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予備の部屋
しおりを挟む翌朝、風真は予備の部屋で目を覚ました。
ユアンが当然のように自分の部屋に運ぼうとしたところで、アールが扉の前に立って無言の圧力を掛けたのだ。
風真を起こさないよう無言で牽制し合い、トキの仲裁によって、この予備の部屋に運ばれた。
そして今、目覚めた風真の両側には、朝から見るには眩しい二人が横たわっている。
「おはよう、フウマ」
「……おはようございます」
「良く眠れたか?」
「うん……。めちゃくちゃ寝た……」
二人は風真の髪を撫で、頬を撫で、甘い瞳で愛しげに見つめている。
彼らが何故一緒に寝ているかと言えば、護衛のためだ。風真が眠っていては、独りでも安全な神子の部屋は開かない。
(忘れてたぁ~~……)
眠くても部屋に戻るべきだった。ユアンが自分の部屋に連れて行こうとして、アールと喧嘩になったかもしれないと、風真は正解を出してそっと両手で顔を覆う。
「神子君?」
「どうした?」
「……朝から見るには、眩しくて」
自分を巡って喧嘩したかなど、自意識過剰発言は控えたい。
「遮光カーテンに替えるよう、指示しておこう」
「ンッ、眩しいのは二人の顔なんだよな……」
まだ起きてあまり経っていないのか、朝に弱いアールは天然を出してきた。だがすぐに覚醒したらしく、アールは風真の手を掴み、顔から離させた。
「毎日見ているだろう?」
「!!」
真上から、国宝級の顔が覗く。さらりと金糸の髪が揺れ、朝陽に照らされ目映く輝いた。まだ少しだけ眠そうな瞳が、優しく風真を見下ろす。
「俺との朝は久しぶりだよね。今日はアールがいるから、君に甘えて貰えなくて残念だな」
「!?」
アールを押し退け、今度はユアンに見下ろされる。甘い瞳と微笑に加え、指の背で頬を撫でられて、風真はビクリと跳ねた。
「うわ……わ……」
アールが押し返し、ユアンが押し戻し、二人に見下ろされながら頬や髪を撫でられる。
(姉ちゃんっ、俺っ、ものすごいスチル回収してるっ……)
朝から大量のイケメンを浴びている。今までの穏やかな朝ではない。二人は風真を巡って牽制し合い、ギラギラしていた。
(肉食系かっ……)
だが、今までにない胸の高鳴りを感じる。心臓がどくどくと鳴り、顔が熱い。二人に見つめられると、熱に瞳が潤んでいく。
「フウマ。愛している」
「好きだよ、フウマ」
(うわっ……、うわわっ……)
「フウマさん、お目覚めですか?」
「!!」
突然扉が開き、穏やかな声がした。
「トキさんっ……! トキさんっ!」
必死にトキを呼ぶ風真と、風真の上に乗り上げているアールとユアン。トキはぴくりと眉を上げ、今までにない冷ややかな笑みを二人に向けた。
「怖い夢が二つも襲ってきていますね。もう大丈夫ですよ」
トキは二人を押し退けて風真を抱き上げ、ソファへと座らせる。その隣へと座り風真を抱きしめ、トントンと宥めるように背を叩いた。
「トキ、誤解だ」
「フウマさんが私に助けを求めるような状況だった事は、事実でしょう?」
「それは……」
「ごめんなさいっ、俺が朝から押し倒されることに慣れてなくてっ……」
「恋人でもないのに押し倒す方が悪いのです」
冷ややかな声にアールとユアンは何も言い返せず、風真は言い方が悪かったと慌てる。
「お顔を洗って、お着替えしましょうね。殿下とユアン様も、お部屋に戻られてはいかがですか? もうすぐ朝食の時間ですよ」
にっこりとした笑顔を向けられた二人は、ベッドから下りて風真に申し訳なさそうに視線を向けた。
「神子君、怖がらせてごめんね」
「すまなかった……」
ユアンは本気で怖がらせてしまったと眉を下げ、アールは嫌われたかと酷く落ち込んでいる。
トボトボと扉へと向かう二人。これが愛読書の恋愛小説なら何も言えずに見送るところだろうが、風真は違った。
「朝からの愛情過多とイケメン二倍に耐えきれなくて、トキさんに助けを求めてごめんなさい! 俺っ、恋愛経験値低くてっ……出来れば朝はお手柔らかにお願いします!」
