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討伐クエスト5-4
しおりを挟む『人間どもに、敵意はないと伝えてくれ。私を今倒さずとも、どのみちもう長くはない』
「え……」
『そなたが大人になる頃には、私の命は尽きるだろう』
「……ごめんなさい。俺、もう大人。二十歳です」
やっぱり子供と思われていた。
ドラゴンは一瞬動きを止め、パチパチと瞬きをした。
『そなたが壮齢となる頃には、私の命は尽きるだろう』
「あ、やり直した」
思わずツッコミを入れるが、ドラゴンは涼しい顔だ。風真には表情が分かり始めて、急に親近感が湧いた。
「みなさん、あのドラゴンに敵意はありません。安心してください」
「神子、騙されていないか?」
「フウマさん。魔物を信じてはいけませんよ」
そこでピコンッと音がして、ドラゴンの上に棒状のものが表示される。
(体力……生命力だ。あと少ししかない……)
バーの上には、“生命力”とわざわざ文字が振られていた。
ドラゴンの言った事は本当だった。風真は眉を下げ、ドラゴンを見つめる。
「さっきの魔物とは違います。いえ、魔物じゃないんです。彼は、いいドラゴンです」
風真はそう言い切る。神の啓示かとアールとトキが無理矢理納得しようとする中、ユアンだけは鋭い視線をドラゴンに向け続けた。
「それなら、このタイミングで接触してきた理由は? 神子君の体力がなくなるまで隠れて見てたんじゃないか?」
神の啓示だとしても、風真を傷付ける可能性が少しでもあるなら、自分だけは最後まで気を緩める訳にはいかなかった。
「ユアンさん。いつも俺を護ってくださって、ありがとうございます」
風真はユアンを見つめ、ぎゅっと抱きついた。そして他の騎士に聞こえないよう、耳元に唇を寄せる。
「これは誰にも言わないでください。……彼は、戦えないんです。俺には見えるので本当です」
ユアンから離れ、にっこりと笑ってみせた。
戦えない。だからといって、討伐しないで欲しい。風真の言わんとする事を理解し、まだ納得は出来ないままだが頷くしかなかった。
「目的は今から訊いてみますね」
風真は笑顔で言って、ドラゴンに向き直る。
『無駄話が過ぎたな……』
ドラゴンは渋い顔で溜め息をついた。
『そなたの力を感じ、もしやと思い近付いた。そなたが神子ならば、私の声が聞こえるのではないかと』
そして見た光景は、神子の力を証明するには充分なものだった。
最初は、見目麗しいケイを神子だと思っていた。だが、髪は茶色で、神子の力を感じなかった。
その隣が神子ではと視線を向け、落胆した。神子というには平凡な顔をしている。この神子らしくない神子は、どうせ声が聞こえないだろうと思い込んでいた。
『私の声をここまで理解した者は、初代の神子以来だ。そなたの力は、初代と同等に強い』
同等、と呟き艶やかな黒の瞳を丸くする風真に、そっと目を細めた。
『そなたに出逢えた事は、私にとっては運命だ。神子よ。頼みがある』
ドラゴンは一歩踏み出し、風真へと近付く。
『私の命が尽きた後、鱗を、初代の神子と同じ場所に……東西と南、三本の道に、眠らせて貰えないだろうか。私を……私の神子と、一緒にさせて欲しい』
「あなたの、神子……?」
『……あの子が命と引き替えに叶えた願いを、愛した国の行く末を、この命が続く限り見守ると約束したのだ』
風真の疑問には答えず、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『だが山がなくなり、私は北を護った。同類に牙を向いた私は魔物ではなくなり、気付けば国を護るための力が生まれていた。……だがそれも、永遠ではない。私は力が尽き、一度は眠りについたのだ』
遠くを見つめ、息を吐く。
『神子よ。どうか私の鱗を、あの子の力を強く感じる場所に埋めて欲しい。そなたになら感じ取れるだろう』
「……俺、に」
『そなたなら出来る。それにあの子が、私を呼んでくれる』
金の瞳が、愛しげに細められた。
『数枚で充分だ。この身の残りは、そなたに託そう』
ドラゴンの鱗や爪には魔力が宿り、加工すれば魔除けや武器にも使える。血は万病を治癒する薬となる。ドラゴンはそう語った。
『そなたなら、この身を正しく使うと信じられる』
「っ、どうして……」
『あの子も、そなたと同じ色をしていた。魂の色が、今までの神子の中でそなただけが、同じ色をしている』
偏見を捨てなければ、気付けなかった。それほどまでに、風真の魂の色には濁りがない。
『私が命を終える日、そなたに会いに……』
そこで言葉を切り、しばし思案する。
『困った事があれば、私を呼べ。私もたまに顔を出そう。神子ならば王宮の離れに住んでいるのだろう?』
「えっ……、そうだけど、その姿だと入れないかも……」
『人の姿を模す程度、容易い事だ』
「人間になれるのっ?」
『そこの人間どもより美丈夫だ。次に会う時を楽しみにしておけ』
「うんっ、楽しみにしてるっ」
素直に喜び顔を輝かせる風真を、いい子だ、と褒める。
『その折りには、そなたの世界の今の姿を聞かせて欲しい。……私の神子の、世界の話を』
そう言い残し、ドラゴンは空へと飛び上がる。一度だけ風真へ視線を向け、背を向けて飛び去って行った。
(私の、神子……)
ぼろ、と風真の瞳から涙が零れる。
彼がアールのように、その血を媒介にして呼び出した神子だったのだろうか。
魔物だった彼が召喚出来たかは分からない。だが、神子が元の世界の話をするほどの仲だったのだ。
鉱石になっても国を護る神子を、ずっと見守ってきた。
永い時が流れても、ずっとずっと、想い続けて。
最期に一緒にさせて欲しいと、切に願う声。もうすぐ叶う願いに、瞳が愛しげに揺れていた。
(絶対、叶えるよっ……)
ぼろぼろと流れる涙。滲んだ空に、そう誓った。
「フウマ……」
アールの手が頬を撫でる。その手に擦り寄り、風真は柔らかく微笑んだ。
「ごめん、大丈夫だよ。……彼は、この国の守り神様だったんだ」
そう言ってもきっと許される。それほどの想いを、彼から感じた。
「最初の神子様と一緒に、ずっとこの国を見守ってくれてる。ずっと……」
それでも、風真が召喚された。その理由に皆、思い至る。
「これからは、俺が頑張るよ……。ありがとうって、言いそびれたな……」
視界がぐらりと揺れ、口調もたどたどしくなる。
「また、会える……よ、ね……」
そう呟き、ユアンに全体重を預け、風真は意識を失った。
「神子様!」
「……大丈夫です。眠っているだけですよ」
動揺する騎士たちに、脈と呼吸を確認したトキが告げる。
すーすーと規則正しい寝息と安らかな寝顔に、皆、ようやく安堵の溜め息をつく事が出来た。
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