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来訪者
しおりを挟む翌日から、風真はまた勉強を始めた。
ケイたちと過ごして、もっと強くなりたいと改めて思ったからだ。それと同時に、知力が99を越える事があるのかと、気にもなっていた。
今日は今まで避けてきた分野に手を着け、昼食を終えた今もウンウン言いながら頑張っている。
「神子よ。勉強は進んでいるか?」
「進んでるような、いないような……」
「算術は苦手か」
「ちょっとだけ、……ん? えっ、誰っ!?」
神子と呼ばれてアールかと思っていたら、全く違う声だった。咄嗟に椅子から下りて、距離を取る。
使用人とは違う。一度も見たことのない顔だ。
腰下までの濃紺の長い髪に、切れ長の金の瞳。肌は白く、線の細い美形だ。この国の服ではない、白色のアオザイに似た服を着ている。
「……どなたですか?」
神子と呼んだのだから、迷い込んだ客人ではない。
そもそも、この離れへの出入りは厳しく制限されている。その中をくぐり抜けてきたのなら、ただ者ではない。風真はいつでも逃げ出せるように臨戦態勢を取った。
「警戒心もあるのだな。安心したぞ」
だが目の前の男は、愉しげに笑うだけ。風真を知っている口振りに、ますます警戒を強める。
すると男は、爬虫類に似た瞳を細め、にやりと笑った。
「私は、そなたの知るドラゴンだが?」
「………………はい?」
「顔を出すと言っただろう? 私だ。来てやったぞ」
堂々とした態度。鼻で笑う仕草。よく聞けば、響きが静かなだけで、同じ声だ。
「ドラっ……、はっ!? 待って! 思ったよりかっこいい!」
「そうだろう?」
距離を一瞬で縮めて食い入るように見つめる風真に、ドラゴンは満足げに笑う。
「勝手におじいちゃんだと思ってた……」
「わざわざ動きが制限される老体を模す必要があるか?」
「あっ、そっか」
すぐに納得して、また次の疑問が湧く。
「ってか、どうやって入ったの?」
「簡単な事だ。王太子に擬態した」
「うえっ!? そんなことまで出来るんだ!?」
「私はドラゴンだからな」
答えにならない答えを返して、腰に手を当て胸を張る。ドラゴンがこのポーズをしていると考えると、そこはかとない可愛さを感じた。
「だが、実在する人間を模すには力を使う。帰る際に、次回からは私が自由に出入り出来るよう、御使いと護衛に説明してくれ」
「うん、分かったっ。あれ? でもアールにならなくても、玄関の護衛さんに名前言ってくれたら、……いや、ドラゴンですとか言えないか」
一人で解決する風真に、ドラゴンは愉しげに笑った。
「まさかほんとに会いに来てくれるなんて、あ、クッキー食べる?」
「いただこう」
「また会えて嬉しいな~。紅茶飲める?」
「ああ、ミルクを入れてくれ」
「こんなすぐに人間の姿が見れて嬉しい~」
「ほう、今の世はこのような味になっているのか」
「前は違った?」
「小麦の味が強く、ここまで甘くはなかったな。砂糖を大量に使用するとは、贅沢な世の中になったものだ」
ドラゴンは感慨深く目を細め、サクサクとクッキーを食べる。
サクサクサクサクサク……。
風真は今ある分を全て、そっとドラゴンの前に差し出した。
「今代の神子よ」
「俺のことは風真でいいよ」
「フウマか。勇ましくて良い名だ」
「へへ、ありがと」
勇ましいと褒められたのは初めてだ。嬉しくてつい、勇ましさとは反対の緩んだ笑みを浮かべてしまう。
「ドラゴンさんの名前は?」
「私はドラゴンで良い。私の名を呼ばせるのは、あの子だけと決めている」
「そっか。うん、じゃあ、ドラゴンさんって呼ぶね」
湿っぽくならないよう、明るく笑う。ドラゴン呼びが不都合な時は、ドラさんとでも呼ぼう。
「フウマよ。そなたの世界の話を聞かせておくれ」
「うんっ」
建国の神子が生まれた世界の、今の姿を話すと約束していた。何から話そうか。
「ん~……初代神子様は、どのくらいの年代から来たか分かる?」
「確か……王が、ノブナガと言ったか」
「信長!? 織田信長!?」
「おお、そうだ。その名であった」
「神子様、戦国時代の人だったんだ……」
この国が出来たのは千年以上前。さすがに元の世界の千年前ではなく、風真と近い時代から飛ばされたのだろうと考えていたが、まさか戦国時代の人だったとは。
