143 / 270
結界
しおりを挟む「ここだ」
「いっ、意外と大きい……」
「人の姿で見るとそうだな」
目線の高さに空いた穴は、風真がよじ登れば余裕で通り抜けられる大きさだった。その下の地面に高さを調整するために土が盛られ、艶のある濃紺の鱗がしっかりと刺さっている。
鱗は穴を綺麗に塞げる大きさだ。もし鱗を置いてくれなかったらと思うと、ゾッとした。
「本当にありがとう……。ドラゴンさんがいなかったら、魔物が入ってきてた……」
「おじいちゃん、だろう?」
「あっ、……おじいちゃん、ありがとう」
見上げると、ドラゴンは目元を緩めて風真の頭を撫でた。
「私の鱗には大抵の魔物や人間は近付かぬ。だが人間の中には、平気で倒してしまう者もいるからな。置いているだけでは心配だったのだ」
(ドラゴンの姿で置いてくれたんだ……)
盛られた土の傍には、鋭い爪跡が残っている。
ドラゴンの姿で土を掘り、よいしょ、と鱗を置く姿を想像して、不謹慎ながらとても可愛いなと思ってしまった。
「立て掛ければ良いかと思ったが、鱗もここを擦り抜けてしまうのだ」
結界からするりと手を伸ばし、鱗に触れる。
それはもう、魔物ではないという証拠。いつの間にか、そうなっていた。白く長い指がそっと鱗を撫でる。
「フウマよ。どうだ? 人の姿と同様、鱗も美しいだろう」
風真の方を振り向き、ドラゴンは自慢げに笑った。
「うん、すごく綺麗。海を閉じ込めた宝石みたいだ」
素直な感想が零れ、黒の瞳はキラキラと輝く。
「……神子というものは、皆そのように口が上手いのか」
「えっ、なんでっ?」
「考えもせず口にするからそうなる。あの子もそうだった。人タラシ、といったか。御使いも気が気ではなかったようだが、今代の其奴らも苦労するな。あの子は魔物まで落としたのだが、そなたも例外では……」
(ドラゴンに説教される異世界体験……)
そんな体験、レア中のレアだろう。これに関しては、トキも、ユアンでさえも止めない。
(それな、みたいな顔してるし……)
今の今まで警戒していたのに、と思う気持ちと、仲良くなってくれたら嬉しい気持ちで、風真は静かに惚気混じりの説教を聞き続けた。
「だが、その表現は気に入った。褒めてやろう」
「えっ、あれっ? もしかして今のって照れ隠しっ?」
「何の事だ?」
「ンンッ……」
(可愛いおいじちゃんじゃん!)
また説教をされては困るため、心の中だけで叫ぶ。知れば知るほど可愛く思えてきた。
「まあ良い。無駄話などせず穴を塞げ、フウマよ」
「説教始めたのドラゴンさ、……おじいちゃんじゃん」
拗ねてみせるが、ドラゴンには嬉しそうに頬を緩める効果を与えてしまった。
「……てか、鱗、ごめん……。痛かったよな」
「自ら抜く分には痛みはない。気にせずとも良いぞ」
「そうなの?」
「ああ。人ならば、髪を一本抜く程度だ」
「地味に痛いじゃんっ」
「そなたは痛みに弱いのか。どれ、転ばぬよう手を繋いでやろう」
「子供扱い~っ、孫だったっ」
本当に手を繋がれ、風真はワッと声を上げる。
祖父母は早いうちに亡くなってしまったが、こうして手を繋いでくれた事もあったのだろうかと思うと、じわりと胸が暖かくなった。
「事情は分かったけど、他の男には触れさせないで欲しいな」
「わっ、ユアンさんっ。大丈夫ですよ、ドラゴンさんはおじいちゃんですし」
空いた方の手を繋がれ、風真はへらりと笑う。
「嫉妬深い男は嫌われるぞ?」
「余計なお世話だ」
そう言いながらも、ドラゴンの手を離させないユアンに、優しさを感じる。風真は両手の暖かさにますます笑みが零れて仕方なかった。
「あれ……ここって、ワイバーンが攻撃してきたとこ?」
ふと気付いた。
「稀に知性の高い魔物がいるが、毒で一時的に弱まった箇所を突いたのだろうな。その程度で空くほど、脆くないはずだが……」
ドラゴンは結界を見据える。
風真が神子として喚ばれるほど、結界は弱まってはいない。
