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仮説2
しおりを挟むにぎにぎと握られ、風真も握り返す。ユアンの手を揉みながら、ふと考えた。
「でも、俺を買いたいほど魔物の被害に困ってる国があるんですか? それなら、何か助けになれればって思うんですけど」
この国の三本の道にも結界を張れば、少しくらいなら国を離れても大丈夫かもしれない。困っている人がいるなら助けたい。
真っ直ぐな瞳に、アールは視線を彷徨わせ、ユアンはそっと遠くを見つめた。トキは笑顔のまま何かしら想像している。
「え? あれ? なんか変なこと言いました?」
「フウマさんは本当にいい子ですね」
「え?」
「純粋で真っ白でいい子のフウマさんご自身に、価値があるのですよ?」
「んん~?」
価値の意味が分からず首を傾げる。もしかして、神子としてではなく、ただの人として売られる話だろうか。
労働奴隷として売られる条件としては、純粋など関係のない事だ。貴族の家で雇うには悪い事をしなさそうで価値がある、という意味だろうか。
「神子様という神聖な存在を穢したいと思う方もいらっしゃるのです。神子様と知って買うような愚か者なら、購入理由は高確率で性奴隷でしょう」
「!?」
「もし知らずに買ったとしても、フウマさんは良い買い物だったとして散々……後は分かりますね?」
「っ……」
コクコクと頷き、アールの服をぎゅっと握った。
(奴隷になるならバッドエンドの方がいいっ……)
三人以外に触られる事を想像して、顔を青くする。それなら地下牢に閉じ込められようとも、三人に愛されていたい。
「トキ。言わせて悪かった」
震える風真を背後から包み込み、ユアンは眉を下げた。
「いえ。私がお話する方が、フウマさんも理解してくださる内容でしたので」
「そっか……。その理由は聞かないよ」
何かがあったとしても、風真はトキを一番の友人と呼ぶほど慕っている。それなら口を出す事ではなかった。
「……神子。魔物被害に困っているなら、この国に救援要請が来る。侯爵共も他国のために神子を拐って売らずに、会議で救済を提案した方が株も上がるだろう。だからこそ、神子が狙われるとすれば理由は……その可能性が高い」
アールは風真の髪を撫で、落ち着かせるためにどう言えば良いか迷った末に、冷静に説明を始めた。
「だが、そのように短絡的な奴らではない。特に伯爵は、損得勘定の得意な奴だからな。あくまで確率の低い仮説の一つだ」
顎を掴み顔を上げさせ、視線を合わせる。
「王宮を出入りする者と積み荷は、全て厳重に調べるよう指示している。お前を外に連れ出させはしない」
「アール……」
安心させるように見つめる澄んだ青の瞳に、風真はふっと体の力を抜いた。
アールに体を預け、ユアンと繋いだ手をぎゅっぎゅと握る。トキの優しい瞳に微笑み返し、こんなに大切にされているのだと胸が熱くなった。
「アール。他の可能性も聞いておきたいんだけど、いい?」
見上げると、アールは安堵したように目元を緩めた。
「神子を一定期間どこかへ閉じ込め、神子が逃げ出したなどと吹聴して回ると仮定したものだが。私は神子を持つ王太子ではなくなり、今よりは失脚させやすくなるのだろう。神子の使いの付加価値はなくなり、トキの地位も下がる。ユアンは……部下を大勢死なせでもしない限り地位は変わらないが」
神子が失踪したとなれば、第一部隊の隊長の責任にはなる。そして、護衛騎士の責任も問われる。だがそれは口にはしなかった。
「元々俺たちの地位を欲しがる人は多いからね。上手くやれば協力者はいくらでも得られるだろうから、俺たちを一掃する可能性も念頭に置いてはいるよ」
仮説を幾つも挙げて、多角的に調べるようにしている。今のところ何も出て来ないのは、怪しいのか、本当に何もないのか。
王宮への出入りの警戒を強めているのは、婚約式後で緩んだ雰囲気に乗じて悪事を働く者がいるため、という名目にしている。
アールがロイとアイリスを大事に想っている事は、すでに王宮内でも噂されている。二人を守るために警戒を強化したとしても不自然ではない。
