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肖像画のこと
しおりを挟む翌日。風真は朝食後に、アールと一緒に自室に戻った。
肖像画の事を説明しようと、先に実物を見せる。
「あの……」
「予想より早かったな」
「え?」
「お前が私の絵をこちら側の壁に飾る事も、ユアンが対抗して自分の絵を持参する事も、その中に幼少期の物がない事も、予想していた」
「えっ、すごっ」
怒るでもなく、悲しむでもなく、平然と部屋の中を見回した。
「お前が幼少期の私に、毎朝毎晩、挨拶をしているだろうとも予想していた」
「はっ!? 見てた!?」
「馬鹿を言うな。神子の部屋に無断で入れはしない」
呆れた顔で返され、言いようのない悔しさと、肯定してしまった恥ずかしさでダンダンと地団駄を踏む。そんな風真に、アールはそっと口の端を上げた。
ベッド脇の棚には、最前列にアールの肖像画が置かれている。毎朝毎晩自分を見て挨拶をしている姿を想像すると、頬が緩んで仕方なかった。
「この子供があの絵のような王太子になり、いずれ王になるのだと、感慨深く思っただろう?」
「……思ったよ」
「私の子を産むならば、頭脳だけは私に似れば良いと」
「思いましたよっ……」
「だがそれは誰を選ぼうと同じだ、と」
「天才こわいっ!」
想像だけでそこまで完璧に。いや、自分が単純なのだろうか。風真は頭を抱え、うずくまった。
アールは小さくなった風真の手を取り、立ち上がらせる。そしてベッドの縁へと座らせた。
「私を選べば、この子供の成長した姿がお前のものになるが?」
棚の上の絵を、風真に握らせる。
「この子供も、あの絵の王太子も、いずれ王になる者も、全てお前のものだ」
「っ……俺、の」
王妃に抱かれている愛らしい赤ん坊。その成長した姿が、全て自分のものに……。
「……ハッ、流されるところだった!」
「正気に戻るな。流されろ」
「流されないからなっ」
「それなら、理性で私を選べ」
「んんっ……」
相変わらずグイグイくる。風真は呻いた。
「私とユアンの絵の間にトキの絵を飾りたいと思っただろうが、それはさすがに許可出来ない。代わりに、腕の良い絵師を見つけ次第、四人で並んだ姿を描かせよう」
「そこまで把握されてる……天才こわい……。でも、四人の絵っていいな。なんか、すごい嬉しい」
写真のない世界だ。皆で一緒にいる姿を、この部屋でいつでも見られるのは嬉しかった。
「あのさ、……ユアンさんの絵、相談せずに受け取って、ごめん」
「謝る必要はない。お前の自由にして良い。……服を受けることと、ユアンを選ぶ以外はな」
「眉間のシワすごい」
自由にと言った時は穏やかだった顔が、急に険しくなる。アールは眉間を押さえ、皺を伸ばした。
「……フウマ」
「んっ、なに?」
「ケイの事が、好きか?」
(ユアンさんと同じこと言った!)
アールにも言われたという事は、眠るケイに触れようとした事が余程そう見えてしまったのだろう。
「私はケイのように華奢ではなく、控えめでもなく可愛げもない。庇護欲を擽る笑い方も出来ない。抱かれる側に回る事も……出来ない。だが、私が体を預ける事でお前の心を私に向けられるなら、……抱かれる側に、……私、が……」
「無理しないで!」
また眉間の皺が深くなり、顔色まで悪くなるアールに慌てた。
アールがそちら側になるのは、例え風真相手でも無理なのだろう。それは本能のようなものだ。風真にもそれは分かっていた。
「勘違いさせてごめん。ケイ君に恋愛感情はないよ。可愛いし守りたいとは思うけど、恋愛って考えるのは、アールとユアンさん以外にいないし」
「……そうか」
アールはすぐに表情を緩めた。
「私は恋愛対象か」
「う、そうだよ」
答えると、そっと頬を撫でられる。
言葉もなく、ただ触れられ、愛しげに見つめられる。
(なんか……なんか、すごい……)
キラキラした王子様。甘い瞳。優しい微笑み。元の世界で読んでいた小説や漫画のヒーローのようで、ジャンルが変わったのかと錯覚してしまうほど。
「私を好きになれ」
「っ……」
静かで心地よい声。じわりと身体の奥まで伝わり、風真は一気に顔を赤くした。
「うぇ、ぁ、わあぁぁっ!!」
突然大声を上げて立ち上がる風真に、さすがのアールもビクリと震える。
「ごめんっ、イケメンの甘さに耐えきれなかった!」
風真は両手で顔を覆い、また座って俯いて、ぶんぶんと頭を振った。
体も揺れてベッドが揺れ、アールも揺れる。空色の瞳を瞬かせ、声を立てて笑い出した。
「お前には刺激が強かったか」
「強かった!」
「顔が良いというのも、困ったものだな」
「俺も困った! 普段は平気なのに~っ」
甘い言葉を囁かれ、見つめられると、別人のように感じて耐えられなくなってしまう。
「可愛い、フウマ。愛している。お前以外愛せない」
「もう勘弁してっ……」
耳元で囁かれ、バフッと仰向けで布団に倒れ込んだ。
顔を覆ったまま悶える姿に、アールはまた笑みが零れてしまう。言葉にした事は全て本心だ。それで風真が羞恥に悶えているのは、この感情に少しも嫌悪がないということ。
早く私を好きになれ――。
想いを込めて額にキスをすると、大袈裟に跳ねてぷるぷると震えながら、「もう勘弁して……」と蚊の鳴くような声を零した。
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