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馬車の中2
しおりを挟む「朝食後と就寝時間帯は決してお会い出来ないので、今はフウマさんを抱きしめさせていただけませんか?」
風真を取り返そうとしたユアンとアールは、ぴたりと動きを止める。
一日の半分を、風真は二人と過ごしている。それ以外の自由な時間を奪う事が忍びなくて、トキは風真に会いに行く事を控えていた。
トキの言葉の意味に気付いたのは、ユアンとアールだけではない。抱きしめられる前に、風真からぎゅうっとトキに抱きついた。
「俺、トキさんともっとお話したいです。もっと、俺と遊んでほしいです」
遊ぶ。トキは数秒の間に、誰にも言えない妄想を巡らせた。だがすぐににっこりと笑い、風真の髪に頬を擦り寄せる。
「フウマさんは優しくて良い子ですね。大好きですよ」
「俺もトキさん大好きです」
最近トキと朝食以外で話せないのは、仕事が忙しいからだと思っていた。少し考えれば、トキが遠慮している可能性に気付けたはずだ。
「お二人を牽制するための言葉だったのですが、気にさせてしまいましたね。申し訳ありません。これからは、授業の時間はフウマさんを独占させていただきますね」
「はいっ。それ以外でも、いつでもかまってくださいっ」
「フウマさんは本当に愛らしいですね。好きですよ」
「俺も好きですっ」
目の前で抱き合い、好きだと言い合う二人に、ユアンとアールは仕方ないと思いながらも眉間に皺が寄る。
だが、自分たちは毎日風真を独占する時間がある。風真がトキを大事にする時間があっても当然の事だ。
「……嫉妬はするが」
「……でも、ずっと見てるとじゃれる仔犬みたいで可愛いな」
「毛並みが良いな」
「俺たちの愛の賜物かな」
艶々の髪と、滑らかな肌。ぷにっとした柔らかな頬。この世界に来た時よりも随分と毛艶が良くなっている。
自分以外に愛でられているというのに、一度そう思ってしまえば、目の前で尻尾を振ってじゃれている風真が愛らしくてたまらなかった。
そんな事を思われているとも知らず、今までの分もいっぱい大事にしようと風真はトキを見上げる。トキも風真の頬を撫で、ご満悦だ。
「今日は素晴らしい婚約式でしたね。フウマさんの正装、とても美しくて格好良かったですよ」
「へへ、ありがとうございます」
格好良いに反応して、嬉しそうに笑う。そんな風真をトキは愛しげに見つめた。
「婚約式、参加出来てほんとに良かったです。アイリスさんは女神様みたいでとっても綺麗でしたし、ロイさんはキラキラしてリアル絵本の王子様でしたし」
神子としての最初の公務が、二人の婚約式で光栄だ。風真にも一生忘れられない素晴らしい日になった。
「姉ちゃんの結婚式でも思いましたけど、花嫁さんって世界一綺麗ですよね」
うっとりとした表情に、三人はぴくりと反応する。
まだ婚約式で、正式には花嫁ではない。だがその花嫁を見て、風真もいつかは自分も花嫁を迎えるのだと思ってしまったのではないか。そんな不安に陥るほどに、風真は憧れに瞳を輝かせていた。
「好きな人と家族になるんだって思ったら、嬉しくて幸せであんなふうにキラキラするのかなぁ。俺まで嬉しくなって、途中でちょっと泣いちゃいました」
だが、三人の不安はすぐさま杞憂に終わる。
「……フウマさんは、本当にいい子ですね」
「いい子だね。本当に……」
ぎゅっとトキに抱きしめられ、ユアンには暖かく見つめられる。アールは頷き、手を伸ばして風真の頭を撫でた。
(……俺も、あんなふうにキラキラできるかな)
婚約式か、結婚式をしたら。
そう想像して、内心で首を傾げる。
隣に立つのは、アイリスのように綺麗な花嫁ではなかった。それどころか、自分にドレスを着て欲しいと言われたらどうしようと考えていた。
少し前なら、ミリアちゃんみたいな花嫁さんと! などと夢を見ていただろう。それなのに。
(みんなにも言った方がいいかな……?)
良い子だと褒める三人の反応が、何となくおかしい気がした。もしかしたら、花嫁を迎える側で想像したと思われたのだろうか。
(違うかな……でも言った方がいいか……)
そっと視線を伏せ、口を開いた。
「……俺、女性物のドレスは着ませんからね」
花嫁が世界一綺麗でも、自分が女性と結婚するなど想像も出来ない。それくらい、みんなのことが好きだ。
伝われ、と念じた想いは、三人にしっかりと伝わった。
「愛してるよ、フウマ。結婚しよう」
「フウマ。式での服は私に選ばせて欲しい。お前を世界一輝かせる自信がある」
「君を世界一幸せにしてみせるよ。眩しい朝を、これからは毎日一緒に迎えようね」
「私の神子。……私の、フウマ。私の命と生涯を懸けて、お前を愛し大切にすると誓おう」
「フウマ。俺と、家族になろう?」
身を乗り出したユアンとアールに手を取られ、口々にプロポーズをされる。
(あまとろにこにこユアンさんとっ、キラッキラ顔面良すぎアール~~っ!)
今まで以上に熱烈な求愛を受け、風真は耳まで真っ赤になり口をぱくぱくさせた。
「口では勝てないか……。フウマ、私を見ろ」
「!?」
「顔なら、俺もアールに負けてないよね?」
「!!」
詰め寄られ、間近で見つめられてびくりと跳ねる。
「お二人とも、席に着いてください。フウマさんに怪我でもさせたらどうするのですか」
そう言った途端、馬車が揺れ、風真の方に傾く。だが咄嗟にバランスを取り事なきを得た。
トキの言う事はもっともだった。二人は一時休戦して、おとなしく席に戻った。
(先生に怒られる学生みたいだな)
そう思うと可愛い。
だが顔はまだ熱く、注がれる視線も熱い。
トキは風真を宥めるように抱きしめ、優しく背を撫でる。
ふわりとした黒髪に唇を寄せて柔らかさを堪能し、額や目元にキスをした。
「あのっ、トキさんっ……」
「お顔を真っ赤にして、瞳をこんなに潤ませて……。フウマさんは本当に愛らしいですね。このまま、一生閉じ込めて……」
「!?」
「ああ、すみません。本音が零れてしまいました」
「!!」
閉じ込める場所がもう用意されているだけに、地下牢フラグかと風真はダラダラと冷や汗を流す。
「トキ……」
誤魔化す気のないトキに、二人はただ溜め息をついた。
風真を取り返した方が良いだろうかと考えた途端、トキは風真を腕の中に閉じ込める。
「駄目ですよ? 今は私のフウマさんですから」
笑顔で牽制するトキに、二人はグッと堪えた。
二人の求愛とトキの真っ直ぐな愛情に、風真は顔どころか全身まで熱くなる。
トキに愛でられ続け、風真の顔の火照りが収まる間もなく、馬車は王宮の離れに到着した。
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