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事件翌日

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 夕食後は、安全のために風真ふうまの部屋へと戻った。
 まだ三人と一緒にいたい風真と、風真の傍にいたい三人の意見が合致し、一緒に眠る事にした。

 予備の部屋とは違い、広いながらも神子一人が寝ると想定されているベッド。窮屈ではと心配したが、思いのほか余裕があった。
 だがアールとユアンはトキが落ちるかもしれないと理由を付けて、ここぞとばかりに風真に密着し、トキはより風真に近付けたため何も言わなかった。


 そのトキが部屋に入った際、笑顔を凍り付かせる出来事があった。壁に飾られたアールとユアンの肖像画を目にした時だ。更にはベッド脇の棚にまで所狭しと肖像画が飾られている。ついに笑顔が消えた。

 聞きたい事は山ほどある。だが風真が嫌々置いている訳ではない様子を見て、「後日お話があります」とだけ言い、風真に笑顔を向けた。
 トキの肖像画も飾りたいとお願いしたら怒られるだろうかと考えながら、風真は「はいっ」と元気な返事を返し、その場は収まった。



 そんな出来事があった、翌日。
 風真が目を覚ますと、トキだけがいなかった。

「トキは今、神殿にいる」
「神殿?」

 体を起こそうとする風真をアールが支え、ユアンが黒髪を整える。

「神子の命を狙う事は大罪だ。極刑は免れない。罪を犯した者の命を神の元へ送る事を、神官が事前に神に告げる必要がある。冤罪ならば、神からお告げがあるという考えだ」
「トキさんが、そんな役目を……」
「この国では神官は、神子様の次に神の側にいる存在だからね」

 処刑が決まる度に、トキはこの役目をしている。そう聞いた風真は、視線を伏せ睫を震わせた。

「ごめんね、神子君。こんな話、朝からしない方が良かったね」
「いえっ、……教えてくださって、ありがとうございます。アールも、ありがとな。内緒にされるのは、好きじゃないから……」

 侯爵と子爵がどうなるのか、聞けて良かった。自分に関わったせいで命を落とす人がいる事を、その命を、神子として生きるならば、背負っていかなければならないのだから。
 布団をきつく握る風真の手を、アールがそっと握る。


「お前が気に病む事はない。奴等は当然の報いを受けるだけだ」
「……うん」
「侯爵と子爵にも慈悲を与えたいと、言うつもりではないだろう?」
「……言わないよ。俺だけじゃなくて、俺の次はアールが狙われるはずだったんだから。護衛さんも騎士さんも、庭園にいた人たちも、門の近くにいた人たちも、たくさんの人を危険に晒そうとしたんだって分かってるから」

 分かっている。いくら未遂とはいえ、アールの言う通り、相応の罰を受けるべきだと。

「でも、相手が誰でも、処刑って聞くのは……正直、つらい。……トキさんは、そんなつらい仕事もしてるんだ……」

 自ら手を下すのではない。それでも、これから誰かが死ぬと告げる事も、その罪人によって命を奪われた誰かがいると知る事も、つらいのではないか。
 トキがどう思っているかは分からない。それでも、命を背負う役目は悲しいと、思ってしまう。

「俺がもっと上手くやれてたら、あの人たちも……。……俺が神子らしくしたから、駄目だったんだっけ……」

 だからといって、アールを横暴な王太子のままにはしておけなかった。
 王になるために頑張っているアールに、危険だから王位を諦めて欲しいなど言えなかった。


「……俺は、アールに王様になってほしい。俺は立派な神子だって言われるようになりたい。ユアンさんとトキさんにも危ない目に遭ってほしくない。みんなを、護りたい。……その考えは、変えなくていいのかな……」
「いいに決まってるよ」
「ああ。暴力に屈するな。そのまま前を向いていろ」

 ユアンも同意とばかりに頷く。

「要は、誰にも何も言わせない王太子と神子になれば良いだけだ」
「そうだね。神子君はまだどういう人か、一部の人しか知らないし、アールは横暴王太子の汚名を濯いでる最中だ。これからだよ」

 信頼や尊敬は、一朝一夕では得られない。焦りがあろうと、落ち着いて着実に積み重ねてこそ強固なものにもなる。

「神子君に関しては、婚約式の件でかなり効果があったみたいだけどね」
「ンッ、……俺が神様に愛されてて、俺に何かしたら神の怒りがー……みたいなのは正直助かりますけど、神に愛されそうな美貌を期待されたら、どうしたら……」

