140 / 270
火曜日2
しおりを挟む「ユアンさん。ジェイさん。庭園を見ながらハンバーグという、贅沢すぎる時間をありがとうございました」
ユアンの提案で用意していたおかわりのハンバーグまで食べて、風真は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、お礼のはずが光栄なお言葉をいただいてしまいまして」
ジェイも頭を下げる。神子という立場で腰が低いことに前回から驚いていたが、ケイと同じ国の人間ならばとすぐに納得出来た。
「もし宜しければ、またお食事を振る舞う機会をいただければと思っております」
「ぜひともお願いします。次は気になる二番手、オムライスをお願いしてもいいでしょうか」
真剣な眼差しでジェイを見つめる風真に、ジェイは快諾して、ユアンは愛しさのあまり吹き出しかけて口元を押さえた。
ケイは、ジェイの料理をこんなにも気に入って貰えて上機嫌だ。
次の食事会は、翌週の火曜日に決まった。
「お腹が落ち着いたら、散歩しようか」
「はい、ぜひっ」
元気に返す風真の頭を撫で、ユアンはまた愛しげに目を細める。あまりに甘い笑みに、ケイは見てはいけないもののようにそっと視線を反らした。
その後は庭園を歩き、緑と花の香りに風真は深呼吸をした。窓のない離れにもすっかり慣れてしまったが、やはり外の空気は気持ちが良い。
(これに慣れたら、離れが息苦しく感じそうだな……)
自室も図書室も廊下も、窓がない。
(まあ、その時はアールの部屋に入り浸ればいいか)
一瞬で解決して、風真は庭園を見渡した。
「ユアンさんのお屋敷~って感じですね。もうどこ見てもオシャレ~」
「ありがとう、神子君。明日にでも君の屋敷に出来るよ?」
「へ? ……あっ」
「風真さん、あのお花綺麗ですよ」
「えっ、ケイ君っ?」
風真の腕を掴み、グイグイとユアンから引き離す。初めて見る強引なケイに、ジェイは唖然とした。
だがすぐに我に返り、ユアンを見る。
「申し訳ございません……」
「気にしないで。でも、困ったな。彼はアール派なのかな」
そう言いながらも、ユアンは楽しげに笑い、肩を竦めた。
・
・
・
そろそろお開きに、となったところで、風真はユアンに預けていた紙袋をケイに渡す。
「これ、ケイ君に。いつもお世話になってますのプレゼントです」
「えっ、そんなっ……」
「俺の気持ちだけはめちゃくちゃ籠もってるので、受け取ってください」
気に入って貰えるか心配で、つい敬語になってしまう。
「……では、ありがたくいただきます。開けてもいいですか?」
「うんっ」
ケイの反応が気になる、と分かりやすくソワソワする風真の前で、ケイは丁寧に袋を開ける。
「綺麗……」
取り出したものに、ケイは感嘆の声を零した。
「本読むの好きって言ってたから、栞にしたんだ。デザインはケイ君をイメージして、天使の羽に、透明の宝石。それと、可愛い花です」
同じく本を読むトキの推薦する店で、猫を見に行った帰りに買ったものだ。
羽の形の銀色のプレートは、上部がフック型になったもので、クリスタルが下がっている。動かす度にキラキラと光を散らして美しかった。
もう一枚は押し花を使った栞で、水色と白の小さな花が愛らしく並べられている。
風真がケイをイメージして、ケイのためにと選んだプレゼント。
ケイの瞳がじわりと潤み、袋ごとぎゅっと胸に抱いた。
「嬉しいっ……、一生大切にしますっ」
元の世界ではプレゼントを貰うことなどなかった。“友達”と言ってくれる風真からのプレゼント。こんなにも嬉しくて、抑えようとしても涙が溢れた。
ジェイがそっと肩を抱くと、ケイは顔を上げて嬉しそうに微笑む。
「良かったな、ケイ」
「はいっ……、風真さん、とても素敵なものをありがとうございますっ」
しっとりと濡れた睫毛が輝き、その美しさに風真は無意識に頬を染める。
