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討伐クエスト5-2
しおりを挟む三色の魔物が入り乱れる戦場。焼き尽くしきれなかった死骸が、地に積み上がる。目を覆いたくなる光景にも、風真とケイはしっかりと顔を上げ、攻撃の手を緩めなかった。
「あと少し……」
ケイが呟く。元々数の少ない青。早く倒して、緑に移りたい。
風真の力はケイの炎を遙かに凌いでいる。それでも、体力が尽きれば倒れてしまう。そもそも体力の消費量は、神子の力の方が大きいのだ。そういう設定で与えられたものを、後から変える事は出来ない。
炎は、ケイに合わせて与えられた力だ。ケイの体力でも充分に扱えて、邪気も溜まらない。その代わり、神子の力には遠く及ばなかった。
だが、全て使い切っても魔物を倒したい。風真を助けたい。ケイは更に大きな火球を作り出し、魔物にぶつけた。
「っ……、このっ……」
一度で倒れない魔物に、もう一度ぶつける。倒せた事を確認して、また火球を作った。
それは複数体の青い魔物と、緑の魔物を包み込む。熱さに悶え、暴れ回る緑の魔物。ケイの炎が、突風で森の方へと勢いを付けて流れ込んだ。
ケイの炎は結界を越えて魔物を攻撃出来た。それなら。
「皆、下がれ!」
ユアンは声を上げると同時に、風真の方へと走り出す。風真は咄嗟にケイを庇おうと腕を伸ばした。
「っ……!」
ケイが手を振ると、炎は森に届く前に霧のように消える。
「申し訳ありませんっ!!」
ケイは顔を青くして震えながらも、前を見据えて、生き残った魔物の吐いた毒が結界に届く前に炎をぶつけた。
「炎が、消えた……?」
「ケイは、手を離れた炎も自在に操れるのか……」
アールたちは驚きに目を見開く。
赤い魔物が吐いた炎も、ケイの炎が押し返す。魔物本体には効かずとも、炎を包んで相殺する事は出来た。
「ケイ君、すごいっ」
「風真さん……、申し訳ありません……」
「誰も怪我してないからオッケー! 悪いのは魔物!」
風真はニッと笑う。
「ケイ君がいなかったら、結界は破られてたかもしれないし、今頃体力が尽きてたかもしれない。それに、……心細かったんだ」
「風真さん……」
「ケイ君がいてくれて良かった。俺も、もっと頑張れるよ」
その笑顔に、ケイの震えは止まる。本当なら、風真はこんな思いをしなくて良かった。全て自分のせいだ。その罪悪感は消えない。それでも、もう謝罪は望んでいないと風真の笑顔が伝えていた。
「僕も……僕も、頑張りますっ。風真さんのためにっ……」
瞳に涙を浮かべ、花が綻ぶように笑う。
ケイはキッと前を見据え、慎重に狙いを定めて最後の青を消した。そして緑の魔物が意識を逸らした隙に、喉元を狙って炎をぶつける。
(うわぁ……、儚い笑顔と攻撃のえぐさにドキドキする……)
自分が攻略対象なら、ここで恋に落ちていた。このドキドキは吊り橋効果かなと、そっと魔物へと視線を向けた。
体力はまだ残っている。風真も魔物を浄化してすぐに次の対象を選んだ。
「フウマ……」
アールがぽつりと呟く。
浄化を続ける風真を、本心では止めたくてたまらなかった。
以前なら討伐に積極的な神子は便利だと、壊れる寸前まで放っておこうと考えただろう。それが今は、自分の方がやめさせようとしている。
神子の力がなければ、国は救えない。国を救っても、神子が、風真がいなくなるような事があれば……。
「……私が、ユアンなら」
王太子でなければ、王族でなければ、剣を取って魔物の中に飛び込んで行けた。風真の力が尽きる前に、何とか数を減らそうと。
「アールが俺でも、今の状況では何も出来ないよ」
「……すまない」
人智を越える力に頼るしかないと言ったのは自分だ。唇を噛みしめ、風真を見つめた。
