比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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事態の収束

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 塔から出た頃には、事態は収束していた。
 侯爵と子爵を含む事件に関与した者は全て捕らえられ、庭園では既に現場検証が始まっていた。

 ユアンとアールは塔の下で騎士と護衛から報告を受け、それぞれ指示を出す。御使いは神子の傍についているようにとの王命を伝えた護衛は、風真ふうまへと視線を向けた。


 ユアンに横抱きに抱えられ、安心しきった顔で眠っている。目の腫れから、緊張の糸が切れ、泣き疲れて眠ってしまったのだろうと察した。
 護衛と騎士の前では気丈に振る舞い、塔へと引き入れ、水を渡すという配慮まで見せた。生きる事を最優先にと告げて送り出す姿には、上に立つ者の風格さえ感じた。

 日を追うごとに、凛とした強さを身に付けていく。ただ明るく優しいだけでは終わらない。そのような人を、敬わずにいられるだろうか。

「神子様……」

 側を離れ危険に晒してしまった事への罰は、甘んじて受けるつもりだ。
 だが、もし赦されるなら、これからも側で護りたいと……今度こそ命を懸けても護り抜くと誓い、深く頭を下げ、庭園へと向かった。





 予備の部屋へと風真を運び、そっとベッドへと下ろす。
 静かな寝息と、安らかな寝顔。ユアンは風真の髪を撫で、アールはただ静かに見つめた。

 感情を表に出さない護衛が、後悔の念に駆られた顔をしていた。そして、愛しげに神子の名を呼び、何かを覚悟した様子を見せた。

「……神子君は、本当に強くて、魅力的な子だね」

 目を細め微笑んだつもりが、上手くいかなかった。

「無理に笑わずとも、まだ神子は眠っている」
「こんな顔、アールにも見せたくないんだけどな……」
「私は見せたのだから、気にするな」
「……それもそうか」

 塔に着くまでのアールは、酷く動揺した姿を見せていた。着いてからは涙こそ零さなかったが、まるで泣いているような顔をしていた。
 自分もアールをどうこう言えない。ユアンは笑顔をやめ、顔を歪めた。


「護衛があんな顔をするくらい、神子君は気丈に振る舞って、頑張って……。こんな世界に召喚されたばかりに、怖い目に遭ったんだよな……」
「神子はこの世界を、私たちを選んだ。嘆くより、今後どうすれば神子の自由を奪わずに護り抜けるかを考えるべきだろう」

 普段通りの口調で答えるアールに、ユアンは目を瞬かせる。

「さっきまで泣いてたとは思えないな」
「泣いてはいない。……だが今回の事で、私は神子が弱音を吐ける場所でいなければと、痛感した」

 こちらが弱音を吐けば、風真は励まそうとする。そうでなくとも強がる癖があるのだ。
 自分が……自分たちが、風真の全てを受け止める場所でありたい。

「そうだな。アールの言う通りだ」

 風真を見つめたまま、そっと笑みを零した。

「アールは頼もしいな……。俺はまだ、感情の整理が付いてないよ」

 苦く笑うと、アールはそっと視線を伏せる。

「私は……。神子を運ぶユアンを見て、私にはユアンのような包容力はないと実感した。私が勝てるものは、どのような状況でも冷静でいる事だろうと……ここへ来るまでずっと考えていた」

 だから、冷静なふりをしている。
 本当は、泣いていた風真の姿を思い出すと胸が張り裂けそうだ。
 侯爵たちに対しては、腸が煮えくり返っている。今すぐにでも剣を携えて、牢に乗り込みたい。出来る事なら、自ら死を望むほどの苦しみを与え、罪を償わせたい。

 そう言って溜め息をつく。残酷な事を、と笑うユアンも同意見だが。


「俺は、アールに絶対に勝てないものがあるけどね。年齢、っていう」
「神子は歳など気にしないだろう?」
「それでも、神子君は俺が年上だから、アール相手みたいに気軽に接してくれないんだ。もっと雑な扱いでいいのに」
「……私も、神子より年上だが」
「ほぼ同い年だよ」

 クスリと笑う。アールは不服そうな顔だ。

「俺たちがここで勝ち負けを決めたとしても、神子君の基準はきっと違うんだろうな」

 どちらが優れているかなど、きっと風真は気にしない。好きになる相手は、ただ心の訴えるままに決めるのだろう。

「……好き、だな」
「ああ。……フウマが、愛しい」

 二人は髪を撫で、頬を撫でる。
 起こしてしまうかもしれないという気持ちと、これでも起きない事への不安。
 風真の心に、大きな傷痕が残った事は間違いない。


「……神子が目を覚ましたら、普段通りに振る舞った方が良いのだろうな」
「その方がいいと思う。俺たちが悲しい顔をしてたら、思い出してしまうだろうし……」

 出来る事なら今日の記憶を風真から消して欲しいと、神に願いたい。

「俺たちに出来るのは、今日の記憶を上書きするくらい、フウマに楽しい時間を過ごして貰うこと……だよな」
「上書き……出来るほど、私の顔を見て貰おう」

 これを本気で言っているから凄い。ユアンは苦笑するが、確かにアールの顔は効果がありそうだ。

「じゃあ俺は、美味しくて珍しい食べ物を取り寄せようかな」

 食べている時の幸せそうな風真を思い出し、頬を緩めた。


「ところで、アール。奴等の処遇だけど、刑を決める前に少し時間を貰えないかな?」
「分かった。私も同席する」
「助かるよ。後でまた話そう」
「ああ」

 ユアンは薄く笑みを浮かべる。風真が見れば震えてしまいそうな顔だ。
 そう考えるアールも、怒りを押し殺し、背筋の凍るような雰囲気。どっちもどっちだ。
 ひんやりとしたものを感じ、風真は眠ったままぶるっと震えた。

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