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贅沢な溺愛

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 バスルームを出ると、着替えが用意されていた。
 この予備の部屋には、神子と使いの着替えが置かれている。シンプルなアイボリーのパジャマをトキの手で着せられ、風真ふうまはジッと前を見据えた。


(今頃だけど……トキさんも、いい筋肉ついてる……)

 細身の体に、綺麗な筋肉。特に脇腹、腹斜筋が美しく、ついつい見惚れてしまった。
 腰から脚にかけての筋肉も綺麗なのだろうと視線を下ろし、腰に巻かれたタオルを見てハッとする。今更だが、トキと全裸で風呂はアウトだったのでは。
 風真としては、理由があって一緒に入る事を拒否しなかった。だが、だからといって。

「誘われている、と思ってよろしいですか?」
「っ……」

(壁ドン!?)

 神職がどこでこんなテクニックを。今度はさすがに慌てて逃げようとするが、腕の角度が完璧で逃げ場がない。

「トキさんっ、近いですっ」
「フウマさんは、本当に愛らしいですね」
「!?」

 また悪戯されるのかと顔を赤くしていると、ぎゅっと抱きしめられた。

「すぐ服を着ますので、待っていてくださいね」
「へ……?」

 風真の頭にふわふわのタオルを乗せ、トキは服を着始めた。


(あれ? 何もされ……るわけないか)

 わしゃ、とタオルで髪を拭く。
 侯爵との事があった今、何かを出来るはずもない。トキは性癖が特殊なだけで、優しくて思いやりに溢れる人だ。

(トキさんに触られても、全然平気なんだよな……)

 あんな事があっても、誰かに触られる事が怖くなった訳ではない。トキに全身洗われても、少しも怖くなかった。

 思い返せばトキも、ユアンも、アールも、悪戯を始めた頃からずっと、自分の性欲を満たすために手を出してくる事はなかった。触れる手も、ずっと優しかった。

(……大事にされてるから、平気なんだ)

 だから、怖くない。
 だから、侯爵にただ触れられただけで、恐ろしかった。
 ただ、肌を撫でられただけ。それでも……自分が汚れてしまったように、感じてしまった。

 神職のトキに洗って貰えたら、綺麗になると思った。トキがお祓いをしたのはきっと、そんな風真の気持ちを分かっていたから。アールとユアンが許可をしたのもきっと、分かっていたから。

(やっぱり、綺麗にして貰って良かった……)

 優しい彼らには、汚れたものに触れて欲しくない。


「トキさんに洗って貰うの、ふわふわして気持ち良かったです。お手数おかけしました。ありがとうございました」

 服を着たトキに、ぺこりと頭を下げる。
 もしかしたら、今の風真に触れたら拒絶されると、トキは思っているのかもしれない。そう考えて口にしたお礼の言葉。それは間違っていなかったのだと、トキの表情が示していた。

「今度は俺もトキさんの背中流しますね」

 へらりと笑うと、トキも頬を緩めた。

「ありがとうございます。ぜひお願いしますね。次は、貸し切りのお風呂に行きましょうか。空が見えて開放感のあるところはいかがですか?」
「露天風呂ですかっ? この世界にもあるんですねっ」
「ふふ、名前も同じですね。露天風呂は、何代目かの神子様が普及させたのですよ」
「神子様、良いものを~」

 この世界で露天風呂に入れるとは。いつも通りにはしゃぐ風真の髪を、トキはタオルで優しく拭く。

「その際は、さすがにお二人も連れて行かないと拗ねてしまうでしょうね」
「ですよね。四人で露天、楽しそうです」

 ユアンさんは騎士さんたちと行った事があるかも。アールはどうだろう。行った事なさそうだな。
 青空の下もいいし、夕方も、夜もいい、迷うなぁ。

 楽しい未来を想像し、自然な笑顔を見せる。トキはそっと目元を緩め、乾いた黒髪に櫛を入れた。





 下ろして欲しいと言う間もなくトキに抱き上げられて部屋に戻ると、アールとユアンの視線が刺さった。

「トキ……」
「すみません、通りますね」

(トキさん、強い)

 わざわざ二人の間を通り、風真をそっとベッドへと下ろす。

「っ……、これはっ……」
「フウマさん?」

 手がベッドに触れた途端、風真はゴロンと俯せになった。

「あのシーツだぁ~。うあ~……天国、ありがと~」

 手をパタパタさせ、肌触りを堪能する。
 アールとユアンは風真の愛らしさを見つめ、トキへと視線を向けた。完全に今までの風真だ。風呂で何があったのか。
 だがトキは、にっこりと笑うだけだった。


