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夜からの朝

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「み~んにゃぁ、らいしゅき~っ」

 過去一番の泥酔具合。ふにゃふにゃの笑顔で両手を広げる風真ふうまに、同じく酔った騎士たちは「神子様ー!」「大好きです!」と歓声を上げる。

「へへ……、しぁわせぇ……」

 ぽやぽや、ふわふわ。
 心地よさに包まれながら、ユアンが口元に近付けたグラスから水を飲む。ぷはっと息を吐き、もう一口、と口をあむあむさせた。


「神子君、ユアンは好き?」
「ゆあん……」

 とろりとした瞳で、ユアンを見上げる。

「ゆあん……?」

 こてん、と首を傾げ、ぺたぺたとユアンの頬に触れた。髪にも触れ、ふわふわでサラサラの手触りにへらりと笑う。

「ん~っ、しゅきぃ~っ」

 がばっと抱きつき、胸元にすりすりと頬擦りをした。

「ゆぁ……、しゅ……ぃ……」

 むにゃむにゃと小さな声を漏らし、ぱたりと両手が落ちる。最後に「ゆあん……」と名を呼び、すーすーと寝息を立て始めた。

「すっかり安心しきっておられますね」
「神子君は、残念ながら危機感がないからね」
「ご自分が一番の危険地帯だと自覚があられるなら、こちらをお渡ししましょう」
「君も残酷な事をするな」

 自覚があるなら自制も出来ますよね? と暗に圧を掛けながら部屋の鍵を渡す副隊長に、ユアンは肩を竦めた。





「この度も、大変なご迷惑を……」
「今回も律儀な神子君が好きだよ」

 眩しい朝の光の中、ユアンはくすりと笑い、額にキスをした。

(ううっ、またやってしまった……)

 案の定全裸で、ユアンの腕の中で目を覚ました。
 あれだけ飲んだというのにトイレに駆け込みたい衝動がないということは、寝る前に自力で行ったか、それとも……。

「……あの、何か、掃除をするような事態は……」
「起きてないよ? 神子君は酔い方もいい子だからね」
「安心しました……」

 直近でトキの事があっただけに、癖になって漏らしたかと思った。きっと自力で行ったのだ。風真は安堵するが、実際はユアンが全て世話をしていた。
 駄々を捏ねながら甘える風真に頬を緩め、子供扱いをしすぎないよう、大人として触れすぎないよう、絶妙なラインを守って全てを終わらせた。
 そうしてベッドに寝かせた後、風真の方から手をぱたぱたさせてユアンに添い寝をねだったのだ。


「……可愛かったな」
「!?」
「あ。何もしてないよ」
「ほんと……ですよね?」
「本当だよ。どこか痛い?」
「いえ……。すみません、なんか声が本気トーンだったので……」
「本気で可愛かったから」

 また本気の声が返り、びくりと震えた。

「俺は、何かしてしまったんでしょうか……」
「心配するような事は何もなかったよ。ただ、俺が嬉しい事ばかりしてくれたかな」
「っ、俺は何をしてしまったんですかっ」
「本当に聞きたい?」

 するりと背を撫で、意地悪な笑みを浮かべる。

「ひゃっ、わっ、ユアンさんっ」
「昨夜の君は、とても可愛かったよ」
「んぁっ……、~~っ、声やめてくださいっ」

 これも本気トーンで耳元に囁かれ、腰がずくりと反応してしまった。

「君から俺を求めてくれて、嬉しかったな。あんなに熱い夜だったのに、忘れたとは言わせないよ」
「何をしたんですか俺っ……」
「今すぐ、思い出させてあげる」
「!?」

 グッと腰を抱き寄せられ、手のひらが背を撫でる。そのまま下へと下りて……。


「……なんてね」
「へ? ひゃっ、わわっ……ひゃふっ、ははっ!」

 軽く尻へと触れた手は、また上がって脇腹を撫でた。今度はしっかりと擽る目的の手つきで。

「ユアンさっ……ひっ、ひゃんっ、ひゃあっ」
「擽るのも命がけだな」

 ひゃんひゃん鳴き出した風真のソレは反応せずに済んだが、ユアンが元気になりそうだ。ここで手を出せば副隊長に一生冷たい目で見られるなと苦笑して、手を離した。

「いつも通り、大好きって言って甘えてくれただけだよ」
「っ……は、ぁ……」
「その悩ましい吐息を、違う理由で聞きたかったけどね」

 額に掛かる黒髪を指先で払い、こめかみにキスをする。風真の呼吸が整うまで髪を撫で、額にも口付けた。


「二日酔いの薬は必要?」
「ん……今日は大丈夫みたいです。ありがとうございます」
「神子君は飲む度に強くなってるのかな。翌日に残らなくて良かったよ」

 優しい声音。風真はそっと目を閉じ、触れる体温を感じる。

「飲み過ぎないようにって、思ってはいるんですけど……」
「彼らに勧められたら、神子君は断れないよね」
「それもあるんですが、ユアンさんが一緒なら大丈夫っていう、甘えがあるんです」
「っ、……それは光栄だな」

