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襲撃
しおりを挟むその翌日。風真はマナー講座の後に、敷地内の散策へと繰り出した。
今日は以前アールに連れて行って貰った塔の近くの、広々とした庭園を訪れる事にした。花壇と生け垣には色とりどりの花が咲き乱れている。木々も多く、木漏れ日の綺麗な庭園だ。
王宮の建物から距離は離れているが、人通りはあり賑やかで、衛兵もいる。
塔が見えると、あの日の事を思い出す。またあの場所からアールと一緒に夕陽を見たいと思った。
それと同時に、ユアンとは朝陽ばかり見ているなと、ほんのりと頬を染めた。
「護衛さん。あの塔、綺麗ですよね」
「……そうですね」
護衛は塔を見て、そう返す。
「この女神様の像って、同じ素材でしょうか」
「……違う素材です」
目の前の女神像を見据え、答えた。
「白い石も色々あるんですね。今度、彫刻習いたいってお願いしてみようかなぁ」
「御使いの方々がお許しにならないかと」
「えっ、……あー、怪我しそうだから……」
護衛は遠慮なしにコクリと頷いた。
粘土ならいいかな、と思いながら庭園を歩く。庭園の端まで来て、下から見るだけならと、そのまま塔の方へと向かった。
隣には、ぶっきらぼうだがきちんと返事をしてくれる護衛。少し離れた後ろから、第一部隊の若い騎士が一人ついて来ていた。
顔馴染みの彼は、隣にいると楽しくなって喋ってしまうからと言って後ろにいる。それにユアンから、風真と仲良くなりすぎないようにと念を押されたと笑っていた。
しっかり者で剣の腕も確かだが、薄茶色の髪と女好きのする緩い笑顔で、見た目は少々頼りない。
だからこそユアンは、彼を風真の護衛に選んだ。念のため護衛を増やしただけだと周囲に印象付けるためだ。
(あの騎士さん、ワイバーンの首落としてたよな……)
数人掛かりだったものの、その瞬間を見た記憶がある。外見はとてもそんな風には見えないが。
風真は自分が囮になって敵を暴ければと考えていたのだが、そんな気は毛頭ないのだとユアンは人選で示してきた。
(侯爵たち、ただのお節介おじさんならいいなぁ)
それなら誰も傷付かず、一緒にいる護衛や騎士も危険な目に遭わない。ただの散歩に付き合うのは宝の持ち腐れだろうが、風真としては当然二人が安全な方が嬉しい。
だが今朝の朝食時に、何も出ないのは逆に怪しいとユアンが言っていた。アールが護衛に、警戒を強めるようにと言っているところも見た。トキからは人目のないところには行かないようにと念を押された。
(……王宮近くの庭園にしとけば良かったかな)
塔まで後少しのところで、風真は脚を止める。
周囲に衛兵の姿は見えない。庭園の方からは、変わらずに令嬢たちの声が聞こえる。騒ぎを起こせばすぐに誰かが見に来るような距離だ。
目撃者のいる場所で行動を起こす事はない。それは、小説の中だけの事で、現実では違うかもしれない。
(戻った方がいいかも……)
令嬢たちの華やかな笑い声が聞こえる平和な空間。それなのに何故か胸がざわついて、風真は踵を返した。
数歩歩いたところで、護衛が風真の前に立ち脚を止める。
「護衛さん?」
周囲に人影はない。だが護衛は、立ち並ぶ木の方を睨み付けた。
騎士も風真の側へ来て、隣に立つ。
「神子様。合図をしましたら彼と共に庭園へと走り、応援を呼んできてください」
「っ……、分かりました」
逃げろと言うより、そう言った方が風真は従うと知っている。護衛の言葉通り、風真はいつでも走り出せる体勢を取った。
騎士が風真の手を取る。訓練場で走る風真を見ていた騎士は、抱えて走るより、その方が速いと判断した。
「今です」
「はい!」
護衛の合図で、風真は走り出す。それと同時に、木の陰から侍従用の黒い服を着て覆面をした男たちが姿を現した。
「あんな数っ……」
「彼は副隊長と張れるくらい強いので大丈夫です」
脚を止めそうになる風真を、騎士は強い力で引っ張る。
そんなに強いなんて聞いてない。走りながら、だからアールが出掛ける時は必ず連れて行けと言っていたのだと納得した。
剣のぶつかる音が響き、庭園にいた令嬢たちが小さく悲鳴を上げる。何事かと見に来た男性は逃げてくる風真たちを見て、すぐさま逃げ出した。
「逃げてください!」
風真が叫ぶと、令嬢たちも走り出す。近くの衛兵が令嬢を誘導し、風真は皆を巻き込まないよう、違う方向へと走り庭園に入った。
命の危険に晒され、追いかけられて、脚が震えそうになる。それでもしっかりと前を向き、走り続けた。
「こっちにも!?」
正面から敵が襲ってくる。だが騎士が剣を抜き、一瞬で薙ぎ払った。強い、と唖然とした声を上げた途端、今度は後ろから敵が現れた。
「神子様、走りますよ!」
「はい!」
また手を取られ、走り出す。横道から敵が現れると手を離し、体を反転させて風真を背後に隠し、敵を倒す。
風真はただ前に走り続けるだけ。手は離されているが、全方向から守られていた。
(すごいっ、身が軽いっ)
騎士の中でも一番ではないだろうか。安心して走り続けていると、横道から敵が現れ行く手を阻まれた。
「これだけの人数、どこに隠してたんだよ……」
騎士が忌々しげに呟く。背後からも敵が現れ、逃げ場がなくなった。
ユアンならば、この状況でも風真を護りながら王宮まで逃げ切れるだろう。騎士は悔しげに顔を歪める。だが、そんな人間離れした人間はユアン以外にいない。
先程倒した敵も、致命傷を負わせるまでには至っていない。相手もそれなりの剣の使い手だ。
正面の敵を越えれば、そこからは一直線。両側の生け垣も背丈より高く、敵が越えてくる事は不可能だ。
騎士は風真の肩をそっと叩いた。
「神子様は、相当走れるお方ですよね?」
「え? ……はい。脚には自信があります」
これだけ走っても、まだトップスピードで走れる自信がある。
「この先に、興味本位でこちらを見ている者たちがいます。道を空けますのであちらまで全力で走り、衛兵が誘導している者たちに紛れてお逃げください。私もある程度倒したら追いかけますので」
「……分かりました」
置いて行けないと言ったところで、足手まといになるだけだ。風真は悔しげに唇を噛みしめ、頷いた。
「行きますよっ」
「はいっ」
騎士が走り出し、剣を大きく振るう。正面の敵が避けたその隙間を、風真は擦り抜けて突破した。
敵が驚きの声を上げ、すぐに剣の交わる音が響く。それでも後ろを振り返らず走り続けた。
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