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火曜日2

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「ユアンさん。ジェイさん。庭園を見ながらハンバーグという、贅沢すぎる時間をありがとうございました」

 ユアンの提案で用意していたおかわりのハンバーグまで食べて、風真ふうまは深々と頭を下げた。

「こちらこそ、お礼のはずが光栄なお言葉をいただいてしまいまして」

 ジェイも頭を下げる。神子という立場で腰が低いことに前回から驚いていたが、ケイと同じ国の人間ならばとすぐに納得出来た。

「もし宜しければ、またお食事を振る舞う機会をいただければと思っております」
「ぜひともお願いします。次は気になる二番手、オムライスをお願いしてもいいでしょうか」

 真剣な眼差しでジェイを見つめる風真に、ジェイは快諾して、ユアンは愛しさのあまり吹き出しかけて口元を押さえた。
 ケイは、ジェイの料理をこんなにも気に入って貰えて上機嫌だ。

 次の食事会は、翌週の火曜日に決まった。


「お腹が落ち着いたら、散歩しようか」
「はい、ぜひっ」

 元気に返す風真の頭を撫で、ユアンはまた愛しげに目を細める。あまりに甘い笑みに、ケイは見てはいけないもののようにそっと視線を反らした。

 その後は庭園を歩き、緑と花の香りに風真は深呼吸をした。窓のない離れにもすっかり慣れてしまったが、やはり外の空気は気持ちが良い。

(これに慣れたら、離れが息苦しく感じそうだな……)

 自室も図書室も廊下も、窓がない。

(まあ、その時はアールの部屋に入り浸ればいいか)

 一瞬で解決して、風真は庭園を見渡した。

「ユアンさんのお屋敷~って感じですね。もうどこ見てもオシャレ~」
「ありがとう、神子君。明日にでも君の屋敷に出来るよ?」
「へ? ……あっ」
「風真さん、あのお花綺麗ですよ」
「えっ、ケイ君っ?」

 風真の腕を掴み、グイグイとユアンから引き離す。初めて見る強引なケイに、ジェイは唖然とした。
 だがすぐに我に返り、ユアンを見る。

「申し訳ございません……」
「気にしないで。でも、困ったな。彼はアール派なのかな」

 そう言いながらも、ユアンは楽しげに笑い、肩を竦めた。





 そろそろお開きに、となったところで、風真はユアンに預けていた紙袋をケイに渡す。

「これ、ケイ君に。いつもお世話になってますのプレゼントです」
「えっ、そんなっ……」
「俺の気持ちだけはめちゃくちゃ籠もってるので、受け取ってください」

 気に入って貰えるか心配で、つい敬語になってしまう。

「……では、ありがたくいただきます。開けてもいいですか?」
「うんっ」

 ケイの反応が気になる、と分かりやすくソワソワする風真の前で、ケイは丁寧に袋を開ける。

「綺麗……」

 取り出したものに、ケイは感嘆の声を零した。

「本読むの好きって言ってたから、栞にしたんだ。デザインはケイ君をイメージして、天使の羽に、透明の宝石。それと、可愛い花です」

 同じく本を読むトキの推薦する店で、猫を見に行った帰りに買ったものだ。
 羽の形の銀色のプレートは、上部がフック型になったもので、クリスタルが下がっている。動かす度にキラキラと光を散らして美しかった。
 もう一枚は押し花を使った栞で、水色と白の小さな花が愛らしく並べられている。


 風真がケイをイメージして、ケイのためにと選んだプレゼント。
 ケイの瞳がじわりと潤み、袋ごとぎゅっと胸に抱いた。

「嬉しいっ……、一生大切にしますっ」

 元の世界ではプレゼントを貰うことなどなかった。“友達”と言ってくれる風真からのプレゼント。こんなにも嬉しくて、抑えようとしても涙が溢れた。

 ジェイがそっと肩を抱くと、ケイは顔を上げて嬉しそうに微笑む。

「良かったな、ケイ」
「はいっ……、風真さん、とても素敵なものをありがとうございますっ」

 しっとりと濡れた睫毛が輝き、その美しさに風真は無意識に頬を染める。
 気に入って貰えて良かったと、太陽のような笑みを見せる風真に、ケイは眩しげに目を細めた。

「お返しをするつもりが、こちらがいただいてばかりで……」
「それはこの前の討伐のお礼に、神子君がケイ個人にしたものだから」
「……大変失礼ですが、ケイのことは」
「ああ、すまない。ケイ君、だね」

