風真と二人は、それからしばらく歓談を楽しんだ。

「神子様。また四日後に参ります」
「はい。楽しみにしてますね」

 風真は嬉しそうに笑うが、護衛は怪訝な顔をしている。何故、四日後なのかと。
 気付いた騎士は、謹慎は謹慎ですので、と苦笑した。

「三日間は自宅謹慎をして、己を鍛えたいと思います」

 魔物討伐では成果を上げているからと、慢心していた。策を弄する人間相手では、咄嗟の判断力も、思考力も、剣の腕も、何一つ足りなかった。騎士は笑顔のまま、眉を下げる。


「貴方は一週間、神子様のお側に?」
「……はい」
「お気持ちは分かりますよ。神子様はきっと、少しでも離れている間に他の者と仲良くなってしまうでしょうから」

(ん? 俺の話?)

「既に、なられています。ですので、これ以上お側を離れず、控えながら己の未熟さと向き合うつもりです」
「それがいいですね。周囲を警戒しながら己に向き合うのは、相当集中力がいるでしょう。応援しています」
「ありがとうございます」

 お互いに精進しましょう、と二人は固く握手を交わした。


(それって、俺の護衛ポジションを取られないために、ってこと……?)

 責任感が強く仕事熱心、で済ませるには、今の会話には違和感がある。さすがの風真も気付いた。
 思い返せば、護衛の休日以外で、他の護衛と殆ど顔を合わせない。休日のはずがいつの間にか彼がいたりする。

(そんな、専属護衛騎士みたいな……)

 貴族令嬢じゃあるまいし、と考えてから、王族同等だしなと思い直した。
 だが、もし専属護衛騎士だとすれば、贅沢な人選だ。

(違ったら変な空気になりそうだし、後でアールにきいてみよ)

 ひとまず疑問は後回しにして、帰っていく騎士を笑顔で見送った。

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