127 / 270
討伐クエスト5-2
しおりを挟む三色の魔物が入り乱れる戦場。焼き尽くしきれなかった死骸が、地に積み上がる。目を覆いたくなる光景にも、風真とケイはしっかりと顔を上げ、攻撃の手を緩めなかった。
「あと少し……」
ケイが呟く。元々数の少ない青。早く倒して、緑に移りたい。
風真の力はケイの炎を遙かに凌いでいる。それでも、体力が尽きれば倒れてしまう。そもそも体力の消費量は、神子の力の方が大きいのだ。そういう設定で与えられたものを、後から変える事は出来ない。
炎は、ケイに合わせて与えられた力だ。ケイの体力でも充分に扱えて、邪気も溜まらない。その代わり、神子の力には遠く及ばなかった。
だが、全て使い切っても魔物を倒したい。風真を助けたい。ケイは更に大きな火球を作り出し、魔物にぶつけた。
「っ……、このっ……」
一度で倒れない魔物に、もう一度ぶつける。倒せた事を確認して、また火球を作った。
それは複数体の青い魔物と、緑の魔物を包み込む。熱さに悶え、暴れ回る緑の魔物。ケイの炎が、突風で森の方へと勢いを付けて流れ込んだ。
ケイの炎は結界を越えて魔物を攻撃出来た。それなら。
「皆、下がれ!」
ユアンは声を上げると同時に、風真の方へと走り出す。風真は咄嗟にケイを庇おうと腕を伸ばした。
「っ……!」
ケイが手を振ると、炎は森に届く前に霧のように消える。
「申し訳ありませんっ!!」
ケイは顔を青くして震えながらも、前を見据えて、生き残った魔物の吐いた毒が結界に届く前に炎をぶつけた。
「炎が、消えた……?」
「ケイは、手を離れた炎も自在に操れるのか……」
アールたちは驚きに目を見開く。
赤い魔物が吐いた炎も、ケイの炎が押し返す。魔物本体には効かずとも、炎を包んで相殺する事は出来た。
「ケイ君、すごいっ」
「風真さん……、申し訳ありません……」
「誰も怪我してないからオッケー! 悪いのは魔物!」
風真はニッと笑う。
「ケイ君がいなかったら、結界は破られてたかもしれないし、今頃体力が尽きてたかもしれない。それに、……心細かったんだ」
「風真さん……」
「ケイ君がいてくれて良かった。俺も、もっと頑張れるよ」
その笑顔に、ケイの震えは止まる。本当なら、風真はこんな思いをしなくて良かった。全て自分のせいだ。その罪悪感は消えない。それでも、もう謝罪は望んでいないと風真の笑顔が伝えていた。
「僕も……僕も、頑張りますっ。風真さんのためにっ……」
瞳に涙を浮かべ、花が綻ぶように笑う。
ケイはキッと前を見据え、慎重に狙いを定めて最後の青を消した。そして緑の魔物が意識を逸らした隙に、喉元を狙って炎をぶつける。
(うわぁ……、儚い笑顔と攻撃のえぐさにドキドキする……)
自分が攻略対象なら、ここで恋に落ちていた。このドキドキは吊り橋効果かなと、そっと魔物へと視線を向けた。
体力はまだ残っている。風真も魔物を浄化してすぐに次の対象を選んだ。
「フウマ……」
アールがぽつりと呟く。
浄化を続ける風真を、本心では止めたくてたまらなかった。
以前なら討伐に積極的な神子は便利だと、壊れる寸前まで放っておこうと考えただろう。それが今は、自分の方がやめさせようとしている。
神子の力がなければ、国は救えない。国を救っても、神子が、風真がいなくなるような事があれば……。
「……私が、ユアンなら」
王太子でなければ、王族でなければ、剣を取って魔物の中に飛び込んで行けた。風真の力が尽きる前に、何とか数を減らそうと。
「アールが俺でも、今の状況では何も出来ないよ」
「……すまない」
人智を越える力に頼るしかないと言ったのは自分だ。唇を噛みしめ、風真を見つめた。
袖で汗を拭い、浄化を続ける姿。
