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クエストクリア報酬5:通話

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「ってことがあって……」
「完全に王子ルートじゃない」

 今朝の出来事と、アールに王宮を案内して貰った日のことを話すと、由茉ゆまからはそんな言葉が返ってきた。

「違うんだよ……。でも今、五回目の討伐が終わったとこ」
「五回目ってことは、そろそろ風真ふうまの気持ちも決まるのかな?」
「う、うーん……。なんか、どっちにもドキドキしてきて、どっちも恋じゃないかと思い始めてる……」
「今なら二人とハッピーエンドもいけるんじゃない?」
「いけないよ! あの二人が許すわけないじゃん!」
「風真は?」
「俺もいけないっ……」

 風真は両手で顔を覆った。あのイケメン二人、しかも嫉妬深い。二人と恋人になるなど、体力と精神力が毎日ゴリゴリ削られそうだ。
 それにやはり、二人の望む通り、どちらか一人を選びたかった。


「……姉ちゃんの意見を聞かせてほしい」
「うん?」
「アールとは普段は友達みたいに話せるんだけど、二人きりになって王子様モードになられたらドキドキする。ってか、心臓ギュンッてする」

 キュンなんて可愛いものではない。

「ユアンさんは、色気すごくてドキドキするし、抱きしめられるとあったかくて落ち着くんだ。酔って寝落ちた朝にユアンさんの顔見ると、なんか安心する」

 ベッド脇の絵を見つめ、絵でも効果があると呟いた。

「待って。酔って寝落ちた時にユアンがいるとか、安心と真逆じゃない?」
「それが、そんな状況でも俺のことすごく大事にしてくれて、酔って転がる俺を止めてくれたり、二日酔いの薬を用意してくれてたり、食べられそうなもの持ってきてくれたり、いっぱいお世話してくれるんだ」
「そ、そっか……。まあ、ユアンは本来は管理型エンドだし、世話好きでもあるよね」

 アールも変わったが、ユアンの変化も信じられないものだ。一緒に朝を迎えて、何もないとは。


「なんか、王子は高校生主人公の少女漫画で、ユアンは大学生か社会人主人公のピュア乙女漫画みたい」
「んんっ、だよねっ、男だけどっ」

 どう頑張っても立ち位置がヒロインだ。ここはBLゲームの世界のはずなのに。

「風真はちょうど境目みたいなものだしねぇ」
「完全に大学生だよ……」
「中身の話よ。高校生みたいに純粋なのは、風真のいいところだもの」

 その言葉に何も返せなかったのは、純粋ではないあれこれを知ってしまったからだ。そこはさすがとんでもないBLの世界。


「でも王子、王族しか知らない隠し通路を教えるなんて、本気出してきたね」
「う、うん……」
「今のとこ王子が優勢なのかな?」
「そうでもない」
「そう?」
「ユアンさんは、優しさと包容力と気遣いがすごい」
「ええっ、ユアン、ほんとに変わったね~」

 ユアンは変わった。アールも、トキも。皆、優しくしてくれる。大事にしてくれる。

「でも……大事にされすぎて、ユアンさんは自分を犠牲にしようとしたから、怒った」
「風真がっ?」
「うん。怒るっていうか、諭す?」
「風真がっ? ユアンを諭したのっ?」
「うん。知力90越えた辺りから、語彙力も増えた気がする」
「は~……風真がねぇ……」

 風真が誰かを怒った事もだが、諭した事にはもっと驚いた。ゲームの世界らしく、数値が身体にも影響を強く与えるのだろうか。
 そう考えてから、由茉はそっと視線を伏せた。

「……でも、風真はこっちじゃ有り得ないくらい色々な経験して、……魔物討伐なんて、危険なこともしてるんだもんね。初期のあの三人ともずっと接してきたし、風真の内面が、成長したんだね」

 由茉は寂しげな声を出す。
 風真の成長を、この目で見られない。つらい時、傍にいてあげられない。本当は風真は、そんな危険な目に遭わなくて良かった。そんなに早く成長しなくて良かったのに。

 そう考えても、今更どうにも出来ないと分かっている。自分に出来る事は、風真の頑張りを褒めて、前を向く手助けをする事だけ。


「で、風真をそんなに怒らせるなんて、ユアンは何をしたの?」

 由茉は明るい声に戻す。風真もそっと胸を撫で下ろし、わざと呆れた声を出した。

「大量のワイバーン相手に、俺を呼ばずに自分で倒そうとしたんだよ」
「ワイバーン!? うわぁ……そりゃ、風真も怒るわ……」
「俺を護ろうとしてくれた気持ちは、すごく嬉しいんだけど……。公私混同は駄目ですって怒った」
「そうだよねぇ……。騎士たちもユアンだけに任せたりしないだろうし、……話して、ユアンは納得してくれた?」
「うん。次は俺を呼んでくれると思うよ」
「そっか」

 それでも由茉は不安になる。ユアンはもう、風真にとって大切な人だ。彼を失う事は、風真に一生消えない傷を付けるということ。

「ユアンには内緒で、騎士の人たちにも危なそうな時は呼ぶように言った方がいいかもね。副隊長に神子権限を与えるとか」
「うん、そうだよね……」

 約束してくれたユアンを信じているが、いざその時になれば、呼ばないという判断をしてしまうかもしれない。戦場では何が起こるか分からないからだ。


 無言になった風真に合わせ、由茉も口を噤む。
 ユアンを選ぶことは、互いにとって良くないことではないだろうか。風真と恋人になり、結婚して子供など出来れば、ますます身を挺して護ろうとするのではないか。そんな懸念が生まれる。

 風真は、ユアンを失ったからアールと、など出来る人間ではない。ユアンを想い続け、泣きながら一生を過ごすだろう。
 それは、アールを選んでも同じこと。だが、命を落とす危険はユアンの方が遙かに上だ。

「……ユアンは」

 選ばない方がいい。そう言い掛けた口を、慌てて押さえる。

「姉ちゃん?」

 神妙な声に、風真も不安げな声を出した。

「……ユアンは、本気になれる人が今までいなかった分、風真のことになるとアール以上に周りが見えなくなるのよね。騎士たちにしっかり管理して貰わないと」

(ユアンさんは選ぶなって言われるかと思った……)

 想像したものとは違う内容に、風真はそっと息を吐いた。


「この話はここまでね。他に何かあった?」

 由茉は画面に表示された残り時間を見て、話題を変える。

「えーっと……しゃべるドラゴンにも会ったよ。実は初代神子様とすごく仲良しだったみたい」
「ドラゴンと初代神子? ゲームではそんな話は出てこなかったよ。全然違うんだねぇ」
「そうみたい。それと、ジェイさんにも会ったよ」
「ジェイ!?」
「実は友達の恋人でさ、料理人でジェイって名前だし、絶対あのジェイだーって思って」

 そう言うと、ジェイルート以外だと他に恋人いるんだ、と感嘆した声が聞こえた。

「このゲームにしては、ムキムキで男前な人なんだね」
「そうなの! ジェイは男の中の男! って感じでかっこいいんだよね~。職業も趣味も料理だし、ご飯作ってくれる旦那さいこ~っ」

 しばしの間の後、あっ、と聞こえる。風真には聞かせたくない本音だった。

「俺も最高だと思うよ?」
「……夢壊してごめん」
「いいって~。実際に会ったら、モテる理由は料理だけじゃないなって分かったし」
「詳しく」

 食い付きがすごい。風真は笑いながら、ジェイの良いところを思い出して話した。

「あのさ、俺……今度、ジェイさんの作った料理、食べさせて貰うことになった」
「えっ! すごいじゃない! いいな~!」
「姉ちゃんには申し訳ないけど、めちゃくちゃ楽しみ~!」
「感想聞かせてー!」

 同じように高いテンションではしゃぐ。アールたちが見ていたら、姉弟だなと微笑ましく見ていただろう。


 それから、公爵令嬢を遠目に見て感動したこと。悪役令嬢に突っかかられて、純粋な神子を演じたこと。
 ユアンに社交界のことを教えて貰い、その後二人で酒を飲み、風真の好きな酒を用意してくれて嬉しかったこと。
 寝落ちて早朝にユアンの部屋から出たところをアールに見られたものの、修羅場にはならず健康管理をされて終わったこと。

 異世界ならではの体験をする風真の話に、由茉は目を細めて耳を傾けた。
 心配や不安はある。だが風真なら、強く生きていける。そう信じている。


「異世界体験、盛り沢山だね。ん~、気遣いがすごいユアンに一票」
「アールと並んだ~」

 由茉は、次はどっちに入るかな、と笑った。

「お試しで付き合うにしても、もう一緒に住んでるし、話聞いた感じだと二人の対応はもう恋人みたいなものだしねぇ」
「そうなんだよね……」
「後は、風真がどっちと恋したいか、かな」

(恋したいか……)

 ふと何かが分かりかけて、消える。

「色々言ってきたけど、風真はやっぱり直感を信じるのが一番ね。恋人じゃなくて旦那選びになってるし、納得いく答えを出しなさいね」
「うん、っ……俺も旦那ポジションだけどねっ」

 うっかり旦那で納得しかけた。風真は慌てて自分も男だと主張した。

「次に話せる時どうなってるか、楽しみにしてるよ」
「うんっ、いい報告できたらいいなぁ」
「結婚の事後報告だったりして」
「うぇっ!? 早すぎるよ!」

 真っ赤になって慌てる風真が想像できて、由茉はクスクスと笑う。
 即日入籍だろうと、風真が望む形で、風真を大切にしてくれるなら、それでも構わない。由茉が望むのは、ただただ風真が幸せに生きていくことだけだ。


 またね。


 その言葉を交わす時、いつも不安がないわけではない。
 また話せる。そう信じて、通話が切れて画面が消えた後もしばらく、二人は宙を見つめ続けた。

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