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令嬢の話

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 思いがけない出逢いと楽しいティータイムの後、風真ふうまは訓練場へと向かった。
 ユアンは街での仕事で不在だったが、鬼の居ぬ間にと集まった騎士たちが、熱心に風真に剣の稽古を付けた。

 兄らしく。それには妹を守れるようにならなければ。逞しい身体も必要だ。
 いつも以上に真剣な風真に騎士たちは、ユアンに押し倒されて悔しかったのかと勘違いして、体術までしっかりと教え込んだ。

 恋路を邪魔しているのではない。純粋無垢な風真が無意識に煽って、万が一ではあるが、ユアンが理性を飛ばした場合に備えてだ。
 緊急時と銘打ち、どのような体勢からでも可能な急所への攻撃を教えた事は、ユアンには内緒だと口止めをした。





 夜になりアールが訪ねて来ると、ベッドに入るなり風真はアイリスの話を切り出した。

「今日、アイリスさんと偶然庭園で会ってさ」
「何だと……?」

 アールの顔色が変わる。眉間に皺が寄り、明らかに不機嫌だ。

「え、っと……本当に偶然でさ……って、アール今、どんな感情?」
「私の知らないうちに、神子が令嬢と話した事が気に入らない」
「俺に嫉妬してくれてたのかぁ……」
「当然だ。以前、令嬢の事は記憶から消せと言ったはずだが?」
「え? ……あっ」

 王宮内で遠目にアイリスを見て、咄嗟に褒めた時に言われた。私以外を褒めるな、見るな、認識するなとも。

「それが、名を呼ぶほど仲が良くなったとは」
「眉間のシワすごい。ってか、アールのこと話したんだよ」
「私の?」
「アールが俺を可愛いって言ってくれてたこととか聞いたよ。それにアールのことをよろしくって言ってくれて、俺のことも励ましてくれて。公爵令嬢さんなのに、すごく気さくに話してくれて、すごくいい人だなぁって話をアールにしたかったんだ」

 結局アイリスを褒める結果になってしまい、アールの眉間の皺はなくならない。


「……アールは、俺がアイリスさんと仲悪い方がいい?」

 狡い聞き方だと思いつつ、風真は問いかける。予想では、アールはアイリスをもう親しい仲だと思っている。会わない方が良いかではなく、仲が悪い方が良いかと訊ねたのは、風真なりの計算だ。

「…………そうは言っていない」
「だよな」

 ニッと笑うと、アールは目を丸くした。あの神子が罠を仕掛けただと? と衝撃を受けている。

(知力、100越えたもんな)

 上限が幾つか分からないが、99を越えるのだと知り、今後も勉学に励もうとやる気が出た。

「アイリスさん、俺にアールを選んでほしいって言ってたんだよ」
「そうか。今後も会う事を認めよう」
「あっさりだなぁ。許可ありがとな」

 へらりと笑うと、アールは風真の髪をくしゃくしゃと撫でた。


「だが、相手は婚約を控えた令嬢だ」
「うん、分かってるよ。ってか、神子が相手なら変な噂とか立たないだろ?」
「そうではなく、愛嬌を振り蒔いて惚れさせるなと言っている」
「……いや、惚れないって」
「この私が惚れたのだから、他の者もそうに決まっている」
「ないって~」
「例えあの二人の絆が深かろうと、お前は例外だ」

 そう言い切るアールに、これは良くない傾向だと感じる。自分がそうなら皆同じだと考える事も、攻撃的になるのもあまり良くない。

「アール。ちょっと横暴アールが出てるっぽい。俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、みんなが同じ考えじゃないんだからな?」
「っ……」

 アールはハッとして風真を見つめた。

「人には、好みってものがあるんだからさ。アールも好みじゃない相手とかいるだろ?」
「お前以外全てだ」
「ンッ……。……まあそんな感じで、アイリスさんにとってのロイさんは、アールにとっての……俺だと思うんだ」

 自分で言って、自意識過剰ではと自己嫌悪する。だが、これほどの愛情を向けられていて、卑下する気にもなれなかった。


「……そうか。ならば、間違いは起こらないな」

 アールは長い間思案して、溜め息をつく。

「お前を想うあまり、昔の私に戻るところだった。今後は気を付ける」

 しゅんと眉を下げるアールを、褒めるように撫でる。偉そうな事を言ってしまったと風真も反省して、ぎゅうっとアールを抱きしめた。

 アイリスが自分を好きになる事も、その逆もないと言い切れる。アールが心配するような事は起こらない。

(俺の評価、愛嬌のある犬になったっぽいしな~)

