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可愛い孫
しおりを挟む「っ……、ドラゴンさんは!」
数刻後。予備の部屋で目を覚ました風真は、離れに戻ったと気付くなり慌てて跳び起きた。
「おじいちゃんならここにいるぞ?」
「おじいちゃんっ……」
「ほら、急に起きるでない。まだ横になっておれ」
「あれ? 寝てる間にしゃべり方がおじいちゃんになった?」
「おじいちゃんだからな。察してくれ」
察する? と目を瞬かせると、手を握られている事に気付いた。
「あっ、アール、ユアンさん」
手を握っているのはユアンだ。アールも握っていたかったが、ユアンに譲ったのは、心を落ち着かせるため。いくら風真の頼みでも、再び離れにドラゴンを入れる事にユアンはずっと不満を漏らしていたのだ。
察するとは、風真に対して孫以上の感情を抱いてはいないと、風真に害を為す気がないと証明するために、こうして老人を演じていること。
「ごめん、おじいちゃん。アールもユアンさんも、誰が相手でも嫉妬してくれて……」
困ったように笑い、アールとユアンの手をぎゅっと握る。
「ドラゴンさんは、本当のおじいちゃんみたいなんだ。それに、守り神様なんだよ」
「分かっている。だからこそ魔物と」
「王太子よ」
「何か不都合でも?」
「余計な事は言わずとも良い」
(余計なこと?)
風真は二人を見つめる。咎められたアールは怪訝な顔だ。それに、魔物と……。
「……もしかして、魔物と戦った?」
ドラゴンを見ると、戦ってはおらぬ、と淡々と返された。
「戦ったんだっ、俺が寝ちゃったからっ……」
「そなたのせいではない。まったく、今は聡い必要はないというのに」
こうなるから言わなかったのだと、アールを睨む。だがすぐに、事情を知らないのだから仕方ないかと溜め息をついた。
「大した力は使っておらぬ。寿命が縮むほどではないから安心してくれ」
宥めるように風真の髪を撫でる。その様子に、アールとユアンはある程度の事を察した。
(生命力……少しだけど、減ってる……)
ピコンッと音がしてドラゴンの頭上に表示された棒には、目盛りが付いている。以前見た時より、少しだけ色部分が減っていた。
早く初代の神子と一緒になりたいのに、自ら死を選ぶことは出来ない。だからこそ、この国を護るために戦って、命を擦り減らそうとしたのだろう。
風真に出逢ったから、安心して死を望める。早く想い人と一緒になりたいと、その気持ちは、理解出来ても……。
「……俺は、おじいちゃんともっと一緒にいたいよ」
長く生きていて欲しいと願うのは、エゴでしかない。それでも、想いを伝えずにはいられなかった。
泣きそうに歪んだ顔で見つめられ、ドラゴンは目を見開く。祖父と呼ばせていても、血の繋がりもない。出逢ったばかりの、人ですらない者にこのような表情を向けるなど。
「可愛い孫に甘えられては、かなわんな」
時間なんて関係ない。そう言って向けられた優しい笑顔が、つい昨日の事のように蘇る。
「あの子の孫の願いだ。長生きするとしよう」
本当に子孫かと思うほどに、魂の色が、心が、似ている。
だがあの子は、元の世界で子を成すほどの時は生きられなかった。
生まれ変わりと思うには、風真に感じる想いは穏やかだ。
「……あの子からの贈り物かもしれぬな」
風真をそっと抱き寄せる。
最期の時までの、僅かな時間。添い遂げた後の、夢を見せてくれているのかもしれない。
優しく抱きしめられ、風真もそっと背に腕を回す。
添い遂げる事は叶わなかったと言った。その先の未来を、風真を通して見ているのだ。
じわりと瞳が潤み、ぎゅっと閉じる。泣いては気を遣わせてしまう。せめて一緒にいる間は、本当の孫のように、幸せに笑っていたい。
「さて。そろそろ騎士どもの限界がきそうだ」
風真を離し、名残惜しげに髪を撫でる。
「そなたが眠っている間、ずっと付いておったのだぞ」
「っ……、心配かけてごめんなさいっ。二人とも忙しいのに一緒にいてくれて、ありがとうっ」
ハッとしてアールとユアンに頭を下げる。
「神子君以上に大切なものはないよ」
「こんな時に仕事などしていられるか」
ユアンが風真の顔を上げさせると、アールは抱きしめる。