最近になって魔物たちが頻繁に国を襲い始めたのは、抑止力となっていた自分の力が弱ってきたからだろうとドラゴンは考えていたが、それも違うのだろうか。
「……ここには、あの子の一部が眠っていないからだろうか」
三本の道とは違い、ここには初代の神子の欠片がない。
歴代の神子の力も、初代ほど強い者はいなかった。もう感じ取れないだけで、本当は弱まっているのだろうか。
やはりこの国を強く護っているのは、鉱石となった神子の……。
「……元の姿を見せる約束だったな」
ドラゴンは風真の手を離し、結界の外に出て、人の姿を解く。
濃紺の翼がバサリと広がり、長い尾が地面を叩いた。鋭い眼光が三人へと向けられる。
『私だ。ドラゴンだ。……と言っても聞こえないか』
「ユアンさん、トキさん、聞こえます?」
「聞こえないけど、何か言ってるの?」
「私だ、ドラゴンだ、と」
「そうですか。見れば分かりますね」
トキはにっこりと微笑む。どうやら本当にあのドラゴンだとは理解して貰えたようだ。
『まったく、神職はどの時代も意地が悪いな』
「そうなの?」
『良い者もいるが、大抵は意地が悪く、胡散臭い』
風真は思わず吹き出してしまい、いい人なのに、と結界から出てドラゴンの鱗に触れた。
「フウマさんっ」
『こらこら、結界から出るな。私が神父に消される』
「神子君、それはさすがに軽率だよ?」
「ごめんなさい……」
『ほら、私の首が斬られる前に戻れ』
金の瞳を細める。
「でも……」
(でも、寂しそうに見えたんだ……)
ドラゴンの姿になったのは、涙を見せないため。何故か、そう思えた。だから、触れた手を離せない。
「その姿でも中に入れるよね?」
『翼が枝に引っかかるな。今、人の姿に……』
「何故、魔物がフウマと?」
遅れて到着したアールが、目の前の光景に顔をしかめた。
それに何故、結界の外に出ているのか。ユアンが傍にいるという事は、飛び出した風真を追って出たのだろうか。
『厄介な者が増えたぞ。フウマ、中に戻れ』
そう言ってドラゴンは人の姿になる。ユアンが風真を連れて結界の中に戻ると、ドラゴンも続いて脚を踏み入れた。
「何故……」
「王太子よ、説明は後だ。先にこの穴を神子に塞いで貰わねばならぬ」
穴、とドラゴンの視線を追い、アールは顔色を変えた。
「何故結界に穴が……、これを神子が塞ぐのか? 結界を張るなど、浄化するより負担が大きいのでは」
「ええっと……出来るか分かんないけど、やってみるよ。多分浄化と同じ感じでいけそうだし。穴のことは俺も後で話すから、……トキさん、先に説明お願いしてもいいですか?」
「ええ、こちらはお任せください」
トキは快諾してにっこりと笑った。
ドラゴンが魔物ではなく、風真に邪な感情を抱いていない事も理解出来た。出逢ってすぐに風真がこれほど懐いている事は気に食わないが、利用するには有益。トキはそう判断しての笑顔だ。
ユアンはまだ納得しきれていないものの、結界の穴の応急処置をしてくれた事には感謝したい。タイミングを逃してしまったが、それだけは後できちんと礼を言おうとそっと息を吐いた。
「フウマよ。そなたは優しい子だな」
「そっ、そうかな……」
「特別な事と思っておらぬところが、そなたの素晴らしいところだ」
「へへ、ありがと。なんか照れくさいなぁ」
本当に特別な事はしていない。優しいとも思っていない。だが、褒められるのは嬉しくてへらりと笑うと、ドラゴンは風真の頭をポンポンと撫でる。
「っ……」
「殿下。あの件に関しましても、ご説明しますので」
「俺も同じ気持ちだけど、先に聞いてくれ」
駆け寄ろうとしたところをユアンにまで止められ、アールは渋い顔で思いとどまる。
それに気付いた風真は、慌てて結界の方を向いた。
20
お気に入りに追加
838
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる