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火曜日

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「遠目に拝見したことはありますが、門をくぐってからですと……ますますデカイですね」

 ユアンの屋敷のエントランスホールで、ジェイは素直な感想を零した。

「豪華ですね……」

 ケイは赤い絨毯の敷かれた階段を見つめ、感嘆の溜め息をつく。

「高いですね……」

 風真ふうまも天井を見上げ、すごい、と呟いた。

「ありがとう。神子君は王宮で見慣れてるんじゃないかな」
「だって、個人の家でこれですし……」

 門番のいる屋敷を外から見て、本当にここですか? と驚いた。
 門から玄関までが長くて、また驚いた。
 しかも本邸ではなく、ユアン所有の屋敷だ。驚くところばかりだ。

「厨房と食堂は手狭だから、がっかりさせないか心配だよ」

 ユアンはそんな事を言いながら、三人を案内する。



「手狭とは……」

 ジェイの呟きに、風真とケイも内心で同意した。
 大人数でも余裕で調理出来そうな、広々とした厨房。扉の向こうの広い部屋には、白いテーブルクロスの敷かれた大きな長机が置かれていた。
 庶民の料理を出すにはあまりに場違いだと、ジェイは口を噤んだ。

「食事をする場所はこっちだよ」

 ユアンは食堂のガラス戸を開ける。その先には、色とりどりの花々が咲き誇る庭園があった。

「今日は天気がいいし、こっちの方がいいと思ってね」

 庭園の中ではなく、食堂のすぐそばに、椅子四脚と円形の木のテーブルが置かれている。日除けもあり、開放的で気持ちの良い空間だった。


「わーっ、いいですねっ」
「カフェのテラス席みたいで気持ちいいですね」
「うんっ。さすがユアンさんのお屋敷、オシャレだねっ」
「はいっ」

 風真とケイのはしゃぐ姿に、ユアンとジェイは頬を緩める。

 貴族の、しかも公爵家の子息で、王国の騎士団隊長の屋敷ということでジェイは内心では酷く緊張していた。
 だが、貴族の屋敷らしい広々とした庭園だが、気負わずに楽しめる雰囲気が作られている。これは自分たちを思いやっての事だと、ジェイは頭を下げた。

「お気遣い感謝致します」
「気に入って貰えたようで良かったよ」

 ユアンは気負わせないよう明るく言って、厨房も使いやすいとは思うんだけどと笑った。


 ジェイが調理する間、風真とケイには厨房の端に椅子が用意された。いくらユアンの屋敷とはいえ、彼らを二人きりにする訳にはいかなかった。

 風真は「料理してるとこまで見られるなんてレア!」と喜び、ケイはジェイの格好良い姿を風真に自慢したくてソワソワしていた。
 ユアンは興味深そうにジェイの調理法を見つめながら、自然な動きで器具や皿を用意する。
 公爵家とは……と、ジェイだけが、真剣に料理をしながらも畏れ多さに静かに震えていた。





「これが……ジェイさんの、絶品ハンバーグ定食……」

 デミグラスソースの掛かった熱々のハンバーグに、千切りキャベツと、炒めたニンジンが添えられている。スープはコンソメ。パンは白パンだ。
 元の世界でもお世話になった、オーソドックスな定食スタイル。見た目だけで、じゅる、と涎が出てしまう。

「お口に合うと良いのですが……」
「見た目と香りからもう合ってます……いただいてもよろしいでしょうか」
「勿論です」
「ありがとうございます! いただきます!」

 パンッと手を合わせ、風真はいそいそとハンバーグにナイフを入れた。
 じゅわっと溢れ出る肉汁。湯気の立つそれを口に運び、はふはふしながら噛みしめる。弾力のある肉質に、トマトの酸味をほのかに感じるソースが絡み、まさに絶品。

「はふ……幸せ~……」

 目を閉じ、至福の表情を浮かべた。
 ジェイはホッと胸を撫で下ろす。その隣で、ケイが自慢げににこにこと笑顔を浮かべていた。


 余韻に浸ってから、スープを一口。パンも一口。どちらも離れで食べているものとは違う、素朴な味がした。

「とっても美味しいです、ありがとうございます……ジェイさんが神様……」

 思わず崇めると、ジェイは照れ臭そうに頬を掻く。

「平民の料理で心苦しいですが、お気に召していただけて光栄の至りです」
「そんな、大好きすぎます。……ん? あの、俺も平民でして……」
「存じ上げておりますが、神子様は毎日王宮の料理を召し上がっておられるので、味覚がそちらに合っていらっしゃるかと」

 眉を下げるジェイに、風真は目を瞬かせた。

「すみません……合う、というのが俺には良く分からなくて……。みんな違ってみんな美味しいです」

 離れでも、街の食堂でも、屋台でも、それぞれ特徴があって、それぞれ美味しい。この世界にきて味覚の幅が広がったとは思っても、舌が肥えてしまうという事はなかった。


「神子様は、料理にも敬意を払ってくださっているのですね」

 ジェイは破顔して、風真を見つめる。
 その間も、冷めないうちにと会釈をしながらハンバーグを口に運ぶ。その度に美味しそうな顔をするものだから、料理人として、こんなに嬉しいことはなかった。

「……僕も、風真さんくらい食べられれば……」
「ケイはケイのペースでいいんだ。量じゃなく、美味しく食べてくれるかが重要だからな」
「ジェイ……」

(不安にさせちゃったなぁ)

 もぐもぐと頬袋を動かしながら、二人を見つめる。ジェイが風真を好きにならないか心配と言っていたケイは、やはり不安になってしまったらしい。

「わっ、ジェイっ……」

 それを察し、ジェイは宥めるようにケイの頭を撫でる。ケイはあうあう言いながら、俯いて真っ赤になった。

(でも、恋人っぽいとこ見れて俺も幸せになった~)

 愛しげに見つめるジェイと、一途な愛情にまだ慣れない初々しいケイ。見ているだけで幸せだ。


「フウマ」
「はいっ」
「俺のもどうぞ」
「えっ、あっ、ありがとうございますっ」

 一口大に切られたハンバーグを刺したフォークを近付けられ、反射的にユアンの手からパクリと食べる。

「んっ、んん~っ」

 同じものでもやはり美味しい。
 むぐむぐと噛み締める風真をユアンは愛しげに見つめ、ジェイは目を瞬かせて、ケイは驚きながらも羨ましいと内心で呟いた。ジェイにもされる事はあるが、恥ずかしくて食べてあげられないのだ。

「可愛いなぁ……」

 ユアンが小さく零した。
 何故だろう。今日は、風真がいつもと違って見える。
 料理を前にしていた時の風真が、好物を前におあずけされて涎をダラダラ垂らし、良しの合図で大喜びで飛び付く愛犬のように見えてしまった。

 どうしてだろう。頬をいっぱいにしている風真が、いつも以上に愛らしく見える。

「可愛い……」

 食べてしまいたい。
 はあ、と感嘆の溜め息をつくと、何かを察したケイは警戒してユアンを見据え、ジェイは気持ちは分かるとばかりに、風真ではなくケイを見つめた。

(ユアンさん、俺が食べてるの見るの好きだよなぁ)

 風真だけはいつもの事とばかりに、気にせずにもりもりと食べていた。

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