「それで、神子君にお願いなんだけど」
ユアンは風真の肩を抱き、さりげなく自分の方へと引き寄せた。
「調査が終わるまでは、誰が一緒でも街へは行かないで欲しいんだ」
「はい、行きませんっ」
元気な返事に、ユアンは褒めるように髪を撫でた。
「王宮や庭園、人目のある場所はいいけど、門や塀の近くは避けて欲しい。それから、君の護衛の他にうちの騎士を付けるから、一緒に連れて行く事」
「はい、お世話になりますっ」
「本当は離れから出したくないけどね。あまり籠もってるのも、侯爵たちを警戒させるから……」
「俺もそう思いますっ。今まで通りに何も考えてないふうの顔で、適度にうろついておきます」
風真はへらりと笑う。頭も体も弱そうに見せて油断させるのは得意だ。
ぽやぽやした雰囲気の風真にユアンは頬を緩め、腕の中に閉じ込めた。
「ここまで警戒しておいて二人がただのお節介で陽気なおじさんだったら、何もないお祝いに飲みに行こうか」
「はいっ、ぜひっ」
「部下たちも一緒にね。アールとトキも一緒にどうだ?」
「……私は」
「アールも行こうよ。美味しいものいっぱいあるしさ」
「…………私は、そういう場には慣れない。お前を頼りにして良いか?」
「! もちろんっ、アールは俺の隣な」
頼られた事が嬉しくて、パッと笑顔になる。
アールが騎士たちと仲良くなれば、王太子としても、王になった後も、もっと仕事がしやすくなるだろう。そして何より、皆が仲良くなると個人的にも嬉しい。
「私もフウマさんのお隣に座ってよろしいですか?」
「もちろんですっ」
そう言ってから、あれ? と思う。
「いつもユアンさんが隣だったので、なんだか不思議な気分です」
隣の席は二つしかない。ユアンはその隣か、向かいか。今回はそれでも良いだろうかと伺うように見上げた。
「隣は二人に譲るよ。神子君は、俺の膝に乗ればいいからね」
「!?」
「個室でソファの店にしようか。それなら脚の間に座って貰えるし」
「あの店好きですけど、脚の間は……騎士さんたちの視線が痛いです……」
「大丈夫だよ。俺が君を愛する姿は、いつもの事だから」
「そうですけどっ、そうじゃなくてっ」
「待て。いつもの事だと?」
アールの眉間に皺が寄る。
「部下たちは俺を応援してくれてるからね。仲良くすると喜んでくれるんだ」
「……敵地か」
「アール、味方だよ、みんな仲間だよ」
必死で訴える。確かに風真を巡る争いに関しては、アールにとっては敵地。軽率な事をしたかと慌てた。
「殿下。お酒の席では無礼講ですよ? 美味しいお酒の前には、皆平等ですから」
(祀ってるのはお酒の神様かな)
穏やかな笑みで言われると、ありがたい説教のように錯覚する。トキに神職は天職だ。
トキに宥められ、アールも「そうだな」と気持ちを落ち着けた。
「せっかくだし、もし侯爵たちが悪事を働いてても、解決したらお祝いしようか」
「そうですね」
トキは乗り気だ。アールも渋々といった様子で了承する。
「みんなでご飯、楽しみです」
風真はへらりと笑い、ユアンに身を預けた。
色々と考え過ぎて、頭と心が疲れてしまった。
知力が上がり知恵熱は出なくなっても、まだ物事を割り切って冷静に考えられない。
「神子君、眠くなっちゃった?」
「はい、少し……」
「眠っていいよ。俺が責任を持って、部屋まで送り届けるからね」
「……すみません、お願いします」
その言葉に甘えて、目を閉じる。優しく髪を撫でる手に、徐々に意識がふわふわとしてきた。
(なんか俺……足手まといだな……)
システムの力を借りなくても、祝辞や挨拶をしっかり出来るようになりたい。自分の身は自分で守れるようになりたい。皆の弱点には、なりたくない。
頑張っているつもりでもまだ足りない。まだ、弱点でしかない。
もっと頑張って、もっと強くなって、皆の役に立ちたい。立派な神子だと、誰もが褒めずにいられないような、そんな神子に……。
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