上 下
175 / 270

逃走2

しおりを挟む

 塔の下へ着き、ドアノブに手を掛ける。

(鍵っ、開け……!)

 鍵が掛かっていようと、神子なら開けられるとアールが言っていた。そして、閉じれば元のように鍵が掛かるとも。
 そしてその通り、何の抵抗もなく扉は開いた。

「神子様っ、私は王宮へっ」
「いいから来て!」

 騎士を引っ張り、塔の中へと入れる。護衛も察して塔に入り、扉を閉めた。
 階段を駆け上がり、最初の小部屋へと駆け込む。騎士が目を見張っているうちに急いで鍵を閉め、かんぬきを掛けた。


(よしっ、あとは……)

 風真ふうまは絨毯を捲り、貯蔵庫の中から取り出した瓶を、護衛と騎士に渡す。

「水です。どうぞ」
「……ありがたく頂戴致します」
「申し訳ありません……」

 護衛と騎士は申し訳なさそうに水を受け取り、口を付けた。風真もゴクゴクと飲み、喉を潤す。

(あのおっさんが悪者だってこと、アールたちに伝えないと……)

 あれだけの騒ぎだ。もう騎士たちも気付いているだろう。王宮からは侯爵も含め、誰も出られないはず。だが、今持っている情報も伝えなければ。
 風真はもう一つの扉を見つめた。あの扉から一度外へ出て、王宮に戻る。そのために、この塔に来た。


「神子様。無礼を承知でお尋ねします。王宮へは、戻れなかったのですか?」

 護衛は風真の肩に自らの上着をそっと掛け、そう問いかけてから騎士に咎める視線を向ける。

「庭園から出ようとしたら、ご令嬢たちが人質にされていました。衛兵の中にも敵がいます。狙いは俺で、捕らえて他国に奴隷として売る目的のようです」

 言い切る風真に、護衛と騎士は目を見開いた。

「その扉の先は、王宮の塀の外の森に繋がっています。右に走り続ければ、王宮の裏口に出るそうです。一度外へ出てから、王宮に戻ってアールたちに伝えようと思ってこの塔に来ました」

 水を飲んで一息ついた。風真は外へ出ようと、立ち上がる。

「神子様、私が参ります。狙いが神子様でしたら、捕らえられれば終わりです」

 もっともな事を言われ、グッと言葉に詰まる。

「御使いの方々にお伝えする情報を、教えていただけますか?」

 無口な護衛が、穏やかな声を出そうとしている。風真が危険な目に遭いながら得た情報だ。必ず伝えると、優しい瞳が告げていた。


「……黒幕は、ドネリー侯爵と子爵です。子爵の名前は分かりませんでした。赤茶色の髪で、背が高くて全体的に細長い、見た目は中年の男です」

 それだけを言うと、護衛は思案する。

「子爵……。肌の色は青白く、目はつり上がった鳶色、左右不揃いな口髭と他人を見下し品定めする視線が特徴的な、蛇のような印象の男でしたか?」
「えっ、はい、そうですけど……護衛さん、子爵のこと知って……すごい嫌いです?」
「私情ではありますが、以前より大変嫌悪しております」

 口調は丁寧だが、ふつふつと怒りを感じる。あの護衛が感情を現すほどの相手。何をしでかしたのだろう。

(今回、とんでもないことやってるけど……)

 これはもう、情状酌量の余地もない。護衛が私刑を与えるかもしれない雰囲気だ。

「えっと……。侯爵が、俺がいなければ、ロイさんが王になれたと言ってました。忌々しい王太子のせいで計画を早めることになったとも」

 襲ってきたのは、現状に不満を持つ兵たちだと言っていた。それと、金で雇うか、人質を取って従わせている者もいる可能性がある言い方だったと、風真は直感で思っただけだと追加して伝える。


「そのために俺を、その国でなければ見つかる国、に売るつもりだったそうです。……おとなしくしてれば可愛がって貰える相手、だそうです……」

 どういう目的かまで伝えた方が国を特定出来るだろう。そう思っての事だったが、思いのほか護衛と騎士は怒りに震え、殺気すら放った。

「それで……。俺が泣いてみせたら、侯爵が気に入ったらしくて……。侯爵の別荘のある国に行き先を変更するように、港の協力者に伝えると言ってました」
「……楽に死なせはしない」
「どう落とし前つけさせてやろうか……」
「!?」

 護衛と騎士が、同時に呟く。あまりに恨みの籠もった声に、風真は身を縮ませた。

「神子様……」
「! 大丈夫ですっ、ちょっと触られただけで、隙をみて逃げられましたっ。教えていただいた護身術のおかげですっ」

 大丈夫、と笑ってみせる。だが、二人に悲しい顔をさせるだけだった。

「あっ、しゃべれるけど体だけ動かなくなる薬を嗅がされたので、庭園の用具小屋に証拠が残ってるかもしれません。騎士さんと合流した場所の近くの、白い壁の小さな小屋です」
「薬だと……?」

 護衛が地響きのような声を出す。風真が今度こそ恐怖で震えると、護衛はハッとして咳払いをした。


「えっと……。外で大きな暴動が起きれば、俺を外に連れ出せると言ってました。それで……」

 風真は、護衛と騎士を見る。

「護衛さんはアールに、騎士さんはユアンさんに、情報を伝えて欲しいんです」
「っ……、ですがそれでは神子様がっ」
「俺はひとりで大丈夫です。ここは安全ですし、水もソファも、パンもあります」

 水を手に取り、ニッと明るく笑った。

「元はといえば、俺が狙われてるせいです。護衛さんと騎士さんを危険に晒すことになって、本当に申し訳ありません」

 深く頭を下げる。だがすぐに上げて、「よろしくお願いします」と二人の手を握った。


「……必ず戻ります。お側を離れること、どうかお許しください」
「護衛さん……。よろしくお願いします。生きることを最優先にして、行動してください」
「かしこまりました」

 護衛は命も投げ出す覚悟だが、唇を引き結び小さく震えながら送り出す風真に、コクリと頷いた。

「神子様っ、すぐにお迎えに上がりますっ……」

 騎士はぎゅうっと風真を抱きしめた。怖い目に遭ったというのに独りにしてしまう事が、また側を離れてしまう事が、不安で怖くてたまらなかった。

「ありがとうございます。騎士さんも、無茶はしないでくださいね。ユアンさんにも、解決を一番に考えて欲しいと伝えて欲しいです」
「神子様……」

 泣き出しそうな騎士のマントを、護衛が引っ張る。騎士は表情を引き締め、風真に一礼して部屋を出て行った。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄  番外編は11月末までまだまだ続きます~  <あらすじ> 「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」   過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。 二人は親の再婚で義兄弟になった。 ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。 アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ? 柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。 果たして……。 <登場人物> 一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり 戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。 義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。 弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。 一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ 以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。 佐々木 晶  柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。 柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。 この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。 第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に 進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡ ☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて 頂きました。根強く愛していただいております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

処理中です...