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庭園と令嬢2
しおりを挟む「いけませんね……。私は口調が冷たく聞こえるようで……」
「っ、いえっ、そんなことないですっ」
誤解させた。慌てる風真に、アイリスは困ったように微笑む。
「どうお話すれば良いのでしょう……。……フウマ様、アール様を善い方へとお導きいただき、ありがとうございます。これからもアール様のことを、よろしくお願いいたしますね」
「!」
「偉そうに聞こえるかしら……。私が言えることではありませんものね……」
「いえっ、嬉しいです!」
風真は身を乗り出してアイリスを見つめた。
「アールを幼い頃から傍で支えられていたアイリスさんに、そんな風に言っ、仰っていただけて……それも、こんな俺に……」
アールを託してくれた。認めてくれた。公爵令嬢であり、アールの婚約者として傍にいた彼女に。
喜びと同時に、劣等感が襲う。託して貰えるほど、彼女以上にアールのためになることが出来るだろうか。王太子である、アールのために。
徐々に俯き小さくなる風真に、アイリスは目を瞬かせた。
「以前のアール様がお心を開かれた方が、こんなお方であるものですか。ただ腑抜けになられたのではなく、素晴らしい王太子となられているのですよ? それはフウマ様のお力です。人を善き方へと導く才能と努力の結果です。誇るべき事なのですから、胸を張りなさい」
「はっ、はいっ!」
凛とした声で諭され、風真はビシッと背筋を伸ばす。アイリスはハッとして口元に手を当てた。
「……大変失礼を」
「いえ、俺、アイリスさんみたいな人、大好きです」
自信を持たせてくれる。強くて格好良い人だ。まるで姉のようだと、風真は憧れを込めた瞳でアイリスを見つめた。
「っ……、ありがとうございます……」
諭した相手に好意を向けられた事など、ロイ以外にはない。それに、こんなにも真っ直ぐな瞳で見つめられた事も。
「私も、フウマ様をとても好きになりました」
「!? ありがとうございます!」
「御使いの方々がフウマ様を大切に想われる理由が、良く理解出来ました」
微笑ましく見つめられ、カァ……と風真の頬が染まる。どこまで知られているのだろう。
「私としましては、アール様を選んでいただければと願っております」
「っ……」
全て知られている。風真は笑顔のままで固まった。
「ですが、愛とは思い通りにならないものだと、私は良く存じております。私の願いは、フウマ様がどなたをお選びになられようとも、アール様を大切に想い続けてくださることです」
「はいっ、それは約束しますっ」
勢い良く即答され、アイリスは目を見開く。
赤みを帯びた黒の瞳は、真っ直ぐで芯の強さを感じさせる。アールを大切に想い続けると、その約束は幾年過ぎようとも破られる事はない。そう信じられた。
「フウマ様がアール様のお側にいらっしゃるなら、私も安心して国を離れられますね」
「え……?」
「お聞きになられていませんか?」
「はい……」
アールは、ロイとアイリスはいずれ国を出て行くと言っていた。関係が改善した今も、その話はなくなっていないのだろうか。
暗い顔をする風真に、誤解があるのだろうとアイリスは明るく笑った。
「ロイ様は、国王陛下の兄上が治められている大公領を継がれるのです。ロイ様とアール様のどちらか、国王になられない方が継ぐ約束だと仰られていましたので、ロイ様と私がそちらへ向かう事になりますね」
「……じゃあ、アイリスさんは……大公妃様に……?」
「はい、いずれは。幼い頃より学んできた事が生かせるのではと、今から楽しみでなりません」
「そう、ですか……」
安堵のあまり項垂れてしまう。
「出て行くとだけ聞いてたので、ロイさんとアイリスさんはどうなるんだろうって考えてました……」
「私たちの心配をしてくださっていたのですね」
ふわりと花が綻ぶように微笑んだ。
「フウマ様は臣下と民の心に寄り添える、素晴らしい王太子妃になられるのでしょうね」
「……でも俺、頭も良くないですし、すぐ慌ててしまいますし……」
「フウマ様は、この国がお好きですか?」
「はい、好きです」
「そのお気持ちが、王太子妃に最も必要なものです。そして、夫婦間の信頼関係。そのどちらもフウマ様はお持ちですもの。仕事は後から覚えれば良いのです。その仕事もご自身で全てこなされず、臣下を上手く使う方法をまず覚えていただいた方が良いでしょうね」
「アイリスさん……。ありがとうございます。俺、頑張ります」
真っ直ぐな返事に、アイリスはそっと頬を緩める。
「ご不安はなくなられましたか?」
「はいっ」
「では、アール様をお選びいただけますね?」
「は、っ……えっ」
勢いで頷くところだった。アイリスさんまで誘導尋問! と内心で地団駄を踏んだ。
「ふふ、アール様の仰る通り、フウマ様は大変愛らしいお方ですね」
「っ……、どんな話を……」
「可愛くてたまらないと仰られておりました」
「アイリスさんにまでそんな話を……」
元婚約者にまで惚気るとは。それを嬉しそうに話すアイリスもアイリスだ。本当にお互いに恋愛感情はなく、今は良い関係なのだと、言葉以上に訴えてきた。
そんな話が出来るほどに和解した事は嬉しいが、その話題が自分というのは何とも居心地が悪かった。
「……本当に、愛らしいお方」
アールが愛嬌のある犬だと言った時はさすがに失礼だと思ったが、こうして話して納得してしまった。大変愛らしい、小型犬だ。
「まだ先になりますが、ロイ様と正式に婚姻を結べば、私はアール様の義妹になります。フウマ様にも、妹として接していただければと……」
「妹っ、……堂々とそう思えるように、俺は兄らしい落ち着きを学びますね……」
今のままでは、兄というより弟だ。
「フウマ様は充分素敵なお方ですよ。これから出来る兄が大変落ち着いたお方なので、もうお一人のお兄様は明るいお方であって欲しいですわ」
「お兄様っ……」
「少々気が早いのですが……。今後ともよろしくお願いいたします、お兄様」
「っ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
パァ、と瞳を輝かせる風真に、アイリスはにっこりと笑みを浮かべた。
アールの妹になろうとも、風真の妹になる訳ではない。風真からすればせいぜい友人の妹という立ち位置だ。
風真がいつかそれに気付き、アールと結婚すれば正式に妹になるのでは? と前向きに考えるきっかけになればと、アイリスは薄く微笑んだ。
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