気に入って貰えて良かったと、太陽のような笑みを見せる風真に、ケイは眩しげに目を細めた。
「お返しをするつもりが、こちらがいただいてばかりで……」
「それはこの前の討伐のお礼に、神子君がケイ個人にしたものだから」
「……大変失礼ですが、ケイのことは」
「ああ、すまない。ケイ君、だね」
恐縮しながらもしっかり訂正してくるジェイに、ユアンはクスリと笑った。
屋敷を出て、ジェイの前に抱えられるようにして馬に乗るケイに、似合うな、と風真は思う。
討伐に行く時にアールが同じようにして風真を乗せるが、とてもこんな絵にはならない。風真は少しだけ落ち込んだ。
「……あのお二方は、恋人じゃないんだよな?」
見送る二人が見えなくなってから、ジェイはずっと考えていた疑問を口にする。
「はい。まだユアン様とアール殿下は、風真さんの取り合いをされているんです」
「聞いてはいたが……とんでもないお二方に慕われたものだ」
ジェイは何とも言えない顔をした。
「そうですね……。でも今は殿下もとてもお優しくなられたみたいで、ユアン様も女性関係を精算されたみたいですし、僕としては、風真さんを大切にしてくださるならどちらでもいいです」
そう言い切った。冷たい物言いだが、二人に対してこれ以上に平等なことはない。
「ケイは、神子様のことになると饒舌になるな」
「……そうでしょうか」
「好きなんだな。神子様のこと」
好き。
ケイはそっと視線を伏せる。
「……僕のしたことをきちんと責めたうえで、仲良くしてくださってるんです。それも、表面上じゃなく、全て本音で……。好きにならないはずがありません」
真実を話した日の感情を、事実を、有耶無耶にせずに、きちんと心の内を話してくれた。
その上で今、こうして良くしてくれる。笑顔を向けてくれる。ケイはぎゅっとプレゼントを抱きしめた。
「だから僕は、風真さんのために、魔物を討伐し続けたい……。風真さんの幸せのためなら、何でもしたいんです」
同情などではなく、心から優しくしてくれる。素直で真っ直ぐで眩しい、太陽のような人だ。
その笑顔を護るためなら、何でも……。
「……ジェイだけは、渡せません……けど」
例え風真にでも、この命を差し出そうとも、ジェイだけは渡せない。
俯くケイの頭を、ジェイはわしゃわしゃと撫でた。
「俺は、世界一愛されてんだな」
「っ……ぁ、……」
愛してます。
その言葉が言えなくて、せめてもと、小さく頷く。
髪から覗く耳まで真っ赤になっている事に気付き、ジェイは顔を綻ばせた。
「俺もケイを、世界一愛してる」
「!」
ケイはビクリと跳ね、ますます真っ赤になった。
普段は、愛してるなど言わない。
好きだ。可愛い。
言葉なら、それくらい。
言葉ではない愛情なら、溢れるほどに伝えられているけれど。
「ユアン様に感化されたのかもしれないな。ケイが恥ずかしがるって分かってるのに、今日は伝えたくなった」
ユアンの風真への愛情は、見ているだけで蕩けるのではと思うほどに甘かった。どれほど愛しているか、ユアンを殆ど知らないジェイでも分かるほど。
だから、伝えたくなった。
これからはもう少し、遠慮せずに伝えても良いだろうか。
「……あの、……もう一回、だけ……」
羞恥に震えながらの可愛いおねだりに、ジェイは思わず息を呑む。
「愛してる。ケイを、この世の誰より愛してる。……愛しているよ」
「っ……も、……いい、です……」
一回って言ったのに。
もにょもにょと言って、ケイは身を丸めた。
ケイからのおねだりに、つい気が昂ってしまった。これからも、愛の言葉は控えめにしなければならないようだ。
ジェイは愛しげに目を細め、風でふわふわと揺れる髪に、気付かれないようにそっとキスをした。
20
お気に入りに追加
827
あなたにおすすめの小説
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる