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欲がないのも

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(……貞操観念な)

 キスをされそうになった時だけは、息を吹き返した。まだ完全に死んではいない。気持ち良さには、負けてしまったが。
 風真ふうまは目を開け、天井を見つめる。

(いや、もうセッ……じゃん……)

 愛していると囁かれ、服は着ていたが抱き合ってとても気持ち良い事をした。入っていないだけで、もはやそれでは。
 ユアンに申し訳ないと思ったところで、ユアンには下を咥えられた。もはやどちらもそれではないか。

 ううっと自己嫌悪に唸ったところで、アールが戻る足音がして、咄嗟に目を閉じた。


「寝たか?」
「起きてるよ」
「そうか」

 嬉しそうな声を出し、湯を張った桶を床に置く。

(元横暴で冷酷な王太子殿下が、こんな後処理を……)

 腹と手に飛び散った名残を拭い、湯で綺麗に風真の体を清めてから、汗をかいただろうからと新しいパジャマを着せられた。

(ゲームのアールエンド後はこんな甘々なのかな……、教えて姉ちゃん……)

 とはいえ、本当に由茉ゆまとの通話で問う訳にはいかない。こんなことしました、と暴露するようなものだ。恥ずかしくて死んでしまう。

 アールはタオルと桶を片付けてから、テーブルの上の荷物から、新しいパジャマを出した。


(んん? 用意周到すぎでは?)

 その視線に気付いたアールは、ふっと笑みを浮かべる。

「いつフウマが私を選んでも良いように、備えて来た」
「ンッ、……選んですぐ、するわけじゃないのに」
「しないとも限らないだろう?」
「それは……、……断言出来ない」

 これだけえっちなイベントに慣れていたら、想いが通じ合ってすぐに体を重ねてもおかしくない。そもそも、恋人になったなら貞操観念だ何だと言う理由はなくなるのだ。

(アールもユアンさんも……いや、俺もか……)

 天才のアールと、経験豊富なユアン。どちらも任せておけば痛いことも怖いこともなく、ただただ気持ち良さに鳴かされるのだろう。そう確信しているのだから、断る理由など思い当たらない。

 そこでふと、躊躇う理由ならあるなと視線を伏せた。


「……アールが俺の……解すとか、居たたまれないかも」
「指だが?」
「指でもさ、本来、汚い場所じゃん?」
「何を言っている?」
「ええっ……、だって排泄器官だし」
「だとしても、お前に汚い場所などない」

 そこでアールは何事か思案する。

「神子ならば、その身の全てが神聖なものだ」
「嘘つかずに上手いこと言うようになったよな~」

 成長してる、と言う風真に小さく笑い、アールもベッドに横になった。

「触れるのは、また私だけ駄目か?」
「いや、そこに関しては誰が相手でも同じこと思うよ」
「その相手も、フウマに汚い場所はないと断言するだろう。……触れるような状況にはさせないが」

 仮想の相手に嫉妬して、ぎゅうっと風真を抱きしめる。最近ますます可愛くなったなと風真はぽんぽんとアールの背を叩いた。

「アールって、俺のこと綺麗とか可愛いって言ってくれるから、実際に汚いとこ見せたら幻滅されそうで怖いな」

 嫌われるのではなく、がっかりされる方の怖さだ。どうあっても美少女でも美少年でもない。
 自分でも実際に見た事はないが、秘めた場所が漫画のように綺麗な見た目をしているとは思えなかった。


「……寝汚いと言うには、きちんと朝食に間に合わせて起床し、寝起きも元気が良い。意地汚いと言うには、周囲を和ませるほど嬉しそうに食べる。そもそも量が足りていないが」
「え、いや、そういう汚さじゃなくてさ……でも褒めてくれてありがと」
「では、どのような汚さだ?」
「えっ、その……」
「何を聞いても論破する自信がある」
「論破される自信しかない」

 幻滅されるかも、という心配は一瞬で消えた。今のアールは無敵だ。

「私たちは最初の印象が最悪だったからこそ、今は何を見ても聞いても幻滅する事はないのだろう?」
「ふはっ、そうだった」
「自分勝手に振る舞っていた頃の私を見捨てなかったのだから、これからもフウマが私を嫌いになる事はないのだろうな」
「うん、ならないよ」
「恋愛感情を抜きにしたら、私の事を好きだと言えるか?」
「……うん、好き」
「もっと言ってくれ」
「……好きだよ、アール」

 大好き、と笑うと、痛いくらいに抱きしめられた。


「その言葉を私だけのものにするためには、何を捧げれば良いだろうか。宝石も城も島も、王太子妃の座も、国ですら迷惑にしかならないのだろうな」
「えっ、ええっと……」
「欲がないと言うのも、困ったものだ」

(貴族レベルの欲はないかな……)

 毎日美味しいものを食べて、好きな時に本を読んで運動をして、眠くなったら昼寝をして。楽しく話せる相手がいて、時々気持ち良いことをして。欲は全て満たされている。
 ただ一つ満たされないとしたら、姉に会いたいという欲だけだ。

「俺にも欲くらいあるよ。今は、アールの疲れが取れて欲しいなって思ってる」

 ぎゅっと抱きつくと、息を呑む気配がして、はぁ……と溜め息をつかれた。

「それが計算ならば、付け入る隙もあるのだが」
「え、なんかごめんな」
「神の子とはよく言ったものだ。その純粋さで、邪なものを寄せ付けないのだな」
「ええっと……」
「疲れどころか、情欲も消え去ってしまった。さすが私の神子だ」
「ええっと~、アール……?」
「好きだ」
「!」
「明日もまた、私を癒して欲しい」
「うん、俺で良ければ……」
「お前でなければ駄目だ」

 黒髪に唇を寄せ、ちゅ、と音がする。そのまま次の言葉はなく、すーすーと寝息が聞こえ始めた。


(眠いのに無理させちゃったかな……)

 おかしな事を言ったばかりに、一緒に抜いて後処理をするという体力まで使わせてしまった。本当は、訪れてすぐに眠らせた方が良かったのに。

(明日からは、すぐに寝て貰おう)

 夜は風真が起きている時間に訪れる分、まだ陽も昇らないうちから仕事を始める。いくらアールでも、睡眠不足が続けば身体を壊すだろう。
 お疲れさま、とそっと髪を撫でると、フウマ……と珍しく寝言が返ってきた。

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