比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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アールのお礼

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 朝帰りどころか昼前に帰り、ユアンと揃って王宮のアールの執務室に呼ばれた。
 何事かと思っていると、こんな時間に帰ったのか、何もなかったかと小言を言われた。ユアンが風真ふうまに「昨日から君の顔を見てなかったからね」と囁くと、近い、と怒られた。

 出された桃のケーキを食べ、嬉しそうにする風真を見るとアールの機嫌は良くなり、最後にはクッキーを持たされて部屋を出た。
 可愛い拗ね方だと笑いを堪えるユアンに、申し訳ないと思いつつも風真も同意する。アールは日に日に可愛くなる。



 そしてその晩。アールが部屋を訪ねてきた。

「二人からも渡されたと思うが、結界を強化した礼だ」
「えっ、そんないいのにっ、気にさせてごめんなっ」
「謝るな。別の言葉が聞きたい」
「へ? ……あっ。アール、ありがとなっ」
「ああ」

 アールは満足そうに口の端を上げ、開けてみろ、と風真の手を取りソファへと連れて行く。

「クッキーも貰ったのに、ほんとありがとな。ってか、ラッピングから綺麗で開けるの勿体ないなぁ」

 綺麗に巻かれたリボンをそっと解き、包装紙を丁寧に外す。中から現れた箱を開けると、皺一つない白い布が入っていた。
 それは、大きな一枚の布だ。

「っ、これってもしかしてっ」
「ああ、そうだ」

 アールはベッドへと向かい、布団と剥がしたシーツをソファに置く。


「えっ、アール自らっ……」
「これも礼の一部だ」

 風真の手からシーツを取ると、手早く綺麗に敷いた。

「おおっ……すごい、王子様なのに俺より上手……」
「調べた。お前を寝かせるものだからな」
「ンッ、……ありがと」

 最近ではサラリと零れる言葉すら甘い。アールは枕と布団を元の位置に置き、寝てみろと視線で示した。

「じゃあ、失礼して……」

 パジャマの上を脱ぎ、半袖の下着姿でそっと横になる。

「んあぁー……俺の部屋が天国にー……」
「気に入って貰えたか?」
「天国への扉をありがと~、アールさいこ~」

 目を閉じて両手をぱたぱたと動かし、肌触りを堪能する。

「これがあるからと言って、私の部屋へ来る事を控えるなよ」
「分かってるよ~、アールの部屋は窓とバルコニーあるじゃん。これからもお邪魔します」

 当然と言わんばかりの風真に、ふっとアールは笑い、ベッドの縁に座り黒髪を撫でた。

(俺の部屋には導入しないって言ってたのに、アール渾身のお礼なんだな)

 嬉しくなってへらりと笑う。ありがと、と言うとアールの手が頬まで撫で始めた。


「あー……今すぐ寝れる……」
「風呂は入ったか?」
「入ったよ~」
「私もだ」
「そっか~……って、アールっ?」

 ベッドが揺れ、アールが隣に横になる。

「ユアンとも寝たのだろう?」
「言い方に語弊がある」
「語弊という言葉を知っていたのか」
「知力めちゃくちゃ上がったからな。昔の俺とは違うんだよ」
「成長したな」
「子供扱いやめて~」

 髪をくしゃくしゃと撫でられ、兄がいたらこんな感じかなと苦笑した。

「襲いはしない。ただ同じベッドで眠るだけだ」
「うん、……ごめんな」
「謝るな。初夜を拒まれた気分になる」
「初っ……」
「私を選べば、一生忘れられない夜にしてやれるが」
「っ……」

 頬を撫でられ、びくりと震える。

(アールは天才だからなぁ……)

 本気で学べば、経験値がどうでもそんな夜になる事は間違いない。それにただでさえ感じやすい自分など、きっと一溜まりもない。


「経験のあるユアンでなければ不安か?」
「えっ? いやっ、ユアンさんも男性経験はないだろうしっ……不安なのは俺の問題というかっ」
「……そうか。安心しろ。痛みなど感じないほどに、慣らしてやる」
「っ……、そうじゃなくてっ」

 アールなら本当にぐずぐずになるまで慣らしてくれるのだろう。それこそ、もう挿れて欲しいと泣き出すほどに。

「う~……そうじゃなくて、……アールって天才だろ? アールがそっちの勉強したら、俺が色々とすごいことになりそうで……」

 煩いほどに喘いで、打ち上げられた魚のように跳ね回りそうだ。ぼろぼろと泣いて、下手したら力が抜けて粗相をするかもしれない。

(漏らすのはトキさんの前だけにしたい、切実に)