袖で汗を拭い、浄化を続ける姿。
風真はあと、どれだけ保つだろうか。熱を出して倒れる前に、命を擦り減らす前に、終わるだろうか。ケイと共に確実に数を減らす魔物を見ても、不安は拭えなかった。
「よし! あとちょっと!」
三人の不安を余所に、風真は全力で浄化を続ける。後少しと言うには多いが、残った緑も確実に倒せている。
「うわっ!!」
その時、ガンッと風真の目の前に緑の魔物がぶつかった。爪と口がガンッガンッと結界を叩く。
攻撃は全て結界が止めてくれる。すぐに浄化すれば、壊される事も……。
(怖い……)
こちらを睨む、爬虫類の目。間近で見た魔物の姿に、我に返ってしまった。
(祈り、を……)
選ぼうとしても、心に呼応するのか文字が霞んでいる。
(俺より、ケイ君の方が……)
怖がっている、と思っても、恐怖のあまり視線を逸らせない。俺がやらないと。そう頭では思いながらも、ガンッと結界を叩く音にビクリと震え、視界を滲ませた。
「神子、落ち着け」
アールが背後から、風真の目元を手のひらで覆う。
「神子君、大丈夫。俺たちがいるよ」
ユアンがそっと風真の頭を撫でた。
「ケイさん、こちらへ……」
トキの声が聞こえ、ケイを魔物から引き離してくれたのだと分かる。風真はホッと息を吐いた。
(こんな時なのに、暖かくて安心する……)
その間も、ガンッと結界を攻撃する音が響く。
「私が扉を蹴っていると思え。そう恐れるものでもない」
「っ、はは……アールの方が鋭かったかも」
「そうだろう?」
アールはクスリと笑った。
「コイツ、神子君を怖がらせるなんて許せないな」
「少し待て」
笑顔で剣を構えるユアンを見て、アールは風真をぬいぐるみのように抱えて場所を移動する。
アールが風真の耳を塞ぎ、手が足りない方は、唇を寄せて風真の名を呼んだ。
「っ、アール?」
「私の声だけ聞いていろ」
「ひゃっ」
「見えないだろうが、騎士たちが顔を青くしながらも、私を羨ましそうに見ている」
「ひ……声っ……」
「見せつけてやろう」
「ひゃんッ、ひ……ぁ、魔物っ、倒さないとっ……」
風真がひゃんひゃん言っている間に、同じく場所を移されたケイが魔物へ炎を放つ。
アールと風真が密着する姿に頬を染め、魔物への恐怖より、二人の邪魔をするなという感情で淡々と炎を作り出していた。
ユアンの剣は先程の魔物に刺さり、私怨から、風真には決して見せられない攻撃を繰り返していた。
風真が怒らないよう、結界の中から剣を突き出して、近付いてきた他の魔物も倒す。
「これが地獄絵図というものでしょうか」
トキがぽつりと呟いた。
変わらず襲い来る魔物。焼け焦げて詰み上がる死骸。剣に貫かれ無惨な姿で崩れ落ちる魔物を、満足げに見下ろすユアンと、それを呆れながらも同じ顔で見るアール。
炎が魔物を焼き続ける中で、風真の喘ぎ声も続いていた。
「殿下。必要以上にフウマさんの体力を奪われませんよう」
「……そうだった」
そっと風真を離し、トキの差し出した水を風真に飲ませる。
(体力より精神力が減った……)
ふと視線を向けてしまった先で、騎士たちにサッと視線を逸らされた。父親のような彼らにこんな姿を見られて、心が大ダメージだ。
「……討伐に戻ります」
「ああ。……すまない」
「うん。魔物から引き離してくれて、ありがとな」
ニッと笑って、魔物の方へと向き直った。
アールの今の謝罪は、体力を使わせた事へではない。自分は役に立たず、討伐を任せきりにしている事に対してだ。
だが言えずに、アールにはそっと風真の背後へと回り見守る事しか出来なかった。
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