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お祓い

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 そうこうしていると、廊下から忙しない足音が聞こえ、程無くして扉が開いた。

「フウマさん!」

 駆け込んできたのは、トキだった。
 貴族を裁く上で神官であるトキにしか出来ない仕事を、今まで王と共にしていたのだ。

 本当は、仕事など放り出して風真ふうまの元へ駆け付けたかった。だが、風真に危害を加えた侯爵たちを、一刻も早く、貴族の牢ではなくただの重罪人の牢へと放り込みたかった。
 王とトキの許可の元、全ての手続きを簡略化して、侯爵と子爵は今、最も劣悪な環境の牢にいる。


「フウマさん……」

 横たわる風真を見つめ、トキは顔を青くした。
 腫れた瞼。破れて汚れた服。安らかな顔で静かな寝息を立てているが、ここまで運ばれても目を覚まさないほどに憔悴している。

「神子君は、……触られた以外は何もされていないと、言ってたよ」
「……そうですか」

 だとしても、恐ろしかっただろう。トキは顔を歪めた。

「何故、フウマさんがこのような目に……」

 そっと頬を撫でる。
 心優しく、自分より他人を大切にする、周りの皆を笑顔にさせるような子が、何故このような目に遭わなければならないのか。
 強い護衛と騎士を付けて、安心していた。相手を刺激しないためとはいえ、こんな状況で風真を外に出してはいけなかった。


「ん……、……トキさん……?」

 くすぐったさを感じ、無意識にその手に頬を擦り寄せて目を開ける。
 ぼんやりとした意識。じわじわと焦点が合うと、泣きそうな顔がこちらを覗き込んでいた。

(話、聞いたのかな……)

 風真は手を伸ばし、トキの頬をそっと撫でる。俺は大丈夫です。そう訴える瞳と柔らかな笑み。
 頬に触れる手をそっと握り、トキも眉を下げて微笑んだ。

 体を起こそうとする風真を、トキが支える。

「まさか寝ちゃうなんて……。二人が運んでくれたんですよね。ありがとうございます」

 風真はへらりと笑ってみせた。


「あっ、俺、ベッド汚したんじゃ……」

 汚れた服のままベッドに横になっている。慌てて下りようとすると、ふわりと体が浮いた。

「へ?」
「フウマさん、シャワーを浴びましょうか」
「えっ? はい、あのっ?」

 気付けばトキに抱き上げられている。

「今は、私に任せていただけませんか?」

 戸惑っている間にトキはアールとユアンに視線を向け、二人はしばし迷った末に頷いた。

「着替えを用意しておくよ」
「私は、……シーツを替えよう」
「お願いいたします」

 ユアンはいつも通りの笑顔を見せ、アールも今まで通りの冷静な声で、風真を送り出した。





 裸になった風真の腰にタオルを巻き、トキも服を脱いでバスルームへと入る。
 洗い場の椅子に風真を座らせると、トキは柔らかいタオルにボディソープを付けて泡立てた。

「洗いながら、お祓いをしますね」
「えっ、ここでも出来るんですか?」
「神の光がなくとも、祈りは届きますから」

 柔らかな笑みを浮かべ、風真の向かいに膝を付いた。
 固い石の床。膝が痛いだろうと、自分が立とうとする風真の腰をしっかりと掴み、トキは風真の腕にタオルを滑らせる。

「痛かったりくすぐったい時は、教えてくださいね」

 そう言って、呪文のようなものを唱えながら風真の体を清めていく。

「……トキさんの声、すごく落ち着きます」
「それは光栄です」

 トキはそっと瞳を細める。心地良さげに目を閉じる風真の両腕をタオルで撫で、お祓いを続けた。
 そして首から、胸元へと滑らせる。

「っ……」
「くすぐったかったですか?」
「いえ、その……。……お腹と胸を、侯爵に触られたので……」

 直に触られたのはそこだけだ。子爵には口を塞がれたが、あれは暴力で性的なものではない。


(暴力なら、何ともなかったのに……)

 腹を殴られたなら、蹴られたなら、こうして震える事もなかった。思い出して嫌悪感に吐き気が込み上げる事もなかった。

「……フウマさん。あの男の存在自体をこの世から消し去れるように願いながら、念入りにお祓いしますね」
「っ……、お願いし、……お祓いお願いします……」

 トキの顔を見た途端、吐き気も収まった。にっこりとした笑顔が、今までにない怒気を……いや、殺気を漂わせている。

(トキさんがこんなに怒ってくれるの、俺のためなんだよな……)

 不謹慎だと思いながらも、大切にされている事が嬉しくて、頬が緩んでしまった。

「トキさんにお祓いして貰ったら、俺、絶対綺麗になりますよね」
「フウマさんは、いつでも綺麗ですよ。上に付いたあの男の手垢を落として、元通りぴかぴかのフウマさんに磨き上げますね」
「へへ、ありがとうございます。ツルツルでもち肌になれそうです」

 シャボンの香りのふわふわの泡に包まれて、うっとりとまた目を閉じた。


 トキは邪気を祓う言葉を唱えながら、腹と胸を念入りに清めていく。
 今までなら胸に触れれば、風真は喘いでいた。だが今は、無意識に感覚を遮断しているように思えた。

 あの男の感覚が残らないほど、優しく触れて、甘い快楽を与えたいと考えてしまう。だが、記憶を上書きするのは、自分の役目ではない。
 恋人になるべき二人が、甘すぎるほどに甘く、優しく、今日の記憶など薄れてしまうほどの愛情をもって、書き換えていくものだから。

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