「俺が生まれたのは、神子様の時代の、四……五……、……四百年くらい後だよ」
もっと歴史を勉強しておけば良かった。眉を下げる風真を、ドラゴンはただ優しく見つめる。
「今はひとつの国になって、戦争もしなくなって、武器を所持するのも禁止されてるんだ。それでも犯罪はなくならないけど……歴史の中でみたら、平和な時代、って言っていいと思う」
戦国時代に比べたら、人々が命を落とす確率も遥かに低い。
「そうか……。あの子の世界は、そのように平和になっていたのか……」
ドラゴンは喜ぶべきか、悲しむべきか、複雑な表情を浮かべた。
そのような世界で生きていたら、飢えや苦しみもなく幸せに暮らせたのだろう。……だが、自分とは出逢わなかった。慕い合ったあの日々を思うと、何が良いなどとは言えずに、ただそっと視線を落とした。
「……一番驚くのは、建物の違いかなぁ」
風真は懐かしむように目を細める。
「高層ビルっていう、何十階もある建物があってさ」
引き出しから紙を取り出し、長方形を描く。そこに窓や扉を書き、隣に米粒サイズの人間らしきものを描いた。
「……重力はどうなっている?」
「あるよ。下向き~」
周囲に下向き矢印を描く。
「この世界にもこんな高い建物ないよな。これが、俺のいた街では普通だったんだ」
「まさか、たった四百年程度でこのような進化を……」
ドラゴンは驚愕で震えた。
「まだあるよ。世界中を旅できる、鉄の乗り物。これが空を飛ぶんだ」
「…………待て。今、理解する……」
別の紙に描かれた、溶けた魚のような謎の物体。鉄で出来たそれが、空を飛ぶ。
ドラゴンの知識をもってしても、不可能としか思えなかった。
それから、電車や車、スマートフォン、テレビの話をする。
ドラゴンの知る異世界とはあまりに違い、風真の画力が何も伝えられない事も相俟って、唸りっぱなしだ。
風真の肝が据わっているのは、そのような複雑怪奇な世界で育ったからでは。
最終的にはそう結論付けて、住処に戻ったらもう一度頭の中で整理しようと、謎の物体が並ぶ紙を見据えた。
・
・
・
「想像していたものとあまりにかけ離れていて、驚愕するばかりだった」
特に、世界中の風景を見たり、他国の者といつでも顔を見て会話が出来る板には驚かされた。
それがあれば、あの子も自分の村以外を知る事が出来ただろう。この世界でも、会えない間も話をする事が出来た。
「……私もそれが欲しかった」
金の瞳を伏せ、溶けるように零す。
「フウマよ。あの子の世界の話、感謝する」
すぐに顔を上げると、ドラゴンは懐かしむように目を細めた。
「ちゃんと話せてたなら嬉しいな。でもまだ他にも話したいことあるし、これからも遊びにきてよ」
「では、次もお願いしよう。それまでに画力が上がっている事を願うぞ」
「画力ー! ごめんなー!」
嫌味と分かっているものの、紙に描かれた謎の物体は自分でも酷いと思う。
「まじでアールに絵の先生紹介して貰うわ……」
「気にしていたのか。すまない」
「憐れまないで! 心が痛い!」
あのドラゴンから本気で同情され、ワッと騒いでテーブルに突っ伏した。
「……いつか、ドラゴンさんの話も聞きたいな」
「……そうだな。いつか、……そなたが大人になるまでには話してやろう」
「今すぐ聞けるじゃん!」
「まだまだ赤子だろう?」
「この前は大人だって認めてくれたのにっ」
「覚えておらぬな。最近物忘れが激しくてな」
「こんな時ばっか老人のふり~!」
ギャーギャーと騒ぐと、ドラゴンはククッと声を立てて笑う。
こんなに笑ったのは何百年ぶりだろうか。無意識に手が伸び、赤みのある黒髪をぽふぽふと撫でた。
(撫でられた……)
あまりにも自然に。表情も穏やかで、騒いでいた自分が本当に子供のようで恥ずかしくなる。
もっと大人にならなくては。むにむにと自分の唇を揉み、風真は気持ちを落ち着かせようと息を吐いた。
「この前言いそびれちゃったんだけど……ずっとこの国を護ってくれて、ありがとうございます。これからは、俺がしっかり護ります。ドラゴンさんと、神子様の分まで。いっぱい頑張るから」
もう任せて大丈夫だと思えるように。もう力を使わずに済むように。命を、擦り減らす事のないように。
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