風真はあと、どれだけ保つだろうか。熱を出して倒れる前に、命を擦り減らす前に、終わるだろうか。ケイと共に確実に数を減らす魔物を見ても、不安は拭えなかった。
「よし! あとちょっと!」
三人の不安を余所に、風真は全力で浄化を続ける。後少しと言うには多いが、残った緑も確実に倒せている。
「うわっ!!」
その時、ガンッと風真の目の前に緑の魔物がぶつかった。爪と口がガンッガンッと結界を叩く。
攻撃は全て結界が止めてくれる。すぐに浄化すれば、壊される事も……。
(怖い……)
こちらを睨む、爬虫類の目。間近で見た魔物の姿に、我に返ってしまった。
(祈り、を……)
選ぼうとしても、心に呼応するのか文字が霞んでいる。
(俺より、ケイ君の方が……)
怖がっている、と思っても、恐怖のあまり視線を逸らせない。俺がやらないと。そう頭では思いながらも、ガンッと結界を叩く音にビクリと震え、視界を滲ませた。
「神子、落ち着け」
アールが背後から、風真の目元を手のひらで覆う。
「神子君、大丈夫。俺たちがいるよ」
ユアンがそっと風真の頭を撫でた。
「ケイさん、こちらへ……」
トキの声が聞こえ、ケイを魔物から引き離してくれたのだと分かる。風真はホッと息を吐いた。
(こんな時なのに、暖かくて安心する……)
その間も、ガンッと結界を攻撃する音が響く。
「私が扉を蹴っていると思え。そう恐れるものでもない」
「っ、はは……アールの方が鋭かったかも」
「そうだろう?」
アールはクスリと笑った。
「コイツ、神子君を怖がらせるなんて許せないな」
「少し待て」
笑顔で剣を構えるユアンを見て、アールは風真をぬいぐるみのように抱えて場所を移動する。
アールが風真の耳を塞ぎ、手が足りない方は、唇を寄せて風真の名を呼んだ。
「っ、アール?」
「私の声だけ聞いていろ」
「ひゃっ」
「見えないだろうが、騎士たちが顔を青くしながらも、私を羨ましそうに見ている」
「ひ……声っ……」
「見せつけてやろう」
「ひゃんッ、ひ……ぁ、魔物っ、倒さないとっ……」
風真がひゃんひゃん言っている間に、同じく場所を移されたケイが魔物へ炎を放つ。
アールと風真が密着する姿に頬を染め、魔物への恐怖より、二人の邪魔をするなという感情で淡々と炎を作り出していた。
ユアンの剣は先程の魔物に刺さり、私怨から、風真には決して見せられない攻撃を繰り返していた。
風真が怒らないよう、結界の中から剣を突き出して、近付いてきた他の魔物も倒す。
「これが地獄絵図というものでしょうか」
トキがぽつりと呟いた。
変わらず襲い来る魔物。焼け焦げて詰み上がる死骸。剣に貫かれ無惨な姿で崩れ落ちる魔物を、満足げに見下ろすユアンと、それを呆れながらも同じ顔で見るアール。
炎が魔物を焼き続ける中で、風真の喘ぎ声も続いていた。
「殿下。必要以上にフウマさんの体力を奪われませんよう」
「……そうだった」
そっと風真を離し、トキの差し出した水を風真に飲ませる。
(体力より精神力が減った……)
ふと視線を向けてしまった先で、騎士たちにサッと視線を逸らされた。父親のような彼らにこんな姿を見られて、心が大ダメージだ。
「……討伐に戻ります」
「ああ。……すまない」
「うん。魔物から引き離してくれて、ありがとな」
ニッと笑って、魔物の方へと向き直った。
アールの今の謝罪は、体力を使わせた事へではない。自分は役に立たず、討伐を任せきりにしている事に対してだ。
だが言えずに、アールにはそっと風真の背後へと回り見守る事しか出来なかった。
21
お気に入りに追加
840
あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる