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独り2

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 しばらく泣くと、徐々に心が落ち着いてくる。
 風真ふうまはそっと体を起こし、涙を拭った。
 水を飲み、またパンを食べる。食べていれば、皆と一緒に食事をした楽しい時間を思い出せた。

(ちゃんと解決重視で動いてくれてるかな……)

 そろそろ情報が伝わり、対応を始めている頃だろうか。

 皆、やるべき事をやっている。それは風真も望む事だ。自分のやるべき事を、目指す事を、神子の使いだからという理由で諦めてほしくない。
 神子を護るために四六時中ずっと傍にいるなど、望んでいない。今までに積み上げた実績や周囲の信頼を失うような事はしてほしくない。
 大切にされるのは嬉しい。一緒にいると楽しい。それでも、自分の人生を、自分のために生きてほしい。


(……そりゃ、今ここできてくれたら、嬉しいけどさ……)

 矛盾した感情に、水の瓶をぎゅっと握り視線を伏せた。
 駆け付けてくれたら、それは勿論嬉しい。だがここは現実だ。そして三人は、人々を率いる立場。物語のように、全てを投げ出して駆け付けるなど出来ないだろう。

 侯爵たちに捕まった時も、タイミング良くヒーローのように現れて救出……などなかった事が、逆に現実味があった。皆もちゃんと人間なんだなと、今更ながらしみじみと感じた。

(俺はもう神子なんだから、こんな時に甘えたら駄目なんだよ)

 国のために召喚された神子が、国を護ることの邪魔になってはいけない。
 それにここは安全だと、三人も知っているはず。それでも心配して、護衛か騎士を戻してくれるかもしれない。

(俺は大丈夫なのに。大丈夫なのにな)

 パンを齧り、水を飲んで、そっと息を吐いた。


 そこで突然、複数の足音が塔の中に響いた。

(っ……護衛さんと、騎士さん?)

 敵……ではないはず。きっと、違う。

 立ち上がり、森へと出る扉の前に立つ。
 もし敵なら、すぐにかんぬきを外して逃げなければ。風真はかんぬきに手を掛けた。

 だが、外へ出るよりこの部屋にいた方が安全だろうか。
 もし、外にも敵がいれば。この部屋に踏み込まれたら。アールの言った通り、逃げ場がなくなる。


(どうすれば……)

 迷っている間に足音は止まり、ダンッ! と扉を叩く音がした。

「っ……」
「フウマ! いるか!?」
「フウマっ、俺だよ、ユアンだっ」

(アール……? ユアンさん……?)

 悲痛な声で名を呼ばれ、風真は目を見開く。
 慌てて扉へと駆け寄り、かんぬきを外して鍵を開けた。罠ではない。二人の声を、間違えるはずがない。

「アール! ユアンさん!」
「フウマっ……」
「フウマ!」

 扉を開けた途端、二人に抱きしめられた。風真も腕いっぱいに二人を抱きしめ返す。

「っ……、きてくれた……」

 どうして来たのかと、自分より解決を重視して欲しかった、自分のやるべきことを……など、神子らしいことは、何一つ言えなかった。

 まだ、敵が全ていなくなったとは限らない。そんな危険な中、こんなにも早く駆け付けてくれた。
 止まった涙がまた溢れ、零れた雫は今度は二人の服へと吸い込まれていった。


 安堵のあまり遠くなる意識。風真はハッとして顔を上げた。

「護衛さんと騎士さんはっ!?」
「無事だよ。彼らから聞いてここに来たんだ」
「っ……、良かったぁ……」

 今度こそ体から力が抜ける。ユアンは風真の腰を抱き体を支え、慈しむように額にキスをした。
 その優しさに、ふわりと頬に触れる髪に、また目の奥が熱くなる。

「二人をこの部屋に入れたのは良い判断だった。フウマの決断で命を救われたと、彼らも言って……」

 アールはそこで言葉を切り、顔を歪めた。

「アール?」

 今にも泣き出しそうな、空色の瞳。風真の頬を撫で、俯いた。

「っ……、すまない……」
「なんでアールが謝るのっ……」
「私のせいで、神子が狙われた……私が衛兵たちの反感を買い、侯爵どもの尻尾も掴めなかったばかりに……お前をこのような目に……」
「アールのせいじゃないよ。むしろ、俺のせいで……。それに予定よりすごい早い決行だったみたいだし、仕方ないよ」
「仕方ないで、済まされない……」
「俺は無事だし、侯爵も、アールがいい王太子になったから自分に従う兵が少なくなったみたいなこと言ってたよ」

 もう泣いているかもしれない。風真が背を撫でると、アールは風真をきつく抱きしめた。

(あったかいな……)

 毎晩感じていた体温。抱きしめられるというより、縋り付かれている感覚。アールがこんな姿を見せるほどに大切に想ってくれている事に、心が解け、風真もぎゅっとアールを抱きしめた。


「神子君……」
「ユアンさんも、泣きそうな顔しないでください。こんな格好ですけど、俺は何もされてませんし」

 手を伸ばし、ユアンの背をぽんぽんと撫でる。

「君を、離れから出さなければ……。庭園ならと許可した俺のせいだ……」
「それは俺が、遠くの庭園に行ったせいです。人目のある場所で強行突破してくるとは思いませんでしたし、油断してました」

 何を言っても、風真に優しい言葉を返させてしまう。つらい思いをしたのは風真だというのに、慰めるどころか慰められてしまう。
 ユアンは風真の髪を撫で、乱れた黒髪に頬を寄せた。

「……いっぱい、頑張ったね」
「っ……、ありがとうございますっ、俺、あんな場面に遭遇するの初めてで、ちょっとだけ……」

 怖かった。そう言葉にすると、ユアンまで泣かせてしまいそうだ。

「ちょっとだけ、ひぇ~ってなりましたけど、今の俺なら剣と体術で倒せるって自信がありましたし、実際に撃退出来て……」

 こうして、無事にここにいる。


「侯爵と子爵だけじゃなくて、衛兵も素手で倒せたんですよ。稽古つけてくださったみなさんのおかげです」

 へらりと笑った。
 だが、ユアンに頭を撫でられると、頑張って張っていた虚勢が崩れていく。大きくて暖かな手。いつも護ってくれる、優しい手だ。

「でも……、っ……、侯爵に触られた時は、すごくっ……こわかっ、た……」

 ぼろ、と涙が零れた。

「何もっ、されてないんですっ……でも、俺っ……」

 それ以上言わなくていいと、目元に唇が触れる。髪を、背を撫でられ、もう堪えきれなかった。

「っ……、うぇっ……うっ」

 堰を切ったように涙が溢れる。

「フウマ……」

 アールの胸元へと抱き寄せられ、ユアンに髪を撫でられ、二人の体温に包まれて声を上げて泣きじゃくった。

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