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庭園と令嬢

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 それから数日。アールは毎晩訪ねて来ては、朝まで共に眠って帰って行った。
 それを知ったユアンの機嫌を損ねてしまい、朝食後から昼前まではユアンの抱き枕になっている。夜に一緒に寝たいと言い出さないあたり、ユアンもアールの疲労を心配しているのだ。

(姉ちゃん……健全だけど、すごいイベント発生してる……)

 一日の半分を、イケメンたちに抱きしめられて過ごしている。
 魔物の襲撃は、風真ふうまが呼ばれるまでもない小物以外になく、ドラゴンもまだ訪ねて来ない。外へ出る理由もなく、離れでのんびりと過ごしていた。

 結界も、攻撃され続ければ強度が下がる。騎士たちがわざわざ討伐に出るのはそのためだ。破られた時に次の神子が必ず召喚される保証はない。
 出来れば少しずつ強化しておきたいが、アールは一日中忙しく、ユアンも午後は仕事に出る。
 トキには騎士を率いる権限がなく、結界に近付くには護衛だけでは安全面から許可が下りなかった。


(籠の鳥、っていうには行動範囲広いよなぁ)

 王宮の地図を眺めながら思う。
 庭園もいくつもあり、花を愛でる趣味のなかった風真でも、毎回感動するほどに綺麗に整備されている。
 休憩をしたり軽食を取れる異世界らしい外観の東屋もあり、キラキラと太陽の光を弾く噴水や水路もある。

 王宮の中もまだ全て見て回れた訳ではなく、離れですら行っていない部屋がある。まずは知力と体力を上げようと勉強に力を入れていたためだ。

(行ってないとこいっぱいあるし、どっから行こうかな)

 地図を眺めていると、ノックの音がした。


「神子様。ワイマン伯爵様がお目通りを願っておりますが」
「え、誰ですか?」
「国政に携わる方のお一人です。お断りしてよろしいですね?」

(断ること前提だった)

 確かにアールたちの許可なく知らない人に会うのは良くない。風真は頷いた。

「御使いの許可と同行がなければお会い出来ないので申し訳ありませんと、出来るだけ穏便にお願いします」
「かしこまりました」

 護衛は一礼して廊下を歩いて行く。無愛想な護衛だが、神子の不利になる事はしない。きっと謝罪までしっかり伝えてくれるだろう。
 戻ってきた護衛は、言葉通りに伝えたとわざわざ報告してくれた。ありがとうと言うと、仕事ですので、といつも通りの言葉が返る。今日は一緒にお茶をしたいと言ってみたが、やはり断られてしまった。





 今日は王宮の裏にある庭園を訪れる事にした。庭園の中でも小さく、あまり人の訪れない場所だ。

「神子様?」
「え?」

 のんびり散歩を楽しんでいると、突然背後から声を掛けられた。

「わっ、公爵令嬢さ、……様」
「ディリアン公爵家、アイリスが、神子様にご挨拶申し上げます」
「っ、初めまして、早川 風真と申します」

 優雅なカーテシーに一瞬見惚れてしまい、慌てて深く頭を下げた。

「神子様はわたくしより高位のお方でございます。どうぞお気を楽になされてください」
「高位……」

 神子は王族と同等。公爵家より上だ。だが、気を楽にとアドバイスしてくれるという事は、風真が権力に慣れていないと知って気を遣ってくれたのだ。


「……では、お願いをしたら聞いていただけますか?」
「はい。何なりとお申し付けくださいませ」

 アイリスはまた頭を下げる。

「ご存知かもしれませんが、お……私は元の世界で平民だったので、敬われることに慣れていません。この場だけでもいいので、友人のように話していただけないでしょうか」

 ロイが泣くほど好きな相手なら、冷たい人ではない。そう考えてのお願いだった。
 口調は頑張って丁寧にしたつもりだが、貴族令嬢にお願いするには失礼な内容かもしれない。王族同等の相手に友人のように話すなど、誰か聞かれたら問題になるだろうか。

(困らせたかな……、困らせたよな……)

 高位という立場からお願いしたものだから、アイリスとしては断れない。そう気付いた途端、サァ……と血の毛が引いた。

「すみませっ、申し訳ありませんっ、やっぱり今のはっ」
「この場だけで、よろしいのですか?」
「えっ? あっ、えっ、出来ればこれからもっ」

 焦ったあまり素直な気持ちが零れてしまい、風真はハッとして唇を引き結んだ。

(神子らしく~っ!!)

