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逃走2
しおりを挟む塔の下へ着き、ドアノブに手を掛ける。
(鍵っ、開け……!)
鍵が掛かっていようと、神子なら開けられるとアールが言っていた。そして、閉じれば元のように鍵が掛かるとも。
そしてその通り、何の抵抗もなく扉は開いた。
「神子様っ、私は王宮へっ」
「いいから来て!」
騎士を引っ張り、塔の中へと入れる。護衛も察して塔に入り、扉を閉めた。
階段を駆け上がり、最初の小部屋へと駆け込む。騎士が目を見張っているうちに急いで鍵を閉め、かんぬきを掛けた。
(よしっ、あとは……)
風真は絨毯を捲り、貯蔵庫の中から取り出した瓶を、護衛と騎士に渡す。
「水です。どうぞ」
「……ありがたく頂戴致します」
「申し訳ありません……」
護衛と騎士は申し訳なさそうに水を受け取り、口を付けた。風真もゴクゴクと飲み、喉を潤す。
(あのおっさんが悪者だってこと、アールたちに伝えないと……)
あれだけの騒ぎだ。もう騎士たちも気付いているだろう。王宮からは侯爵も含め、誰も出られないはず。だが、今持っている情報も伝えなければ。
風真はもう一つの扉を見つめた。あの扉から一度外へ出て、王宮に戻る。そのために、この塔に来た。
「神子様。無礼を承知でお尋ねします。王宮へは、戻れなかったのですか?」
護衛は風真の肩に自らの上着をそっと掛け、そう問いかけてから騎士に咎める視線を向ける。
「庭園から出ようとしたら、ご令嬢たちが人質にされていました。衛兵の中にも敵がいます。狙いは俺で、捕らえて他国に奴隷として売る目的のようです」
言い切る風真に、護衛と騎士は目を見開いた。
「その扉の先は、王宮の塀の外の森に繋がっています。右に走り続ければ、王宮の裏口に出るそうです。一度外へ出てから、王宮に戻ってアールたちに伝えようと思ってこの塔に来ました」
水を飲んで一息ついた。風真は外へ出ようと、立ち上がる。
「神子様、私が参ります。狙いが神子様でしたら、捕らえられれば終わりです」
もっともな事を言われ、グッと言葉に詰まる。
「御使いの方々にお伝えする情報を、教えていただけますか?」
無口な護衛が、穏やかな声を出そうとしている。風真が危険な目に遭いながら得た情報だ。必ず伝えると、優しい瞳が告げていた。
「……黒幕は、ドネリー侯爵と子爵です。子爵の名前は分かりませんでした。赤茶色の髪で、背が高くて全体的に細長い、見た目は中年の男です」
それだけを言うと、護衛は思案する。
「子爵……。肌の色は青白く、目はつり上がった鳶色、左右不揃いな口髭と他人を見下し品定めする視線が特徴的な、蛇のような印象の男でしたか?」
「えっ、はい、そうですけど……護衛さん、子爵のこと知って……すごい嫌いです?」
「私情ではありますが、以前より大変嫌悪しております」
口調は丁寧だが、ふつふつと怒りを感じる。あの護衛が感情を現すほどの相手。何をしでかしたのだろう。
(今回、とんでもないことやってるけど……)
これはもう、情状酌量の余地もない。護衛が私刑を与えるかもしれない雰囲気だ。
「えっと……。侯爵が、俺がいなければ、ロイさんが王になれたと言ってました。忌々しい王太子のせいで計画を早めることになったとも」
襲ってきたのは、現状に不満を持つ兵たちだと言っていた。それと、金で雇うか、人質を取って従わせている者もいる可能性がある言い方だったと、風真は直感で思っただけだと追加して伝える。
「そのために俺を、その国でなければ見つかる国、に売るつもりだったそうです。……おとなしくしてれば可愛がって貰える相手、だそうです……」
どういう目的かまで伝えた方が国を特定出来るだろう。そう思っての事だったが、思いのほか護衛と騎士は怒りに震え、殺気すら放った。
「それで……。俺が泣いてみせたら、侯爵が気に入ったらしくて……。侯爵の別荘のある国に行き先を変更するように、港の協力者に伝えると言ってました」
「……楽に死なせはしない」
「どう落とし前つけさせてやろうか……」
「!?」
護衛と騎士が、同時に呟く。あまりに恨みの籠もった声に、風真は身を縮ませた。
「神子様……」
「! 大丈夫ですっ、ちょっと触られただけで、隙をみて逃げられましたっ。教えていただいた護身術のおかげですっ」
大丈夫、と笑ってみせる。だが、二人に悲しい顔をさせるだけだった。
「あっ、しゃべれるけど体だけ動かなくなる薬を嗅がされたので、庭園の用具小屋に証拠が残ってるかもしれません。騎士さんと合流した場所の近くの、白い壁の小さな小屋です」
「薬だと……?」
護衛が地響きのような声を出す。風真が今度こそ恐怖で震えると、護衛はハッとして咳払いをした。
「えっと……。外で大きな暴動が起きれば、俺を外に連れ出せると言ってました。それで……」
風真は、護衛と騎士を見る。
「護衛さんはアールに、騎士さんはユアンさんに、情報を伝えて欲しいんです」
「っ……、ですがそれでは神子様がっ」
「俺はひとりで大丈夫です。ここは安全ですし、水もソファも、パンもあります」
水を手に取り、ニッと明るく笑った。
「元はといえば、俺が狙われてるせいです。護衛さんと騎士さんを危険に晒すことになって、本当に申し訳ありません」
深く頭を下げる。だがすぐに上げて、「よろしくお願いします」と二人の手を握った。
「……必ず戻ります。お側を離れること、どうかお許しください」
「護衛さん……。よろしくお願いします。生きることを最優先にして、行動してください」
「かしこまりました」
護衛は命も投げ出す覚悟だが、唇を引き結び小さく震えながら送り出す風真に、コクリと頷いた。
「神子様っ、すぐにお迎えに上がりますっ……」
騎士はぎゅうっと風真を抱きしめた。怖い目に遭ったというのに独りにしてしまう事が、また側を離れてしまう事が、不安で怖くてたまらなかった。
「ありがとうございます。騎士さんも、無茶はしないでくださいね。ユアンさんにも、解決を一番に考えて欲しいと伝えて欲しいです」
「神子様……」
泣き出しそうな騎士のマントを、護衛が引っ張る。騎士は表情を引き締め、風真に一礼して部屋を出て行った。
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