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襲撃2

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 生け垣を抜けると、興味本位で覗く人々の中に、一際上質な服を着た男が二人立っていた。

(侯爵!?)

 こちらを覗いていた赤茶色の髪の、ひょろりとした中年男性。その隣に、ドネリー侯爵が立っていた。周囲にワイマン伯爵の姿はない。


「閣下、これは訓練ではないのでは……?」
「いやまさか、王宮の庭園にここまで大勢の不届き者など。警備も強化されているのだろう?」
「ですが……」

(え……?)

 のんびりと話す二人に、風真ふうまは戸惑う。だが、こちらが疑っているだけで、彼らが悪人と決まった訳ではなかった。
 信用はできないが、もし悪人でないとしたら、彼らを逃がさなければ。

「訓練じゃありませんっ、皆様もお逃げください! 早く!」
「何ですとっ?」
「閣下、逃げましょう!」

 風真が必死に声を上げると、残っていた人々は慌てて逃げ始めた。
 貴族相手に強く言えず困り果てていた衛兵は、安堵したように誘導を始める。

「皆様はこちらに!」

 衛兵が人々を二手に分け、それぞれの前後に立って誘導する。人の波に押されて風真が右に走ると、その中に侯爵もいた。


「っ、そちらの小屋へ!」

 しばらく走ると敵が現れ、衛兵は風真と数名を小屋へと押し込む。
 白い石壁の、小さな用具小屋。ふと扉の方を見ると、室内にいたのは衛兵が一人と……後は侯爵と、赤茶の髪の男だけだった。

「ふう……。心臓が止まるかと思いましたよ」
「私は脚がもつれるかと思いました」
「子爵も運動不足ですな」

 侯爵はふうふうと荒い息を吐き、ハンカチで顔を拭いながら扉の前に座り込んだ。

「貴方はどちらの家門のご子息ですか? ご両親も心配なさっているでしょう」

 子爵と呼ばれた男が、風真の顔を覗き込む。

「……父と一緒に王宮に来たのですが、途中ではぐれてしまって……」

 風真は視線を伏せ、そう返した。
 侯爵と子爵は、あまりに落ち着いている。敵が近くにいるのに、小屋に入り衛兵が側にいるというだけで、ここまで安心出来るものだろうか。それとも、高位の貴族には手を出さないと思っているのだろうか。

 貴族という人間の考えが分からない。悪人と決めつけるには、確信がない。だが、信じる事も出来なかった。


(この状況、まずいよな……)

 押されるままに小屋に入ってしまった。
 だが、ここには衛兵もいる。そう考えて、ふと気付いた。

(衛兵さんは、なんで俺とこの二人だけ小屋に……)

「外の様子を見て参ります」

 風真の視線に気付いた衛兵は、そう言って小屋を出て行った。
 それが、どういう意図なのか分からない。敵か味方かも分からない。

「あの……閣下ほどのお方が、そのようなところに……。どうぞこちらへお掛けください」

 不安で震えそうでも、一人で何とかするしかない。
 まずは怪しまれないように扉の前から侯爵を引き離そうと、テーブルの側の椅子を引いた。

「おお、気が利く子ですな」

 侯爵は立ち上がり、どすりと椅子に座った。風真はそっと離れ、にっこりと笑う。


(今だっ)

「逃がしませんよ」
「!?」

 扉に向かい走り出そうとする風真の腕を、子爵が掴んだ。咄嗟に声を出す前に、口元を布で覆われる。
 鼻をつく薬品の匂い。くらりと目眩がして、体から力が抜けた。

 子爵はぐったりとした風真を引きずり、扉から一番遠い壁へと凭れさせる。

「ご安心ください。命までは取りませんよ、?」
「っ……、俺が神子だと……」
「ええ、勿論です。御使いの方々は大事な神子様だとばかりに周囲を牽制して回っていたのでしょうが、仇になりましたね」

 子爵は厭な笑みを浮かべた。
 風真は男を睨む。視線は動かせる。声は出せる。意識もしっかりしている。ただ、体だけが動かなかった。


「しかし、御使いどもはこの色気もない子供に、何故誑かされたのか」

 侯爵が椅子に座ったまま風真を見下した。

「お前が余計な事をしなければ、今頃ロイ殿下が王太子になられていたというのに」
「閣下、そのお話は……」
「話しても構わんだろう」

(仮説、大当たりだ……)

 それに、こんな話をするという事は、結局は生きて帰す気がないということだろうか。それとも、二度と戻れない場所に売られるのだろうか。
 体は動かず、殺されそうになっても逃げられない。恐怖で涙が溢れる。

(怖い……けど、頭を使え……)

 知力は上がった。トキから感情の制御を教わった。ただ泣いて、殺されるのを待つな。逃げる方法を考えろ。風真は二人の足元をジッと見据えた。

 ロイを王太子にしたいなら、神子は逃げたと偽装するのが最善だ。殺して痕跡が残っては、ロイにも影響が出る。
 殺されないと仮定して、人目のある場所で襲ったのは、何故だろうか。何故、剣を扱える者をあれほどの数、潜り込ませる事が出来たのだろうか。


「……出入りが制限されてるのに、どうやってあんな人数……」
「現状に満足していない兵など、いくらでもいるという事です」

 子爵は小さく笑った。
 外から連れて来るのではなく、最初から王宮に勤めている兵を使ったのだ。不満のある者、金の力、家族を人質にして脅迫した可能性もある。そうでなければ、あれほどの数を集められるはずがない。

「……今も、昔も、アール殿下に従ってた方が、兵たちも身の安全が保証されると思いますが」

 そう口にすると、二人はぴくりと反応した。

「忌々しい王太子め……。あいつのせいで計画を早める羽目になってしまった」

 二人の反応と侯爵の言葉から、アールに不満を漏らす兵が予想より少なく、時間もないせいで数が集まらなかったのだと察した。

「……俺を外に連れ出すのは、難しいと思います」
「外で派手な暴動でも起これば、不可能ではないだろう?」

 侯爵はニヤリと笑う。優位に立ち口が軽くなったのか、子爵が渋い顔をしている事にも気付かず、問いに律儀に返した。

 つまり、人目のある場所で襲ったのは、理由があった訳ではない。本来の計画には時間が足りず、強行突破でも神子を拐わなければならなかった。


「噂に聞いていたより、気が強いではないか。御使い共の後をついて回るだけではなかったのか?」
「強がっているだけでしょう」

 子爵が溜め息をつく。侯爵は立ち上がり、風真の側へと歩み寄った。

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