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「フウマさんは、じきに王太子殿下か公爵家のご子息の、伴侶になられるのですから。こうして二人きりになれる時間も、減ってしまうでしょう?」

 指先で艶やかな黒髪を整える。
 最後だと思っていたから、今日はあれほど執拗だった。直に肌に触れ、自分の手で乱れる姿を、記憶に刻み付けた。


(トキさん……)

「殿下を選ばれれば、王太子妃としてのお仕事もありますし。忙しくなりますね」
「っ……王太子妃の、仕事……」
「王太子夫、でしょうか」

 トキは首を傾げる。だが今の風真ふうまには呼び名などどうでも良かった。

「それって、どんな仕事を……」

 婚約破棄もので読んだ事はあっても、具体的な仕事内容は知らない。それを、自分がする事になるかもしれないのだ。

「そうですね……。外交時の同行や、各国の王侯貴族との交流、社交界での人脈作りも大事なお仕事ですね。側に置く侍女や使用人の選出や管理、給金の決定権もあります。王妃様になられましたら、それに加えて王宮の品位を維持するために必要な経費を計算し管理して、王妃様主催で開くパーティーや式典の計画から……」

 延々と続く言葉が、異国の言葉に聞こえ始めた。

(アールを選んだら、こんな……)

 王宮内の事は、王妃の仕事。そんな文章を目にしたような気もする。王太子妃ならまだ仕事は少ない。それでも、自分に出来るかと考えると不安しかなかった。


(でも、アールはもっと大変なんだよな……)

 今でも毎日忙しくしているアールに比べたら。視線を落としたところで、トキが言葉を切った。

「ですが、フウマさんには神子様のお仕事がありますので、そちらが最優先になります」
「へ……?」
「侍女や使用人は、今まで通り神子様の安全のために御使いであるアール殿下とユアン様が決定され、その管理は離れの執事と侍女長が行います。王宮の管理も同じく、現王妃陛下とその臣下が担います。社交界への参加の可否は殿下の意向によりますが、神子様は国を離れられないため、外交は強制的に不参加と決まっています」

 今まで話した内容を次々に打ち消され、風真は目を瞬かせる。

「王妃様になられた際の式典の準備などは、神官である私と二人で進める事になるでしょう。フウマさんはいつでも討伐に出られるよう、体力と気力を充分に保つ事が一番のお仕事になりますね」

 神子様にしか出来ない大事なお仕事ですよ、とトキは微笑んだ。

「神子様が召喚された日より、アール殿下の伴侶となられた場合に備えての準備がされているのですよ」
「…………そう、ですか……」

 つまり、魔物関係以外は特にする事はない。安堵すると同時に、胸がモヤモヤとした。


「本来のお仕事内容をお聞きになられて、殿下を選ばれる事を躊躇されましたか?」
「……いえ。アールはもっと大変だし、俺が頑張って勉強して、助けにならないとって思いました」

 モヤモヤの理由はそれだ。討伐があるとしても、自分ばかりが優遇されるのは納得がいかなかった。
 アールの方が忙しい中で、使いとして討伐に同行し、状況を正しく王に伝えている。優遇されるならアールの方だ。

「……ちゃんとしたご令嬢と結婚した方が、王太子妃の仕事も出来て、アールの助けにもなれるんですよね」
「そのような理由で選ばれなかったとなると、殿下は激怒されるでしょうね。王太子の座も降りてしまわれるかもしれませんよ」
「それは駄目ですっ」
「でしたら、他のご令嬢の方が、など決して考えてはなりませんよ?」
「はい……」
「神子様のお力は、唯一無二のものです。誰にも出来ないお仕事を優先されることを、常に考えて行動されてくださいね」

 宥めるように風真の頭を撫で、優しく微笑んだ。


「ちなみにユアン様も、同じく準備をされていると思います。ひとつ確実なお仕事は、ユアン様の愛情を一身に受けとめる事ですね」
「一身に……」
「騎士は体力以上に、神経を擦り減らすお仕事です。ユアン様の愛情でどろどろに溶かされ、癒しをお届けする事がフウマさんのお仕事ですよ」
「あの……それだと俺が癒されるのでは」
「裏口にいらした猫さんですが、癒されたでしょう?」
「は、……あー……俺の立ち位置それですね、なるほど~」

 思う存分愛でられて懐いて幸せそうにすることで、癒しを届ける。先程の自分がユアンだと考えれば、少々不本意だが納得出来た。

「猫じゃないですけど、愛嬌のある犬ポジションなら得意分野です」

 開き直ってそう言うと、トキは犬を愛でるように風真の髪や頬を撫で回した。


「きっともうすぐ、どちらかを選ばれるのでしょう」

 海色の瞳が、寂しげに風真を見つめる。

「人妻となられたフウマさんに、今までのように触れるのは良くありませんので……」

(人妻ではないかな……)

「これからは、フウマさんがお選びになった方との、スパイスになろうと思います」
「スパイス……」
「着衣で腰に触れる程度でしたら、激怒はされないと思いませんか?」
「えっ、ど、どうでしょう」
「刺激的な夜になる程度の役割に徹しますね」
「!」

 にっこりと綺麗な笑みを向けられ、びくりと跳ねる。トキが言うなら、激辛のスパイスに徹するのだ。
 本来のアールエンドは足腰が立たないほどに愛され、ユアンエンドは嫉妬で軟禁からの溺愛だ。多少緩和されたと思ったところに、トキのスパイス宣言。

(もしかして、ゲームの補正力……)

 どうあっても激しい溺愛は避けられないらしい。

「お手柔らかにお願いします……」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますね」

 がくりと項垂れると、トキは嬉しそうに風真を抱きしめた。弱い脇腹と背中を意図的に擽りながら。

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