 ユアンは一瞬息を呑み、風真の髪を撫でた。

「どんなにベロベロになっても、ユアンさんは呆れずに朝までお世話してくれるじゃないですか。楽しい飲み会から、俺の記憶は朝まで続いてて……目が覚めた時に、いつも安心するんです」

 元の世界では、何かしてしまったかもと、誰もいない部屋で不安になる事ばかりだった。だが今は、大丈夫だと言ってくれる人がいる。一人じゃない事に幸せを感じる。

「ユアンさんの体温も安心しますし、……って甘えすぎなので改善したいと思ってますっ」

 これでは甘えるというより、世話をしてくれる人がいて良かったーと言っているようではないか。それに、本当に甘えすぎている。今の関係でこれは良くなかった。


「まさか、昨夜より嬉しい事を言って貰えるとはね」

 自己嫌悪に陥る風真に返ったのは、嬉しそうな声だった。

「君は変わらずに、むしろもっと甘えて、もっと俺を頼りにして欲しいな」
「ユアンさん……」
「神子君。俺はね、君が一人じゃ何も出来なくなるくらいに甘やかして、全てを俺の手でしてあげたいと思ってるんだ。それに比べたら、今の状況は全く足りてないと思わない?」
「へ……」
「君が思う最大限の甘え方でも、やっとかな。俺のためと思って、これからはもっと甘えて欲しいな」

 ぎゅうっと抱きしめられ、肌がぴったりと触れ合う。伝わる力強い鼓動。トクトクと規則正しく脈打つ速さに、風真は無意識にほっと息を吐いた。

「ユアンさんみたいな人を、懐が深いって言うんでしょうか」
「ふっ、んんっ、どうだろう。君以外には浅いからなぁ」
「じゃあ、男らしい、ですね。受けとめる力がすごいです」

 そっとユアンの背に腕を回し、すり、と擦り寄った。


「……俺は逆に、だんだん酷い男になってるんですが」
「フウマは優しいよ。困らせてるのは俺たちなのに、俺たちが求める事を拒絶しないでくれる。俺たちは、君が自己嫌悪するって分かってるのに、君に触れる事をやめられないんだ」

 酷いのは俺たちだよ、と宥めるように背を撫でる。

「君がもしアールを選んでも、君を飲みに連れ出して、一緒に朝を迎える事はやめないよ。もし俺を選んでも、アールは君を自分の部屋に引き入れる事をやめないだろうし」

 トキもそうだ。今より配慮はするが、愛情を持って触れる事はやめられそうにない。

「俺を選んだら、どんな朝も幸せな気分で目覚める事を約束するけどね」

 頬を撫で、蕩けるような甘い瞳で風真を見つめる。それだけで、どれほど愛されているか痛いほどに伝わった。

「もう少ししたら、朝食を持ってくるよ。その前に少しだけ、フウマを食べてもいい?」
「は……えっ! だっ、駄目ですっ、お腹壊します!」

 かぷ、と肩を噛まれ、咄嗟に出たのがそんな言葉だった。

「っ、神子っ……神子様なら、腹痛を治す方じゃないかな、っ」
「めちゃくちゃ笑われてるっ」
「笑ってないよ? っ……、ははっ、神子君が可愛すぎて駄目だっ」

 ユアンにしては珍しいほどに声を立てて笑う。ぎゅうぎゅうと風真を抱きしめながら。


「はー……好きだな……」

 ひとしきり笑い、ぽんぽんと風真の背を赤子にするように叩く。もぞ、と身動ぎして見上げたユアンの瞳は、磨かれた琥珀のように艶やかに輝いていた。

「ユアンさんの涙目、初めて見ます」

 ジッと見つめられ、ユアンはふっと笑う。

「泣き落としで神子君を俺のものに出来るなら、もっと見せてあげるよ」
「ンッ……」

 泣くユアンを想像し、ギャップがすごい、とどきりとした。泣いたら綺麗だろうなとまた見つめてしまう。

「フウマ……。それは、キスしてもいいよって顔かな?」
「えっ!」
「キスしたい方か。いいよ。いっぱいキスして?」
「違っ、違うんですっ、んむっ」

 抱きしめられ、逞しい胸元に顔を埋められる。

「いっそ噛み痕を付けて欲しいな。今日の訓練で自慢するから」
「んっ、んーっ」

(自虐ネタですか!)

 騎士たちに咎められると分かっていてそんな事を言う。そして、見せられた騎士たちも大変だ。むぐむぐ言いながら身を捩ると、突然視界が揺れて目の前が明るくなった。

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