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護衛と騎士の処罰は
しおりを挟む「ってことがありまして、ロイさんとアールも仲良くなりました」
離れのすぐ側に位置するガラスの温室で、風真はにこにこしながらティーカップを傾けた。
ロイの威厳を失わせず、実直な王子だという部分だけを厳選して話した。ケーキやサンドイッチの乗った丸いテーブルを、一緒に囲んでいるのは。
「それは何より、です……」
「……何よりです」
緊張して笑顔がぎこちない騎士と、居心地が悪そうにソワソワしている護衛だ。
何故この面子でティータイムをしているかというと、アールとユアンが、護衛と騎士の処罰を風真に任せたからだ。
素晴らしい働きをしたとはいえ、風真の傍を離れ、危険に晒した事は事実。全く罪に問わないという訳にはいかなかった。
命懸けで護ってくれた二人に罰など与えたくない風真は考えた。一週間の謹慎という名の休暇と、神子と一緒にお茶という罰にしよう。
それで今、使用人たちに用意して貰った令嬢のティータイムのようなキラキラした空間に、三人はいる。
「あっ、このクッキー美味しいっ。お二人もどうぞ」
「ありがとうございます」
「……頂戴致します」
クッキーの乗った皿を二人の前に出すと、おとなしく口にして「美味しいです」と答えた。
護衛は、主と同じテーブルにつき、同じ上質な物を食べるという状況に困惑していた。不敬極まりないという、切腹でもしそうな顔をしている。
騎士とは第一部隊でよく一緒に祝杯を上げているが、風真を危険に晒した事の罪悪感で、視線を合わせてくれない。
(これが罰だって、まだ伝えてないのも罰なんだよな)
話があるといって二人を温室に呼び、切羽詰まった様子で謝罪をする二人に、命令だといってテーブルにつかせた。それからロイの話を始め、今に至る。
すぐにこれが処罰だと言っても、二人はそれでは甘いと己を責めるだろう。だからこそ、地味に陰湿な手を使った。
(でも、そろそろ心の痛さに耐えきれないや)
風真としては、二人には感謝しかない。そろそろつらくなってきた。
「さて、本題なんですが」
ティーカップを置き、真剣な顔で二人を見据える。
「アールとユアンさんから、俺がお二人の処罰を任せられたことは聞いてますよね?」
「はいっ……。どのような処罰もお受けいたしますっ」
騎士は立ち上がり、風真の傍に片膝を付いた。護衛も同じように、騎士の隣に。
「神子様の命に従います」
本当は、これからも傍で仕えたい。今度こそ護り通したい。だがそれを願える立場ではないと、護衛はグッと拳を握った。
「お二人への処罰は……、一週間の謹慎と、神子である俺との、このティータイムです」
「……!?」
「っ……」
何を言われたか理解出来ず、二人はしばし固まり、同じタイミングで勢い良く顔を上げた。
「謹慎なので、王都からは出ないでくださいね。それ以外はどう過ごしていただいても構いません」
「王都、ですか……?」
「一週間休みなのに、旅行にも行けないという罰です。俺はつらいと思うので」
風真はにっこりとトキ仕込みの笑顔を浮かべた。
「それと、このティータイムなんですが、どんな処罰だろうってずっとハラハラしてましたよね? その時間も罰で、地位は王族同等の俺と一緒のテーブルを囲むというのも罰です。陰湿な罰を与えました」
ティーカップを取り、出来る限りの威厳を持ってカップに口を付ける。相応しい罰を与えられたい二人に、あえて上から目線を続けた。
「こんなのは罰にならないと思ってるかもしれませんけど、俺の世界との価値観の違いです」
カップを置くと、風真はいつも通りの穏やかな笑みに戻した。
「俺、命懸けで護ってくださったお二人には、心からの感謝の気持ちしかないんです」
塔でも言った通り、自分のせいで危険な目に遭わせてしまった二人に、こちらの方が謝罪しないといけないと思っている。
「でも、こういう処罰の概念は、きちんとこの世界に合わせないといけないと思いまして。謹慎と奉仕活動の罰を与えることにしました」
「謹慎……」
「奉仕活動……」
物は言い様。二人の脳裏に同じ言葉が浮かんだ。