 神子といえば、ケイのような儚げ美少年を想像するだろう。それなのに愛嬌のある犬では、落胆させたうえに本当に神子かと疑われそうだ。


「神子君は可愛いから、何も心配いらないよ」
「落胆する者がいるなら、昔の私のように、神子の美しさに気付けていないだけだ」
「初対面の時は男かぁってがっかりしてた俺も、すぐに君が世界で一番可愛い子だと気付けたしね」
「慈悲深さと愛嬌もある」
「ちゃんと知れば、みんな君を好きになるよ」
「う、うあ……」

 褒め殺しの刑だ。真っ赤になった顔を覆い、体を曲げて布団に突っ伏した。

(俺が言うのはあれだけど……恋は盲目、ってやつでは)

 そこでふと、アイリスもロイも、最近では可愛いと零す事があると気付いた。
 だが、ドラゴンは、神子にしては平凡な顔だと言っていた。やはり平凡な顔……なのだが、歴代の神子を見てきたドラゴンには、それは平凡にも見えるだろう。

(そういや、姉ちゃんは俺の顔、いい方だって言ってたっけ)

 思い出すと、実はそうなのかなと思い始める。

(……侯爵は、石ころみたいなものって言ってたよな)

 ロイが宝石で、風真は石ころ。顔面格差には同意しかない。
 侯爵の顔を思い出すと、芋蔓式に小屋での記憶も蘇りビクリと震えた。


「ぁ……え、っと……俺の顔は置いといて。侯爵たちの処罰って、王様が決めるんじゃないんですか?」

 顔の件はまた今度考える事にする。
 処刑の事を思い出して震えたのだと装い、風真は話題を変えた。

「今回の件は、神子君が被害を受けたからね。神子君絡みの事は、使いの俺たちに決定を委ねられるんだ。でもこれが少し難しくてね」

 誤魔化されたふりをして、ユアンは風真の背を撫でながら説明を始めた。

「慈悲を与えて追放刑にでも減刑したら、神子は考えが甘い、使いは神子の言いなりだって言われるし、残酷な方法で処刑すれば、慈悲はないのかって言われるのが目に見えてて」

 反逆罪の中でも実際に王族、もしくは神子に危害を加えたとなれば、拷問のうえ晒し首が妥当だ。
 だがそれは、神の子と使いが与えるに相応しい処罰だとは周囲からは思われない。

「だが、一瞬で処刑してしまうのは、私の気が済まない」
「俺もだよ。でも陛下に決定を委ねて従来通りの刑を執行するのも、神子と使いの権威や独自性が失われるからね」

 溜め息をつく二人に、風真は何かを察した。


「あの……。俺が襲われたことは、一応未遂ですし、全体的な罪に相応しい処罰でお願いすることは……」

 極刑が免れないとしても、それだけで相応の罰だ。それにアールやユアンには、残酷な事をしてほしくない。

「もちろん俺も怒ってますし、顔を見たら殴りたいとも思います。でも……」
「神子君がそう言うなら、神子の使いとして、処刑の日は速やかに処刑台に送ると約束するよ」
「ユアンさん……」

 安堵する風真を、胸元へと抱き寄せた。

「その日は、この部屋から決して出ないようにね。俺たちは立場上見届けないといけないから、君に何かあってもすぐには駆け付けられないんだ」
「っ……」

 それなら俺も行きます、とは言えなかった。
 庭園で見た、命を失った人々。その瞬間をこの目で見る覚悟は、まだ出来ていない。

(人が、死ぬんだ……)

 小説で何度も見た、断頭台。この世界の処刑がそれなら、本当にそこで……。
 ぎゅっと布団を握り、顔を歪めた。


「……従ってた人たちの中に、家族とか大切な人を、人質に取られてる人がいたら……」
「心配しなくて良い。全員聴取し、裏を取った後に処罰を決めるつもりだ」
「っ……、そっか……」

 きっとアールなら、正しい罰を与えてくれる。
 甘いと言われようと、どうしようもない状況で、大切な人を護るために従ったのなら、その大切な人たちとこれからも一緒に過ごせるようにと願ってしまう。

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