 恐縮しながらもしっかり訂正してくるジェイに、ユアンはクスリと笑った。



 屋敷を出て、ジェイの前に抱えられるようにして馬に乗るケイに、似合うな、と風真は思う。
 討伐に行く時にアールが同じようにして風真を乗せるが、とてもこんな絵にはならない。風真は少しだけ落ち込んだ。

「……あのお二方は、恋人じゃないんだよな?」

 見送る二人が見えなくなってから、ジェイはずっと考えていた疑問を口にする。

「はい。まだユアン様とアール殿下は、風真さんの取り合いをされているんです」
「聞いてはいたが……とんでもないお二方に慕われたものだ」

 ジェイは何とも言えない顔をした。

「そうですね……。でも今は殿下もとてもお優しくなられたみたいで、ユアン様も女性関係を精算されたみたいですし、僕としては、風真さんを大切にしてくださるならどちらでもいいです」

 そう言い切った。冷たい物言いだが、二人に対してこれ以上に平等なことはない。


「ケイは、神子様のことになると饒舌になるな」
「……そうでしょうか」
「好きなんだな。神子様のこと」

 好き。
 ケイはそっと視線を伏せる。

「……僕のしたことをきちんと責めたうえで、仲良くしてくださってるんです。それも、表面上じゃなく、全て本音で……。好きにならないはずがありません」

 真実を話した日の感情を、事実を、有耶無耶にせずに、きちんと心の内を話してくれた。
 その上で今、こうして良くしてくれる。笑顔を向けてくれる。ケイはぎゅっとプレゼントを抱きしめた。

「だから僕は、風真さんのために、魔物を討伐し続けたい……。風真さんの幸せのためなら、何でもしたいんです」

 同情などではなく、心から優しくしてくれる。素直で真っ直ぐで眩しい、太陽のような人だ。
 その笑顔を護るためなら、何でも……。

「……ジェイだけは、渡せません……けど」

 例え風真にでも、この命を差し出そうとも、ジェイだけは渡せない。
 俯くケイの頭を、ジェイはわしゃわしゃと撫でた。


「俺は、世界一愛されてんだな」
「っ……ぁ、……」

 愛してます。

 その言葉が言えなくて、せめてもと、小さく頷く。
 髪から覗く耳まで真っ赤になっている事に気付き、ジェイは顔を綻ばせた。

「俺もケイを、世界一愛してる」
「!」

 ケイはビクリと跳ね、ますます真っ赤になった。

 普段は、愛してるなど言わない。

 好きだ。可愛い。

 言葉なら、それくらい。
 言葉ではない愛情なら、溢れるほどに伝えられているけれど。

「ユアン様に感化されたのかもしれないな。ケイが恥ずかしがるって分かってるのに、今日は伝えたくなった」

 ユアンの風真への愛情は、見ているだけで蕩けるのではと思うほどに甘かった。どれほど愛しているか、ユアンを殆ど知らないジェイでも分かるほど。

 だから、伝えたくなった。
 これからはもう少し、遠慮せずに伝えても良いだろうか。


「……あの、……もう一回、だけ……」

 羞恥に震えながらの可愛いおねだりに、ジェイは思わず息を呑む。

「愛してる。ケイを、この世の誰より愛してる。……愛しているよ」
「っ……も、……いい、です……」

 一回って言ったのに。
 もにょもにょと言って、ケイは身を丸めた。

 ケイからのおねだりに、つい気が昂ってしまった。これからも、愛の言葉は控えめにしなければならないようだ。
 ジェイは愛しげに目を細め、風でふわふわと揺れる髪に、気付かれないようにそっとキスをした。

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