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眠り姫

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 長い廊下を進んだ先。御使いの予備の部屋に、ケイはいた。
 討伐時にケイを支えていた騎士二人が護衛につき、それを見た風真ふうまはそっと胸を撫で下ろす。


(眠り姫みたいだな……)

 まだ眠っているケイを見つめ、思わず息を呑んだ。
 こんなに綺麗な人が眠っていたら、キスをしたくなる気持ちも分かる。死んでいるのかと思うほどに静かで、白く透けそうな肌は滑らかで……。

(うあっ、触るとこだったっ)

 伸ばしかけた手を、慌てて引く。
 眠っている時に勝手に触るのはいけない。きちんと許可を得てから触らせて貰おう。触る事は確定で、風真はそっと息を吐いた。

 その姿を見つめるアールとユアンの視線に、風真は気付かない。見つめる先では、ケイの瞼がぴくりと動き、薄茶色の瞳がゆっくりと風真を映した。


「あっ、ケイ君、起きた?」
「……ふうま、さん……?」

 ぼんやりとした瞳が、風真を見つめ続ける。

「今月は、火曜が……固定休に、なりました……」
「うん、……ん?」

 ケイが体を起こそうとするのを風真が支える。ケイは寝起きの掠れた声で礼を言い、意識を覚醒させようと、ふるふると頭を振った。

(可愛いな……)

 小動物のようで、とても可愛い。年下と接する機会がどちらの世界でもほぼなかった風真は、つい頬を緩める。
 それに気付いたケイは、恥ずかしそうに目元を染めた。

「あの……、お手紙を、出そうとして……気付いたんです。神子様へのお手紙は、全て内容をチェックされるんです。差出人が貴族ならともかく、平民から届いたものは、家の場所まで調べられる可能性もあって……」
「えっ、そうなんだ……。ごめん、知らなかったよ」
「僕も、後から気付いたので……」

 ジェイと一緒に風真に会いに行ける日を、手紙に書いてから気付いた。どうしようと迷い、次に討伐で会った時に伝えるしかないと思っていたのだ。

 ケイに出逢ってから、ジェイは知人の料理人を二人雇った。元は火曜が店休日だったものを年中無休にし、スタッフをシフト制にしたところ、ジェイは休みが増えたが不定期になった。
 これからも風真と会いたい時に、いつが休みだと伝える為の手段を考えているところだ。


「それなら、これからは騎士団の俺宛に出せばいいよ。俺がそのまま神子君に渡すから」

 ユアンが風真の肩に触れ、ケイへと視線を向ける。

「平民を装った部下からの機密文書もあるから、開封はされないよ。住所も名前も偽物でいい。後で紙に書いて貰えれば、届いた手紙の文字と比較して本物か確認も出来るしね」

 提案すると、ケイはしばし迷ってから、お願いしますと頭を下げた。

「これで少しは心証が良くなったかな?」
「……はい」
「まだ警戒されてるか。和解したと思ったんだけどね」

 以前に馬車で送り届けた時、一度は笑ってくれたというのに。ユアンは肩を竦める。

「神子君から彼への手紙は、部下に届けさせるよ。平民に見えるようにしてね」
「ユアンさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」

 頭を下げる風真を、よしよしと撫でた。二人の警戒心を足して均等に分ければ丁度良いなとつい苦笑してしまう。


「ケイ君。今更だけど……俺の顔、見えてる?」
「はい……? 見えて、……すみません。僕は適用外なので……」
「そっか、良かったよ……」

 そっと視線を逸らす風真に、ケイは察して申し訳ない顔をした。

「大丈夫。いたたまれないだけで、全然大丈夫だったから」
「すみません……」
「こっちこそ、なんか、ごめん」

 何が起こったか知っているだけに、お互いに気まずくなる。ケイは一瞬、誰のを摂取したんだろうと考えたが、想像だけで顔を真っ赤にして俯いた。


「そうだった! ケイ君、早く帰った方がいいよねっ?」
「……っ! 今何時ですか!?」

 珍しく大きな声を出すと、背後の窓を振り返って顔を青くした。もう太陽も沈みかけている。

「ジェイがっ……森に戻ってきてるかもしれませんっ」
「その彼は、どんな風貌をしてる?」

 ぎゅっと布団を掴むケイに、ユアンは冷静な声で問いかけた。

「魔物の後始末をしてる時に、側をうろついてる男性を部下が保護したんだ。君くらいの身長の茶色の髪の子供を探していると言ってたけど、人違いだったらいけないからね」

 男性は悪者で、何かしらの理由でケイを狙っているのかもしれない。それを警戒していると、ケイにも分かる。だが。

「……その人は、無事ですか?」
「無事だよ。客人として保護させて貰っている」
「そうですか……」

 ジェイが保護という名の捕縛をされたのではと、気が気ではなかった。ユアンは優しいが、騎士としては冷酷な面もある。知らなければ、ただ礼を言えたのだろう。

「……ジェイは、焦げ茶色の短髪の、大柄な男性です。ユアン様より筋肉質で、背が高く、男らしい顔をしています。低くて誠実な印象を与える声をしていて、……特徴といえば、左腕の肘下に火傷の痕があります。調理器具が当たって出来た、細いみみず腫れのような痕です」

 主観を交えながら、淡々と答える。相手はだと思うとどうしても素直になれず、ケイはそっと視線を落とした。

「情報をありがとう。確認してからまた来るよ。これも王宮の決まりだから悪く思わないでくれ」

 刺々しい対応に、ユアンはまた苦笑して部屋を出て行った。


 結局アールは一言も発さないまま、ユアンと共に部屋を出た。トキは神殿の用事でここへは来ていない。騎士たちは気を遣って少し離れた場所に移動した。
 風真はそれでも一応声のトーンを落として、口を開く。

「ユアンさんのこと、まだ怖い?」
「すみません……。もう怖くはないですけど、何度も見た映像を思い出すと、信用ならないというか……」
「えっ、そんなに?」
「はい……。風真さんは知らなくて良かったです」

 囁き、にっこりと笑う。その笑顔はどこかトキに似たものがあった。

「それに、あまり僕が関わると、何かの力が働かないとも限りませんし」
「っ、……そっか」
「もう変わられたと、分かってはいるんです。でも……風真さんが軟禁エンドになるのは、絶対に避けたくて」
「えっ、俺の心配っ? ありがとう!」

 てっきりケイに心を動かされる心配かと思った。元気にお礼を言う風真に、ケイは嬉しそうに笑う。

「風真さんとお話していると、僕まで元気になります」
「そう? 嬉しいなぁ」
「ジェイにも早く紹介したいです。風真さんを好きにならないか、やっぱり不安はありますけど」
「ならないってば~」

 眉を下げるケイに、風真は明るく笑った。


「僕、ジェイにはいつも迷惑をかけてばかりで……。今日は僕がいつまでも帰らないので、とても心配させたと思います」
「そうだよね……。今日も、助けてくれて本当にありがとう。無理させてごめん……」
「謝るのは僕の方ですっ。それに風真さんの方が……とても、大変な目に……」

 思い出してしまい、二人でカァ、と赤くなる。

「俺は大丈夫! ん? あれ? そういえばケイ君、いつもどうやって帰ってるの?」

 ジェイは森にと言った。それなら、ケイを送った後は離れているということ。
 馬で移動するような距離だ。ケイが帰る際は馬車でも使っているのだろうか。

「人のいない場所までは徒歩で、その後は……短距離なら、火の力を使って瞬間移動ができます」
「えっ!? すごい!」
「僕もこれが一番すごいと思いました。体力を使うので、帰りにしか使えないんですけど。部屋のベッドまで飛んで、そのまま寝ちゃう感じです」
「すごいっ、便利っ」
「通学の時に使いたかったです」
「だよね~」

 某未来の扉のようで、とても欲しい力だ。
 和気藹々と話す風真とケイを、騎士たちは微笑ましく見つめる。風真に気負わず自然体で話せる相手がいる事に、そっと涙すら浮かべた。


「そうそう。あの後ドラゴンが現れてさ。なんだかんだ味方だったんだけど、俺たちが倒した魔物は、ドラゴンじゃなかったんだなぁって」
「そうですね。ワイバーンでしたもんね」
「えっ……」
「え?」
「……知ってたの?」
「はい……あの形、ワイバーンでしたよね……?」

 風真は頭を抱えた。

「……ワイ、……?」
「ワイバーン、です……」
「ワイバーン……」
「腕があるのがドラゴンで、ないのがワイバーンです……」
「……なかったよ、ワイバーン」

 ケイは知っていた。どうやら神から与えられた知識ではなく、元の世界で知っていた事だったようだ。
 今も昔も無知だったな、と風真は遠い目で窓の外を見つめた。


 その後、使用人が二人分の食事を運んできた。ケイが神子だった頃には一度も口を付けなかったこれは、こんなにも美味しいものだったのかと息を吐く。
 消化に良いリゾットとプリンを、目元を緩めながら残さず食べるケイを見つめ、風真もそっと笑みを零した。

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