 これ以上誰にも情けない姿を見せたくない。例え、気持ちが良い証拠だと喜ばれたとしてもだ。


「……そうか」

 アールは納得したように、そっと息を吐いた。

「期待していろ」
「!?」

 ふっと唇が意地悪な笑みを作り、ボッと風真の頬が赤くなった。

「うあぁっ、アールのレベルが上がってしんどいっ……」
「目を逸らすな。私の顔が好きだろう?」
「~~っ、むり~っ!」

 顎を掴まれ、間近で空色の瞳に見つめられる。逃げられない風真はぎゅっと目を閉じた。

「口付けられたくなければ、目を開けろ」
「!」
「好きだ、フウマ」
「!!」

 焦点が合った途端に甘い声で囁かれ、咄嗟に身を捩ってアールに背を向ける。すると背後から、クスクスと声が聞こえた。

「意地悪をしすぎたか」
「……です」

 肯定すると、そっと腹に腕が回される。


「お前は暖かいな」

 もう意地悪は終わりだとばかりに、髪に顔が埋められた。

「アールはちょっと冷えてるな。低体温? ってか低血圧?」
「朝には強くないが、そうだろうか」
「そうかも。朝はあったかいもの食べるといいかもな」

 アールの手に触れ、暖めるように包み込む。

「お前はいつも私の心配をしてくれるな」
「心配……なんだよなぁ。アールって何でも出来るし自分に厳しいから、あんまり休もうとしないだろ? 王太子が大変なのは分かってるし、使いの仕事もあるから、体調に気を付けられるとこは気を付けて欲しいんだ」

 すりすりと腕も撫でる。

「ほんとはこの時間も、睡眠に回して欲しいよ」
「睡眠より、お前に触れていたい」
「ンッ、……まあ、ハグするとストレス消えるって言うしな」

 もぞ、と身を捩り、向かい合わせでアールを抱きしめた。

「人肌とは、……いや、お前だからこんなにも落ち着くのか」

 アールも風真を抱きしめ、ふわふわとした黒髪に顔を埋める。

「毎晩こうして抱きしめて眠り、目覚めて最初にフウマの顔を見られたら、……幸せだろうな」

 腕の中の暖かな体温を感じ、そっと目を閉じる。愛犬に対する安心感とはまた違う、込み上げる愛しさ。そうして目覚めた日は、一日中心穏やかに過ごせるのだろう。


「……先に眠りそうだ」
「俺もすぐ寝そう。おやすみ、アール」
「ああ。……おやすみ、フウマ」

 ちゅ、と髪にキスをする音がして、すぐに静かな寝息を立て始めた。

(アール、疲れてるもんな……)

 王太子のうちからこんなにも忙しいのは、未だにアールが王位を継ぐ事に難色を示す一部の臣下や国民たちを納得させるためだと、今朝アールに聞いた。
 ある程度成果を出せば、元通りの仕事量になるらしい。

 今は王の仕事を幾つも引き継ぎ、代わりに王は王妃と小旅行を楽しんでいる。今まで忙しくしていたからと旅行を提案したのはロイで、アールも二つ返事で了承した。

 想い合う相手と共にゆっくり過ごしたいという気持ちは、今のアールには良く分かる。国の事は自分とロイに任せて欲しいと言うと、その気遣いと、ロイとの確執がなくなった事に、王と王妃は涙を流して喜んだという。

(天才でも、仕事量自体が減るわけじゃないもんな)

 今朝、執務机の上に積まれた書類の山を見てから、自分にも何か出来ないかと考えていた。自分が安眠をもたらせるなら、今はそれに徹しよう。

 そっと背を撫でると、すり……とアールの頬が擦り寄せられた。





「ん……、アール……?」
「起こしたか」

 体を起こそうとする風真を、アールはそっと押し留めた。

「まだ寝ていろ。朝食までには戻る」
「うん……でも、あんまり無理はしないで」
「ああ。行ってくる」
「いってらっしゃい」

 微睡む瞳にキスをして、また寝かせるように髪を撫でる。
 すぐにすーすーと寝息を立て始める風真をしばし見つめ、後ろ髪を引かれながら部屋を後にした。

「……幸せとは、こういう事を言うのだな」

 至福の表情と、満たされた声。
 何があったかなど、護衛として邪推はしない。だが何か返答するべきかと、静かに様子を伺う。

「神子の衛りは任せたぞ。神子が懐いているお前を、頼りにしている」

 護衛が敬礼をして答えると、アールは満足気に口の端を上げて、廊下を歩いて行った。

 王太子自ら労う声を掛けた事すら、今の甘い表情の前では霞んでしまう。横暴だった王太子を変え、あのような表情までさせる風真の偉大さに、一生を懸けて護る主は神子様だと扉を見つめ心を新たにした。

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