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結界2
しおりを挟む「結界を、張り直す……」
予想通り、目の前に画面は現れない。やはり祈りは、魔物を浄化するための力だ。
(俺自身に神子の力があるなら、出来るはず……)
ケイが本来の神子でも、今の神子は自分だ。代打ではあっても、偽物ではない。
(俺は、みんなを護りたい)
そのために、たくさん勉強をして体力を付けて、神子の力を強化してきた。その力で魔物を倒してきた。
アールとユアンとトキを、護りたいから。
騎士たちが傷付く姿を見たくないから。
今まで出逢ってきた人たちを、大切にしてくれた人たちを、街で幸せそうに笑い合っていた人たちを、護りたいから。
(この結界は、みんなを護ってくれるもの……)
自分が到着するまで、結界が魔物の侵入を防いでくれる。大事なもの。なくてはならないもの。
今までの神子たちの、同じ想いが込められたものだ。
(神子様たちの想いを、壊させはしない)
そっと穴へと手を触れさせる。
ドラゴンの鱗には、魔力が籠もっている。その力を利用すれば、足りない力もきっと補ってくれる。
風真は目を閉じ、鱗に触れる。冷たい感触から、じわりと暖かな温度が生まれた。
「私の鱗を、媒体に……?」
風真の手から白い光が広がり、鱗が溶けるように姿を変える。透明な飴状になったそれが結界と混ざり合い、穴を塞いだ。
(今より、強く……)
もう二度と穴など空けさせない。
大切な人たちを護るために。今までの神子たちの、……ドラゴンの想いを、護るために。
光が更に広がり、瞬く間に結界全てを包み込む。遥か頭上まで広がる光。
「これは……」
アールが唖然として呟く。ユアンとトキも空を見上げた。
「今代の神子は、規格外だな……」
ドラゴンが小さく呟く。今までの、初代の神子でさえ、ここまでの力はなかった。いくらドラゴンの鱗に魔力があるとはいえ、それすらも超越する力だ。
「出来た……?」
ふっと光が収まり、風真は目を開ける。
「あれ……?」
その瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「神子!」
「神子君!」
アールとユアンが、風真の体を抱きとめる。トキは風真の手を取り、脈を測った。
随分と速い脈動。それは徐々に落ち着き、多少速い程度に落ち着く。体温も正常。だが目の下が黒く、血色も悪くなっている。
「……過労、ですね」
「あー……覚えのある感覚です……」
魔物を大量に倒した時と同じ。風真は苦笑した。
ドラゴンが風真の顔を覗き込み、何かを確認してホッと息を吐く。
「これほどの結界を張れば当然だ。他の神子でも数日掛けたものを、一瞬で張り直してしまったのだからな」
「……俺、生命力大丈夫?」
「ああ。生きる気力しか感じない」
「良かったぁ……。うん、気力は充分~」
グッと拳を握る風真を、ドラゴンは褒めるように撫でた。
「だが、数日徹夜したようなものだ。今は眠れ」
「うん、そうする。色々ありがと、おじいちゃん。アールとユアンさんとトキさん、迷惑かけますがごめんなさい。俺のことお願いします。あっ、おじいちゃんはできれば一緒に離れにきてほしいです。おやすみ~」
へらりと笑うと、すぐに瞼が落ちて静かな寝息を立て始めた。
ドラゴンは風真の頬をそっと撫で、三人の視線を感じて手を離した。
人間は脆い。こうして明るく笑っていようとも、いつ命の火を消してしまうかも分からない。眠った後で、必ず目覚めるとも限らない生き物だ。
そっと息を吐き、静かに風真を見つめた。
「何故、歴代の神子が数日掛けた事を言わなかった?」
ユアンが忌々しげに口を開く。射抜くような視線を受けたドラゴンは、騎士はいつの時代も面倒だと溜め息をついた。
「穴を塞ぐ以上の事をするとは思わなかった」
「ユアン様。ドラゴン様は、フウマさんと出逢われてまだ日が浅いのです。行動を予想出来ずとも当然ではありませんか」
「そう怒るな、神官よ。いや、神父か?」
「兼任しております」
「そうか」
だからこんなにも意地が悪いのか。一応庇いつつも怒っているトキに、肩を竦めた。
「行動を予想出来た私たちが、フウマを止められなかった。これはこちらの落ち度だ」
「ほう、今代の王太子は柔軟な考えを持っているな。気に入ったぞ」
「……私は、フウマに触れ、祖父と呼ばせる貴方を気に入ってはおりません」
「それでも私に敬意を払うか。ますます気に入った」
「フウマは、貴方を守り神と言った。建国の神子の伴侶でもある。それなりの対応をしたまでです。嘘ならば、容赦しませんが」
空色の瞳が鋭く光る。必要とあらば慈悲もなく処罰を下せるだろうと確信し、ドラゴンは頼もしいとばかりに口の端を上げた。今代の御使いたちは、緩い神子の傍に在るにはこれ以上ない者たちだ。
「アールが信頼するなら、俺は騎士として警戒し続けるよ」
「ああ、それで良い」
そう言葉を交わす、王太子と騎士のバランスも良い。にこやかな笑顔で監視を続ける神職も、煩わしいが頼もしかった。
そこで突然、地鳴りがした。
遠くから聞こえる音は、こちらに向かい一直線に近付いてくる。
「っ、魔物が来る事を知ってて、神子君に力を使わせたのかっ」
「知る訳がないだろう? だが、私がいるというのに近付いてくるとは」
この場に千年を生きるドラゴンがいるというのに、魔物が襲ってきた。それほど力が落ちているのかと考えたが、鱗には魔物が近付いた形跡はなかった。
「土地の力に酔った者か」
「酔う、とは?」
「この国に満ちた力は、魔物にとっては強い酒のようなものだ。匂いのみで酔い、暴走しているのだろう」
そして力を欲して、こちらへ向かってくる。だとしても、以前ならば目を覚まさせるほどの強烈な気配がドラゴンにはあった。やはり力は衰えているのだろう。
……これは好機か。
牛の魔物の群れを見据え、結界の外へと出たドラゴンは、本来の姿へと変わる。
『ここは私が、……聞こえぬか』
声が聞こえるのは、風真だけだ。逃げるつもりかと睨むユアンとトキの視線に、この短時間ではまだ信頼を得られずとも当然かと肩を竦めた。
『フウマも寝ておることだ。若者のように、はしゃいでみるか』
金の瞳が愉しげに細められる。
バサリと翼を広げ魔物の群れへと近付き、重々しい唸り声を上げた。間近で声を聞き怯んだ魔物たちを、翼で起こした突風が切り刻む。一振りで半数近くが動かなくなった。
「ドラゴンが、魔物を……?」
風真は、ドラゴンは戦えないと言っていた。ドラゴンが風真を騙したのか、それとも風真が、ドラゴンを護るために嘘をついたのか。
「あれが守り神とは、頼もしいな」
アールは素直に感心する。風真が戦えない今、ユアンがあの群れに飛び込んで行かずに済んだのはありがたい。
ドラゴンが青い炎を吐き、大地が揺れるほどにいた牛の魔物は、全て塵と化した。
ドラゴンは人の姿に変わり、塵となった魔物を見下ろす。
この程度の魔物など、今でも敵ではない。
だが、力は確実に衰えている。力を使うほどに生命力が失われていく感覚も、確かにあった。
「……ドラゴンとは、頑丈に出来ているものだな」
まだ、そちらへは行けないようだ。
そっと瞳を細め、空を見上げる。
二人で過ごしたあの日と同じ、清々しく晴れ渡る青空だった。
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