 最初は神子として敬う雰囲気があったものの、最後の方では愛犬を見つめるような視線になった。そして別れ際には、今度はもっとお菓子を用意しておきますね、と言われた。
 さすがに頭を撫でるまではされなかったが、撫でたくてうずうずしている雰囲気を感じた。あの人のどこが冷たいというのか。


(アイリスさん、すごく優しい人だったな)

 公爵令嬢という高位の貴族が、皆同じ反応をするとは限らない。神子とはいえ、失礼な態度を取れば機嫌を損ね、情けない姿を見せれば蔑まれる事もある。
 今後は接する相手は慎重に選び、マナーの勉強に力を入れようと決めた。

「令嬢と仲良くなった事が嬉しくて、私に報告したのだろう?」
「えっ、う、うん……」
「気分を悪くさせて、すまない。……隠さずに話してくれて、嬉しかった」
「!」
「次に会う時は、私も同席して良いか?」
「うんっ、もちろんっ」

 笑顔で即答され、アールは安堵して風真の頬を撫でた。


「護衛から、昼にはワイマン伯爵が訪ねて来たと聞いたが」
「あっ、そうそう。護衛さんが断ってくれたけど、会った方がいい?」
「会わなくて良い。どうせ、神子に取り入り利益を得ようとしているのだろう」
「悪い人?」
「悪人とは言えないが、金の亡者だ」
「そっか。なんか、俺の知ってる貴族らしい貴族」
「間違いではないな」

 さらりと肯定する。

「ユアンさんも貴族だけど、これ以上権力いらないって人は珍しいのかな」
「ユアンは金と権力の方から寄ってきたのだから、特に欲しいとは思わないのだろう。そもそも自由を好むユアンに、権力は足枷でしかない」
「そっかぁ」

 言い切るアールに、ユアンの事を理解しているのだと感じて嬉しくなった。


「努力して手に入れたいと思ったものは、お前が初めてだろう。私も同じだが」
「……改めてすごい人たちに告白されてるって実感したよ」
「ああ、そうだ。私たち以上の者はこの世界にいない」
「だよなぁ。みんな以上に俺のこと大事にしてくれる人もいないしな」

 へらりと笑う風真に、アールは目を見開く。
 想いが伝わるという事は、こんなにも泣きたくなるものか。まだ選ばれた訳でもないというのに、今この瞬間が幸せの絶頂のように感じる。
 そう言ったところで、風真には重荷になるのだろう。込み上げる気持ちは心の奥にしまい、小さく息を吐いた。

「伯爵の件は、ユアンとトキにも共有しておく。今後も面識のない者とは話すな」
「うん。俺、まだ誰がいい人か分かんないし、アールたちに任せるよ」

 素直に了承する風真の背を、いい子だとばかりに撫でる。


「あ、じゃあ、ロイさんは大丈夫だよな?」
「駄目だ」
「えっ、和解したんじゃないのっ?」
「それとこれとは別だ。奴は顔を合わせる度に、神子は元気かと訊ねてくる。油断ならない」
「それ、アールが怒るから楽しくなっちゃってるんじゃ……」

 兄と和解出来て、嬉しくなってちょっかいを掛けているのでは。アイリスの事で泣いて懇願してきたロイを思い出すと、風真を狙う意図は全く感じられない。

「まさか、ユアンでもあるまいし」
「ユアンさん、ロイさんとも従兄弟だよな」

 何気なく言った一言が、アールを納得させた。

「ってか、和解したばかりだし、普通に話そうって言いづらいとか、アールが忙しいの知ってるけどちょっとコミュニケーション取りたいとか、そんな理由かも?」
「……奴は昔から不器用なところがあったな」

(え、可愛い)

「次からは、冷静に話してみよう」
「うん、それがいいと思うよ」

 二人が仲良くなってくれたら嬉しいと喜ぶ風真は、翌晩、風真の話を出したロイに「私の気を引きたいのか?」と言ってロイを涙目にさせた事を知り、責任を感じて説明の場を設けてほしいと願い出るなどまだ知る由もなかった。

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