「成長した天使も添えておこう」

 負けるまいとアールはそう言って、風真の隣に横になった。

「殿下が冗談を……」
「幼い頃の私の肖像画を見て、フウマが天使と呼んでいるからな」
「事実でしたか」

 仰向けになりへらりと笑う風真を見て、トキは納得した。

「安心感も添えておこうかな」

 ユアンもベッドに横になる。

「危機感では?」
「フウマは、俺の腕の中にいる時間に最も安心感を覚えてるんだよ」
「それはさすがに……」

 ない、と思っていると、ユアンに抱き寄せられた風真は心から安心した顔をしていた。

「……この国で一番強いお方でしたね」
「それだけじゃないけどね」

 風真の頬を撫でると、子犬のように擦り寄る。シーツの心地よさと相俟って、風真はもう至福の時間に入っていた。


「……フウマさん。夕食は食べられそうですか?」
「えっ、もうそんな時間……そういえば、お腹すきました」
「この部屋に運ぶよう伝えてきますね。食べたいものはありますか?」
「ん~……カルボナーラ食べたいです。あったかい野菜のスープと、あ……」
「ご遠慮なさらず」
「えっと、じゃあ、前食べた白身魚をハーブと一緒に焼いてたやつと、クレープにあったかいオレンジソースが掛かったのと、あと……スパイスの入ったワインも飲みたいです」

 今食べたいものを、遠慮なく伝える。
 パンは、塔に独りでいた事を思い出してしまいそうだ。肉も、今はあまり食べたくない。そう考えてから、風真は自分が考えているよりもトラウマになっているのだと自覚した。

「では、伝えてきますね。すぐ戻りますので、他にもありましたらまた教えてください」

 トキは柔らかく微笑む。
 パンと肉を避けた理由は、三人にも分かってしまった。そして、暖かいものと落ち着くハーブとミルク、疲労を取る柑橘系を無意識に求めていることも。
 いつも通りでも、傷が癒えた訳ではない。トキは部屋を出て、視線を伏せ息を吐いた。





「トキさんも、ご飯の時間まで一緒に寝ませんか?」

 部屋へ戻ると、風真はそんな事を言った。

「フウマさんのお隣は、二つしかないのですよ?」
「あっ……」

 すでに埋まった場所の間から、戸惑う声がする。

「神子君は俺の上で寝たらいいよ」
「さすがにそこまで軽くないです……」
「そう?」
「ユアン様。フウマさんは子犬のようで子犬ではないのですよ?」
「子犬じゃないです……」
「成人した男の子を乗せるのは、失礼かな」
「です……」

 男の子呼びが既に失礼だ。

「では、アール殿下のお隣に失礼して、フウマさんを撫でさせていただきますね。皆さんは少し下に下がっていただけますか?」

 いつもなら自分はソファにとでも言うトキは、そう言ってベッドに乗り上げた。
 大人四人が寝ても余裕のある大きなベッド。三人が下に下がると、トキは少し上に横になり、手を伸ばして風真の頭を撫でる。


(すごい贅沢では……)

 三人に愛でられ、溺愛される犬の気分だ。
 優しい手と、両側から抱きしめる体温。子供をあやすようにトントンと腹を叩かれ、心地よさに目を閉じた。

「アールとユアンさんも、なんかいいにおいします」
「俺たちもシャワーを浴びたからね」
「あ、この部屋、お風呂もう一つありましたね」
「ご一緒に入られたのですか?」
「馬鹿な事を言うな」
「いくら従兄弟でも、さすがに成人した男と一緒にはね」

(あれ……、俺も成人した男……)

「神子君は想い人だから、毎日でも一緒に入りたいけど」
「えっ、俺、口に出てましたっ?」
「顔には出てたよ」

 ユアンはくすりと笑い、風真の頬を撫でる。

「フウマさんは、お顔も素直ですから」
「口も性格も素直だな」
「いい子だね、フウマは」

(子供扱いがすごい……)

 愛でられすぎて、ぎゅっと布団を握る。心の底から愛犬の気分だ。

 だが、数時間前の恐怖と不安が嘘のように、穏やかで幸せな時間。

 心配してくれて、一緒にいてくれて、こんなにも大切にしてくれる。
 とても幸せだと思った事も顔に出て、三人も安堵と込み上げる愛しさに、顔を綻ばせた。

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