何故トキに助けを求めたのか、自分の気持ちをしっかりと伝える。
「あっ……、上から見下ろされるのもちょっと、なんかドキドキするからっ……!」
怖かったわけではない。嫌いになってもいない。朝食までの短い時間でも二人が悲しい顔をするのがつらくて、今誤解を解きたかった。
「神子君……」
「フウマ……」
「お二人とも。お元気になられたのでしたら、朝食まで待てますね?」
「だが……」
「私は恋人を辞退した身ですので、フウマさんと夜を過ごす事は控えております。ですが、今の状況に嫉妬はします。そして、フウマさんに助けを求められれば嬉しいのです」
つまり、風真に必死に助けを求められた事が嬉しいから、しばらく二人きりで余韻に浸らせて欲しいという事だ。
そういう事ならと、ユアンとアールはトキを信じて部屋を出て行った。
「涙目のフウマさんを、たっぷりと慰めたかったのですが……」
「すみません……」
「誤解とはいえ、私を見て安堵したお顔、嬉しかったですよ」
トキはそっと風真の頬を撫でる。
「フウマさんを助けなければという気持ちと、必死に助けを求めるフウマさんに興奮する気持ちの板挟みになりましたが」
「トキさん……。それは言わないでいいんですよ……」
「そうですね。私は……私の手で耐えきれないほどの快楽に泣き喚きながら、私に必死に助けを求めるフウマさんが見たいのです」
「それは言わないでいいんですよっ……!」
とんでもない性癖を呼び覚ましてしまった。いや、元からだった。
風真はトキから離れようとして、ふと思いとどまり、ぎゅっと抱きついた。助けを求められて嬉しいと言った言葉は、本当だと思ったから。
「フウマさんは優しい子ですね」
寂しがっている事を、何を求めているかを、理解してくれる。そんな風真だから、恋人ではなくこの距離感を選んだのだ。
「お二人に迫られて、どちらかを選ぶきっかけになりましたか?」
風真の背を撫でながら、優しく語りかける。風真は先程の事を思い出し、思案した。
「……まだ、分かりません。でも、二人にあんなにギラギラした顔で迫られたら、俺……」
ぎゅっと腕に力を込め、細く息を吐いた。
「俺……。……強引に迫られたら、弱いのかなと……」
ドキドキして、肉食獣のような二人にあのままどうにかされても、受け入れてしまったかもしれない。
そんな事は許されないのに、もしそうなったとして、逃げられたかと言われたら……。
「フウマさん。吊り橋効果という言葉をご存知ですか?」
トキは風真をそっと離し、穏やかな笑みを向けた。
風真は突然何だろうと思いながらもコクリと頷く。
「吊り橋とは少し違いますが。目覚めたばかりで意識もはっきりしていない間に、突然お二人に本能剥き出しで迫られ、驚いてドキドキしてしまったのでしょう。フウマさんは可愛い子犬ですから、狼に憧れたのではありませんか?」
「狼……」
確かに狼は格好良い。
トキの表現の意図はいまいち分からなかったが、確かに初めて肉食獣……狼ではなくライオンだったが、それを見た時はドキドキした。憧れに近かったかもしれない。
「……って、憧れで食べられてもいいとは思いませんからね」
急に冷静になる。トキは小さく笑い、また風真を抱きしめた。
「雰囲気に飲まれて、体を許してはいけませんよ?」
「それは、……気を付けます」
「お二人ともを受け入れてしまう前に、そろそろ恋心を自覚されるべきですね」
「はい……」
五回目の討伐が終われば、エンディングだ。最近ぱったりと強い魔物の襲撃が止んだのは、答えを出していないからだろうか。
このままずるずると引き延ばしていては、バッドエンドに傾くかもしれない。存在しないはずの闇堕ちエンドが発生するかもしれない。誰かが命を失う、本当のバッドエンドが発生するかもしれない。
「……きちんと答えを出します」
想像が悪い方へと向かい瞳を伏せた風真を、トキの手が優しく撫でた。
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