「ひとまず座ってください」
笑顔で言うと、二人は躊躇いながらも席に着く。
にっこりと笑っている風真は、内心では罪悪感でいっぱいだ。王族同等の地位とはいえ、偉そうにする事にはまだ慣れていない。
風真が扉の方へと視線を向け、お願いしますと口をパクパクさせると、使用人が軽食を運んでくる。三人の前に、ウィンナーとチーズ、揚げた芋とクラッカー、そして果実酒のボトルが置かれた。
テーブルの側にはワインクーラーの乗ったワゴンを置く。風真が礼を言うと、使用人は嬉しそうに微笑んで去って行った。
「今この時から謹慎です。それから、これは命令です。神子の酒盛りに付き合ってください」
罰の事は、アールたちにも伝えている。今日から一週間謹慎の許可も貰っていた。
風真は相手の都合を無視する性格ではない。そう知っている二人は、アールとユアンにもしっかり根回し済みで、この料理も今までの流れも、全て計算されたものだったのだろうと感嘆した。
「神子様。それは命令じゃなくて、お願いですよ」
「え? そうですか?」
風真の厚意をありがたく受け取った騎士は、緊張を解きクスリと笑う。
「お言葉に甘えて、ありがたくいただきます」
騎士は果実酒のボトルを取り、風真のグラスに注いだ。
「ありがとうございます。じゃあ、俺も」
「光栄です」
差し出されたグラスに、澄んだ桃色の酒を注ぐ。この騎士はビールよりも、ラウノメア酒やピピの果実酒を飲んでいた記憶がある。桃のような香りのする果実酒も好きだろうと思った。
目の前の光景に付いて行けていない護衛は、背筋を伸ばしたまま固まっていた。
「護衛さん、お酒飲めます?」
「……はい」
「これ、ちょっと甘めの果実酒なんですけど、さっぱりめの果実酒もありますよ。それともワインの方がいいですか? 白のさっぱりめと、渋め、赤の軽いのと、重いのがあります。昼なので度数は全部低いものを用意して貰いました」
護衛の好みは分からなかったため、果実酒の他にワインも四種類用意して貰った。護衛はいつもの無表情ながら、今までで一番戸惑った雰囲気を漂わせていた。
(処罰継続中みたいになっちゃったけど、貴重な一緒に飲む機会だしな)
一緒にお茶をと誘っても、仕事中ですので、と返ってくる。仕事が終わってから付き合わせるのは申し訳なく、今しかないと風真は期待を込めた瞳で護衛を見つめた。
「…………赤の、軽い方をいただきます」
キラキラした瞳で見つめられ、護衛は折れた。
今は仕事中ではない。これは神子様のご命令、と言い聞かせながら、仕事ではない命令とは、と矛盾を覚える。
その間に風真はワゴンの側に立ち、手に布を持ってワクワクした顔をした。
「神子様、私が……」
「いえいえ、俺がやります。一回やってみたかったんですよね~」
氷水の中からボトルを取り、布で拭く。ドラマで見た高級レストランのソムリエの気分で、ワインの名前を言いながら護衛のグラスに注いだ。
「……恐悦至極です」
「いえ~。じゃあ、乾杯しましょうか」
風真は席に戻り、グラスを手に取った。
「では、えーっと……昼飲みという贅沢に、乾杯!」
「乾杯!」
「……乾杯」
三人はグラスを掲げる。風真らしい乾杯の音頭に、騎士と護衛は頬を緩めた。
「このお酒、美味しいですね。香りも良くてとても好みです」
「良かったです。食堂でラウノメアとピピを毎回飲んでた記憶があって、これも好きかなと思って用意して貰いました」
「っ……そのようなお気遣いをっ、感激ですっ……」
騎士は目頭を押さえる。他の部隊より人数が少ないとはいえ、存在を認識されていたうえに、数回の飲み会でそこまで記憶して貰えているとは。
「これは俺のイチオシなんですけど、他の二つもオススメです。いっぱい飲んでくださいね」
「ありがとうございますっ」
元気に礼を言い、グッと酒を呷った。風真もグラスに口を付け、チーズを齧る。
「昼間から飲むって気持ちいいですね~」
「……そうですね」
護衛は答え、ワインを飲む。護衛が答えてくれた事が嬉しくて、風真はふにゃりと笑った。
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