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トキのプレゼント
しおりを挟む翌日の朝食後、風真は教会を訪れた。トキに連れられ裏口に行くと、いつもの猫が待っていたかのように姿を表す。
愛らしい白い猫。訪れる度にトキが世話をしているらしく、今日もふかふかの毛並みだ。
「美味しい?」
声を掛けると、白猫はミルクの注がれた皿から顔を上げて、みゃあと鳴く。
「可愛いなぁ~、癒される~」
またぴちゃぴちゃとミルクを舐める姿に、風真は頬を緩めた。
お腹がいっぱいになったのか、白猫は風真の方へと近付き、テシテシと腕を叩く。
「だっこ?」
手を差し出すと、そうだとばかりに風真に飛びつく。ンンッ、と愛らしさに悶え、白猫を抱き締めて立ち上がった。
「あんまりだっこさせてくれない子なのにっ……、にゃあ~っ」
感激、と風真が鳴くと、白猫は答えるようにみゃうっと鳴いた。
「かわっ……みゃう、みゃあ~」
それに答えて白猫もみゃうみゃうと鳴き、その奇跡的に愛らしい光景に、側で見ていたトキは口元を押さえて悶えた。
風真が猫の鳴き真似をする姿など、アールもユアンも見た事がないだろう。そう思うと、胸がむずむずした。
そこでふと、トキは首を傾げる。
「フウマさん、その子の言葉が分かるのですか?」
「えっ、いえ、分からないですっ」
「愛らしく鳴かれているので、会話をされているのかと」
「さすがににゃんご……猫語は分からないです」
にゃんご。トキは脳内で反芻して、にっこりと笑顔を浮かべる。
「フウマさんのにゃんごは大変愛らしいですね」
「ンッ、違っ……、って、愛らしいって俺ですかっ?」
そう言った途端、白猫がみゃうっと鳴いた。
「猫さんもそうだと仰ってますよ?」
「違うよって言ってるんですよっ」
「そうですか? 猫さん、フウマさんは愛らしいですよね?」
白猫はフウマを見上げ、答えの代わりとばかりにスリスリと擦り寄った。
「フウマさんの魅力は種族を超越するのですね」
「……元の世界では愛嬌のある犬って評判でしたけど、犬なのに猫に好かれるのは嬉しいですっ……」
自分が可愛いかどうかなど、もはやどうでも良い。懐かれた風真はきゅっと白猫を抱きしめ、ふかふかの毛並みに口元を埋める。
ユアンやアールが見ていたら、自分より先に風真にキスをされたと嫉妬するだろうその光景。トキも少なからず嫉妬を覚えたものの、この慈愛と愛らしさに溢れた光景を絵にして教会に飾りたいと、本気で考えてしまった。
たっぷりと猫を吸った風真は、そろそろ下ろせと肉球で頬をつつかれ、名残惜しさに悶えながらも白猫を下ろした。すると白猫は屈んだ風真をジッと見つめ、撫でて良いぞ、と言わんばかりに頭を差し出す。
風真がぷるぷると震えながら頭を撫でる光景を、トキは笑みをたたえたままでしっかりと目に焼き付けた。
「……トキさん。俺、元の世界では分からなかったんですけど」
猫が敷地の外へ出て、見えなくなってから、風真は力なく言葉を零す。
「お猫様の前では、人間は下僕なんですね……」
下僕という単語に、トキは一瞬であらぬ事を想像した。だがすぐに妄想を散らす。
神子が下僕ならば、猫は神だろうか。風真の言葉の意味を理解出来ず、トキはただ、そうですか、としか言えなかった。
・
・
・
教会に入り、真っ直ぐにトキの私室に通される。
「フウマさん。結界を修復し、強化していただいたこと、心から感謝いたします。お礼にこちらをお受け取りいただければと……」
「えっ、そんな、俺の仕事でしたし、逆に迷惑かけちゃいましたしっ」
「迷惑などとんでもありません。それに高価なものではなく、申し訳ないのですが」
開けてみてください、と風真の手に包装された長方形のものを渡した。
(しっかりしてて重い……なんだろ?)
手にしてみると、中身が気になる。風真は少しだけ迷ってから、「では、お言葉に甘えて」といそいそと包装を開けた。
「これはっ……」
中から現れたものに、風真は目を見開く。
王都を食べ尽くす、飲食店ガイド。
知る人ぞ知る、王都の絶品グルメ。
目でも楽しめる、世界の家庭料理。
ずっしりとした分厚いそれは、三冊の本だった。
「読み物と迷ったのですが、お勉強の息抜きになるものをと思いまして」
「っ……、ありがとうございますっ、最高ですっ」
そっと本を開くと、写真のように精密に料理が描かれていた。離れの図書室にはない、つい最近発刊された、いわゆる雑誌とガイドブックだ。
この世界の生きた情報に、表紙を見るだけでも胸が躍る。
「さすがトキさん、最高のチョイスですっ」
「お気に召していただけたようで、安心しました」
目を輝かせる風真に、トキは頬を緩めた。
王都の店ならば、神子である風真も少しずつ訪れる事が出来る。世界の料理本はレシピ付きだ。王都から離れられない風真のために選んだ三冊だった。
(やっぱ国は離れらんないよな。神子だし)
それは風真も納得している。いつか他の国にも行けるかもしれないし、と思う程度で、息苦しさは感じていない。
王都は広く、様々な国の人々が行き交い、珍しい品も流通している。世界の縮図のようなこの場所だけで、充分満足しているのだ。
「気になるものがありましたら仰ってくださいね。離れの料理人に作って貰いましょう」
「はいっ、……どれも美味しそうで、全部お願いすることになりそうですけどっ……」
勿体なくて数ページだけ覗き、全部美味しそうなやつ、と涎を垂らしそうになった。
こんなにも喜んで貰えて、トキの方がプレゼントを貰ったように嬉しそうに微笑む。そんな風真だから、何かと理由を付けて喜ばせたいと皆が思うのだ。
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