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事件翌日3
しおりを挟む「神子君」
「はい」
「これから調査も進むけど、……侯爵と子爵の罪を立証するにあたって、神子君の話も聞かないといけないんだ」
ユアンは意を決したように、そう言葉にした。
「そうですよね。えっと、庭園で怪しい男と遭遇したあたりから全部話す感じでいいですか?」
ハキハキと話す風真に、ユアンとアールは目を見開く。
「俺はもう大丈夫ですよ。昨日いっぱい甘やかして貰ったので、もう何も怖くないです。ちゃんと話せますよ。あ、でも今話すんじゃなかったですか?」
無理をしているようには見えない風真に、アールとユアンは視線を合わせ頷いた。
「無理しない範囲で、最初から話して貰えるかな」
「はいっ」
役に立てるようにと表情を引き締め、口を開いた。
令嬢たちの声も聞こえる状況で、庭園を抜けた辺りで襲われたこと、そこから侯爵に遭遇し小屋へと誘導された経緯、小屋の中での出来事と、子爵に薬を嗅がされたが神子の力で浄化して逃げたこと、塔へ向かう間に襲ってきた人物など、時系列に沿って簡潔に話した。
語られる内容と、今朝騎士と護衛が挙げてきた報告書の内容を思い出しながら、アールとユアンは脳内で検証していく。
風真が全てを語り終えるまで静かに聞いていた二人は、話が終わると、スッと瞳を細めた。
「薬、か……」
「今の神子君を見る限り、完全に解毒出来たみたいだけど……」
「神子に、薬を盛るとは……」
「薬、ねぇ……」
(ひぇっ……)
緊迫した仕事中の二人を垣間見たようで、ぶるっと震える。今までも色々見てきたが、ここまで背筋が凍り付くような感覚は初めてだ。
すぐに普段の二人に戻ったものの、嫌な汗が流れて心臓がドキドキした。
「神子君が部下たちに話してた小屋から、証拠の布が見つかったよ。神子君のおかげで、証拠隠滅される前に回収できたよ。ありがとう」
「お役に立てて良かったです」
パッと笑顔になる風真の頭を、褒めるように撫でる。
「……薬に関して、他に何か覚えてる事はあるかな」
本当は思い出させたくないけれど。ユアンは眉を下げて風真の頬を撫でた。
「ええっと……侯爵には薬漬けにって言われたので、別の薬を所持してる可能性が……」
危ない薬が流通していないか調べて欲しいと言おうとしたが、間違った事に気付いた。
「俺はそれ使われてないですけどっ……、それに今までえっちなイタズラされてたから、薬漬けの意味がちゃんと分かって助かりましたっ。分からなかったら逃げ出せなかったと思いますっ」
誤解を解こうと言葉を重ねると、再び漂わせていた怒気と殺気が霧散し、二人は苦しげに顔を歪める。
「俺は、彼らと同じ事を……」
「私は、暴力を……」
「えっ、あのっ、アールに暴力振るわれた覚えないし、二人には大事にされて、き……気持ちよくされた覚えしかないですけどっ?」
そう言っても、優しいから赦すのだと言わんばかりの顔だ。
「……ほんとに嫌だったら、殴って逃げるくらい出来るし」
侯爵と子爵、衛兵だって倒せた。無理矢理襲う気のないアールとユアンくらい倒せる。わざと拗ねた声を出した。
「そうだね……。ごめん、神子君は強い子だったね」
「すまない。この私が、あの男と同等な訳がなかったな」
「そうですよ、ユアンさんと騎士さん仕込みの護身術がありますもん。アールはその堂々としたとこ、もっと出してこ」
二人が元通りになったところで、風真は息を吐く。
「薬のことですけど、他にも危ない薬が流通してないか調べて貰いたいんです。それと、……侯爵はロイさんを慕ってたからあんな事したんじゃないかなと……。ロイさんのことも、心配です」
「弟にも話を聞く必要があるが、神子が心配していたと伝えよう」
「うん、お願いします。俺もロイさんと話したい」
「……考えておく」
アールの眉間に皺が寄る。ロイは関与していないと感情としては信じられるが、ロイの話次第では、今後風真には会わせられない。
風真はアールの言わんとする事を察し、視線を伏せた。
「侯爵には、それを加味した罰を考えるよ」
子爵の方は動機次第だが、神子に実際に薬を投与した罪は重い。今行っている屋敷の調査で何かしら出れば、家族全員に罰を与える必要もある。
「アール」
「ああ。同じ事を考えている」
処刑の日は、二人を速やかに処刑台に送ると風真に約束した。
そう、処刑の日は。
風真に触れた手は、到底許せるものではない。
風真の肌を見た瞳も、怯えた声を聞いた耳も、泣かせる言葉を吐いた口も、許せない。
だが……。
目は、残っていなければ困る。最期の瞬間、処刑台へ至るまでの景色を見せなければならないから。
耳は、民衆の怒号と嘲笑を聞かせなければならないから。
口は、舌は、構わないだろうか。最期の言葉など言わせずとも良いだろう。
手は、後手に縛るだけあれば……。
「話してくれてありがとう、フウマ」
「つらい事を思い出させてすまない」
ユアンは風真を優しく抱きしめ、アールは手を握り、黒髪を撫でた。
風真を苦しめた全ての者に自ら手を下し、死を望むほどの苦痛を与えたい。今すぐ処刑してくれと泣き喚かせ、正気は失くさせず、永遠に続く地獄を与えたい。
……だがそんな事を、風真は望んでいないと分かっている。
残酷な事をして欲しくない。優しい風真は、そう考えるだろう。
それに、醜い者の血で汚れた手で、風真に触れたくない。この手に触れる暖かな体温に、心が凪いでいく。
憎みながらも慈悲を与えてしまう風真の代わりに、罪に相応しい罰を与えよう。
それにはただ、処刑の日を延ばすだけで良い。トキが、劣悪な環境の牢に放り込んでくれた。そこで起こった事は、処刑には何ら関わりのない事。
自らの手を汚さず罰を与える事を卑怯だと思う心は、元より持ち合わせていない。綺麗事だけでは、国を、神子を、護れないのだから。
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