比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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※モブ未遂注意

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「っ……」

 侯爵の手に顎を掴まれ、無理矢理上を向かされる。

「ほう、よく見れば可愛い顔をしているな?」

 舐めるような視線に、ぞわりと鳥肌が立った。

「ロイ殿下に比べれば石ころのようなものだが、これはこれで、なかなか愛嬌がある」

 左右に顔を動かされても、従うしかない。風真ふうまはせめてもと、侯爵を睨み付けた。

「手放すのは惜しいが……。その前に少々、薬漬けにして可愛がってやるというのも……」

 下卑た笑みを浮かべ、風真の体を品定めするように見つめる。

(そうだっ……、とんでもないゲームの世界だったっ……)

 元のストーリーも、奴隷制のある国が存在する事実も。
 体の自由のみ奪う薬があるくらいだ。媚薬があってもおかしくない。


「っ……、手放す、って……俺をどうするつもりですかっ……」

 風真は眉を下げ、ぽろぽろと涙を零した。
 堪えていたものを零しただけ。そうしたのは、少しでも情報を引き出したかったからだ。
 こうなった以上、今出来るのはそれだけだ。足手まといの自分が役に立てるのは、少しでも有益な情報を持って帰る事だけ。

「ご安心ください。お相手は優しいお方です。おとなしくしていれば、それはもう、たっぷりと可愛がって貰えるでしょう」

(そっちの奴隷っ……)

 今度は本当に涙が溢れた。

「お相手、って……俺っ、どこかに売られるんですかっ……?」
「さあ、どうでしょうね?」

 子爵は答えない。風真は視線を落とし、ぎゅっと目を閉じた。

「嫌ですっ、知らない人のところなんてっ……」

 目を開けるとグッと視線を上げ、侯爵を見つめる。一度でも性的な視線を向けたなら、泣いている姿に興奮した顔をしているなら、それを利用するしかない。

「嫌だっ……、いやですっ……」

 弱々しい声を出し、泣きじゃくった。
 せめて侯爵の奴隷になれれば、もし連れ去られたとしても、救い出される可能性が高くなる。本気の涙を流し、頭の一部だけは冷静に考えた。
 侯爵と繋がりさえあれば、きっと三人が探し出してくれる。侯爵の地位など関係なしに、邸宅に踏み込んでくれるかもしれない。


「ふむ……。捨て犬のようで、可哀想になってきたな。私のところで可愛がってやろうか」
「閣下。あの国でなければ、さすがに見つかります」
「行き先を変えるか。私の別荘のある国に向かうよう、港の」
「閣下っ」
「そう怒るな」

 子爵は侯爵の口止めをしようとしているが、子爵も口を滑らせていた。
 向かう先は、風真が売られても見つからない国。闇で取引される奴隷が横行している国だろうか。そして、港には協力者がいる。

(これを誰かに伝えられればっ……)

 先程までここにいた衛兵は、侯爵側だと思って間違いない。
 今頃騎士が、姿の見えない風真を探しているはず。ここに人がいる事を誰かが気付いてくれれば、その反応できっと騎士も気付いてくれる。


「っ……、助けてーーっ!!」
「なっ……、このっ」
「んぐッ!」

 子爵の手が、口を覆う。

「んうっ! んんっ!!」
「この状況で、なんて声をっ……」
「活きが良いな。少々おとなしくなって貰わねば」

 侯爵の手がシャツを掴む。風真を見下ろしニヤリと厭な笑みを浮かべた途端、布の破れる音と共に、釦が飛び散った。

「ッ……! うっ……!」

 何をされるか、もう分からない頃の自分ではない。この先を想像し、恐怖と嫌悪感でぼろぼろと涙が零れた。
 指先ひとつ動かせない。忘れようとしていた、体が動かないという恐怖が、一気に押し寄せてくる。

(嫌、だ……怖い……)

 恐怖に呑まれ、抗う事を諦めそうになる。だがその瞬間、皆の顔が脳裏をよぎった。


(駄目だ……絶望するには、まだ早い……)

 触られたとしても、殺されはしない。薬も永遠に効果が続くような強いものではないはず。
 外に自分を運ぶ準備が出来れば、もしくは港に着くまでに、きっとまた逃げ出すチャンスがある。

(少し、我慢すればいいんだ……)

 こんなものは暴力で、何をされても性行為ではない。もしかしたら、その間に誰かが来てくれるかもしれない。
 淡い期待。それでも、そう願っていなければ耐えられない。

 こんな事になるなら、バッドエンドを選んでおけば良かった。三人に愛される、幸せなバッドエンドだ。

(みんな、ごめんなさい……)

 我慢してくれたのに、こんな奴に汚されてしまう。
 それでもまだ、好きだと言ってくれるだろうか。

 ……いや、嫌われた方がいい。悲しまれるより、嫌われたい。


 ……嫌われたく、ない。


 嫌だ……。


 こんな奴にっ……。


(体さえ動けばっ……)


 ピコンッ、と小さな電子音がした。
 突然目の前に画面が現れ、風真は目を見開く。

 ――祈りを使用しますか?

(祈り……? しますっ!)

「何だっ!?」

 体は動かないまま、風真の手から目映い光が溢れる。その光は小屋の中に広がり、扉の隙間から零れた。
 男たちの手が離れ、光が収まる前に、風真は

「ぐっ……!」

 侯爵がくぐもった声を上げる。騎士たちから教わった、確実に急所を突ける緊急時の護身術だ。

「このっ……、ぐあッ!」

 ユアンから教わった方法で、襲いかかる子爵の力を利用して壁に投げ飛ばした。
 二人が動けないうちに、扉を開けて外に飛び出す。

「なっ……、うぐっ!」

 すぐ外にいた衛兵の喉元を咄嗟に突いて、風真は走り出した。


 脚が軽い。身体も動く。
 祈りは、マンティコアの毒も解毒出来た。使われたものが薬なら、解毒は効果があるのだ。体が動けばと願った事で、システムが答えたのだろう。

(もっと早く助けて欲しかった!)

 文句を言っても、システムは答えない。

(でもありがとう! ほんとにありがとう!)

 答えは返らないが、風真は何度も感謝しながら、庭園の出口へと全力で走った。

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