 外では神子らしくするとアールに言ったのに、と風真はぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと開けて神子らしく穏やかな笑みを浮かべてみせる。
 するとアイリスは目を瞬かせ、ふわりと花が綻ぶように笑った。


「にわかには信じられませんでしたが、神子様はロイ殿下の仰る通り、身分に捕らわれず接してくださるお優しい方でいらっしゃるのですね」
「え……? ロイさ、……ま?」

 ロイさん、と言い掛けて咄嗟に訂正した。

「お好きにお呼びいただいてもロイ殿下は怒りませんわ。私の事は、アイリスとお呼びくださいませ」
「はい、アイリス様」
「アイリス、と」
「ア……アイリス、……さん」

 女神のような公爵令嬢を呼び捨てなど無理だ。アイリスさん、ともう一度言うと、アイリスはそっと瞳を細めた。

「では私も、フウマ様、とお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。俺のことも呼び捨てか、さん付けでお願いします」
「ふふ、申し訳ございません。そのような呼称に慣れておりませんので、フウマ様とお呼びしたいのです」
「んっ、……分かりました」
「ありがとうございます、フウマ様」

 アイリスは美しく微笑む。そして風真を近くの東屋へと促し、侍女にお茶の準備をさせた。

(ロイさんがああなるの分かる気がする……ってか、なんかトキさんに似てるな……)

 この短時間で様々な事を感じ、この人を怒らせたらいけない、と本能的に理解した。


(強くて頭良くて綺麗な人……アイリスさんみたいな人が、王妃様になるのが正解なのに……)

 ゲームの設定上、神子が召喚されるのは婚約破棄の後だ。その後もロイが嫌味を言いに来る程度で、アイリスとの接点はない。どのルートでもアールとアイリスが再び婚約するとは聞いた事がない。
 ユアンやトキルートでは、アールは別の令嬢を妃として迎えるのだろうか。そうなれば、ロイとアイリスはどうなるのだろう。

 地方に移住するアールルートでは、ロイが王になる。そうすれば、アイリスが王妃だ。アイリスが王妃になれば、きっと国政は滞りなく進む。

(でも、あんなに頑張ってるアールが王様を諦めるのは嫌だ……)

 もし、自分がアールを選んだら。
 もし、アールが自分といるために、地方領主になる事を選んだら。
 ゲームの主人公はそれがハッピーエンドでも、自分はそうではない。アールにはやりたい事を諦めて欲しくない。

 だが、それを理由にしてユアンを選ぶ事は出来ない。選ぶなら、きちんと自分の気持ちでユアンを愛したい。

 それでも、アールが地方領主にならなければ、アイリスは王妃になれない。王妃になるべく育てられたというのに、諦めるしかないのだ。


「私とロイ殿下の関係は、お聞きになられていますか?」
「っ、はい……。幼い頃から想い合っていたと……」

 考え事をしていた風真は、びくりと肩を震わせた。

「アール殿下に婚約破棄をされた原因は、私にあります。婚約者でありながら、気持ちを表に出してしまいました。殿下の婚約者に選ばれた時に、捨てなければならない想いだったというのに」

 アイリスはそっと瞳を伏せる。

「公の場で婚約破棄を告げられた事で私は、アール殿下の横暴により婚約破棄をされ、運命の相手であるロイ殿下と結ばれた世紀の大恋愛の主人公として語られています」

 語られている。それなら、アールは冷酷な王太子として誇張して描かれているかもしれない。風真は紅茶の注がれたカップに視線を落とした。

「そのせいで、アール殿下は王太子としての資質を疑われるようになられてしまい……。私とロイ殿下が、あの婚約破棄はアール殿下が私たちを想っての事だったと申し上げても、誰一人信じてくれませんでした」

 アールが今、王太子として認められるために頑張っているのは、そんな人々に王太子として認めて貰うためだ。


 その頃のアールは確かに横暴で、王になればクーデターを起こされそうだと風真も思うほどだった。
 だが、もしアイリスがアールを愛していたら、違う結果になっていたかもしれない。婚約者が弟を愛している事で、アールは傷付いて、当たっていたのかもしれない。

 だからといって、アイリスが悪いと責める事も出来ない。好きになる気持ちは止められないもの。
 誰が悪いなど言えない。後から現れた自分には、誰かを責める資格すらなかった。

 視線を落としたまま唇を引き結ぶ風真に、アイリスはそっと瞳を細める。


「ですが、神子様が殿下を善い方へと導いてくださいました。そして今では、アール殿下は自らが悪者になり、夜会という場で婚約破棄を告げたのではと、そう考える人が増えてきたのです」

 アイリスは嬉しそうに頬を緩めた。

「私には成し得なかった事を、神子様は短い時間で成し遂げられました。本音を申しますと……悔しくないとは申せません。ですが、そのような妬みも些細なものに思えるほど、神子様には心より感謝しております」

 その言葉に、どう返すべきかと風真は躊躇う。どう答えても、アイリスを傷付けてしまう気がした。
 口を開けずにいる風真を萎縮していると誤解したアイリスは、瞳を伏せ、眉を下げて笑った。

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