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ロイとアイリスの婚約式2
しおりを挟む式が終わると、祭壇前から下りたロイとアイリスに、参列者が次々に祝いの言葉を述べにくる。親族は座ったままで良いらしく、風真は安堵した。
だが。
「恐れながら。神子様より、祝辞と参列者へのお言葉を賜りたく存じます」
「!?」
最後の挨拶が終わると、アイリスの傍に立ったふくよかな男性が風真に視線を向けた。
「ドネリー侯爵。そのような慣例はないが?」
(ドネリー……、聞いたことないな……)
「ご無礼とは存じますが、ようやく神子様のお姿を公の場で拝見できたのです。このような善き日に、神子様よりの祝福のお言葉をいただければと……」
(悪い人じゃないっぽい?)
アイリスやロイも顔見知りだろうか。二人は困った顔をしているが、嫌っているようには見えない。他の参列者たちの視線も風真に向き、期待を寄せられていると感じた。
「ドネリー侯爵。ご無理を仰られては、神子様がお困りですよ?」
「うむ、だが……」
「私としても、神子様のお言葉を直接拝聴出来たとなれば、この後の商談で良き話題になりますがね」
「ワイマン伯爵は相変わらずですな」
(ワイマンはどこかで聞いたような……)
風真は男を見つめる。顔に覚えはない。アールを見ると、眉間に皺を寄せていた。
(あっ、アールが金の亡者って言ってた人だ)
失礼な覚え方だが、あれがワイマン伯爵かと風真は見つめる。
ワイマンもドネリーも、以前ユアンに教えて貰った積極的に交流した方が良い家門にはなかった。だが、警戒する家門にも挙がっていない。
二人は祝辞を強要しているのではなく、あくまでも和やかな雰囲気だ。だがこのままでは、神子に祝福を拒否されたと誤解されるのではないかと風真は視線を落とした。
(でも、祝辞って言われても、何話せばいいか分かんないよ……)
姉の結婚式で、家族としてスピーチをした事はある。だが、今は神子として発言するのだ。
この世界での慣習も知らない。自分なりのお祝いで良いのだろうか。もしそれで、神子の評価を下げたら? 床を見据えていると、小さな電子音がした。
――祝辞を述べますか?
(え? そんな機能……もしかして、文字で表示?)
――声帯を通し、祈りを使用します。
祈りで手が勝手に動くのと同じ原理だろうか。風真はハッとして顔を上げた。
システムに任せれば、間違いはない。風真はアールの服をツンと引っ張った。
「アール。俺、どこで話したらいい?」
「神子?」
「多分大丈夫。でも、傍にはいてほしい」
「……神の啓示か」
「うん、そんな感じ。だから安心して任せてよ」
小声で話し、ニッと笑う。アールはしばし思案し、風真の手を取り祭壇へと促した。
祭壇の前へ立つと、全ての視線が風真に向く。口以外は勝手に動いてくれないのか、脚が竦んでしまう。
だが小さく震える風真の手をアールがグッと握り、大丈夫だというように優しく微笑んだ。
(うん……大丈夫。俺は、アールの神子だから)
風真も手を握り返し、ベール越しに見える人々を、しっかりと見据えた。
口が勝手に開き、穏やかな声が零れる。そして流れるように皆への挨拶と祝福の言葉が紡がれた。
ティータイムの時とは全く違う風真に、ロイとアイリスは目を見開く。他の参列者も立派な神子だと、風真の言葉に耳を傾けた。
完璧な祝辞が終わり、風真はそっと息を吐く。
「……ロイ殿下、アイリス様、そしてアール殿下がお互いを想い合っていらっしゃることは、お顔からも伝わると思います。アール殿下が心よりお二人をお祝いしていることを、私はこの場の誰よりも知っていると自負しています。この絆は、永遠に続くものだと……」
少しだけ風真らしい口調で言うと、三人は視線を合わせて穏やかに微笑み合った。その光景は、不仲だと噂話をしていた人々の考えを改めさせるには充分すぎるほどだった。
「ロイ殿下、アイリス様。ご婚約、おめでとうございます」
最後にそう口にした途端、ステンドグラスから光が射し込み、花びらと共に光の粒が天から降り注いだ。
「花が……どこから……?」
「これは、神子様のお力……?」
「神様が、お二人を祝福してくださっているのよ」
人々は天を見上げ、静かに歓声を上げた。
(うわーっ、やりすぎーっ!)
笑顔のまま、風真は慌てる。
だが、射し込む色とりどりの光に照らされ、花びらと光に包まれたロイとアイリスが天上の人々のように美しく、風真もすぐに見惚れてしまう。
人々もその光景に感嘆の溜め息を漏らし、婚約式後に「一生忘れられない素晴らしい日になりました」とアイリスが風真の手を取り、涙を浮かべて礼を述べるものだから、やはりやりすぎで良かったのだと思えた。
その日の事は、参列者から他の貴族へと伝わり、使用人やメイドから城下の人々へも伝わった。
そしてその後、風真の元を訪れたケイからも「今代の神子様の伝説を聞きました」と笑顔でいじられる事になるのだった。
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