「この者は守り神で、互いに他意はないと理解している。だが、フウマに触れる者は相手が神だろうと動物だろうと嫉妬する」
「動物にもかぁ。じゃあその時は、アールも一緒に動物だっこしよ」
「……動物を抱いたお前を抱くから、私はいい」
「……それはそれでアールが可愛い」
その光景を想像して、風真はへらりと笑った。
「俺は、彼が老人の姿なら、少しは警戒せずにいられたんだけど」
「私が美丈夫だからと妬いておるのか。男の嫉妬は見苦しいぞ?」
「顔なら、私の方が勝っていると思うが?」
ユアンとドラゴンの言い合いが始まる前に、アールが真顔で割って入る。
「ふっ、私の知る王太子と同じ事を言う」
「それって初代神子様の時の? 顔もアールと似てた?」
「ああ。この者より男らしい顔をして、髪も長かったが、面影はある。だが子孫にしては素直な性格をしているな」
「えっ、ご先祖様ってどんな……」
「民を想う善き王太子であったが、敵に対しては冷酷で容赦がなかった。味方でも気を許した者には、当たりが強かったな。素直に礼を言わず、何かと反発しておった」
(ツンデレじゃん……)
昔のアールに似たものを感じる。ちらりとアールを見ると、居心地悪そうに視線を彷徨わせていた。
「神子を巡る、良い好敵手でもあった。私との関係を知った時は、剣を向けられたな。度々刺されたのも良い思い出だ。王太子があの子を無理矢理自分のものにしようとする気配を感じた時は、うっかり王宮を燃やしかけたぞ。あの頃は私も若かった」
未遂に終わったが、と愉しげに笑う。
(なんか、アールのご先祖様だなぁ……)
今のアールには申し訳ないが、同じ血を感じた。
「だが、……心からあの子を愛していたのだろう。あの子が私と過ごす姿を見てからは、何も言わなくなった。最期の時ですら……」
金の瞳を伏せ、細く息を吐く。
「歳を取ると、話が長くなっていかんな」
顔を上げ、ドラゴンの代わりに泣きそうな顔をする風真を、そっと撫でた。だがすぐに手を離し、扉の方を見据える。
「フウマさん、目を覚ましたのですねっ」
するとすぐに扉が開き、トキが駆け寄ってくる。
「もうあのような事はなさらないでください。歴代の神子様も数日掛けて張られた結界だそうですよ?」
「数日っ……そっか、その手がありましたねっ」
「全てに全力のフウマさんが眩しくもありますが、お身体を第一に考えて行動されてください。使用するものが体力でも、酷く消費されると命に関わる場合もあります」
「はい……。毎度ご迷惑を……」
「迷惑ではありませんよ。ただ、フウマさんを失う事を考えるだけで耐えられないのです。それに今回は魔物相手ではなく邪気は溜まりませんでしたが」
「邪気? 何故邪気が溜まる? 神子だろう?」
「えっ……」
ドラゴンの言葉に、その場が静まり返る。
「……初代の神子様は、邪気が溜まらなかった……?」
「歴代の神子もそのような気配はなかったが」
「お……俺、……神子じゃ、ない……?」
頭を殴られたような衝撃が襲った。
神子には邪気が溜まらない。考えれば、神の子に邪気が溜まること自体がおかしいのだ。本来の神子がケイだとしても、その代わりに喚ばれた自分は“神子”だと信じ切っていた。
震えて冷たくなる指先を、ぎゅっと握る。その手を、アールの手が包み込んだ。震える背は、ユアンが優しく撫でてくれる。
「魔物を浄化する力を持っているのだから、神子だろう?」
「……ありがと。でも、ケイ君も、魔物を倒せるんだよね……」
「穴の空いた結界を修復するなど、神子でなければ出来ないのでは?」
「毒を受けた部下の解毒も、神子様の力じゃなきゃ出来ないよ」
「そうですよ。それに神官である私が、殿下の血を媒介にして召喚したのですから。神子様に決まっています」
一度は顔色を変えたアールたちも、神子だと信じてくれている。信じられるほどに、胸が苦しくなる。
もし、神子じゃなかったら。
神子の力を失うのとは違う。元から神子ではなかったら……?
俯き、震える風真を、ドラゴンは静かに見据える。
魂の色は、間違いなく初代の神子と同じだ。魔物を浄化した時に感じた力も、結界から感じた力も、確かに清浄なものだった。
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