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困ったな

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「そういえば、何か急用だったんじゃないんですか?」
「ああ、そうだった。もう朝食の時間だよ」
「えっ!」
「今日はアールもトキもいないから、寝てるなら起こさないでもいいかと思ったんだけど、心配でね」
「すみません! 元気です! 二人がいなくてもユアンさんがいますからっ……ほんとすみませんっ、すぐ準備しますっ」

 慌ててクローゼットを開け、服を出す。その前に顔を洗わないと。服をソファに放って、洗面所へ駆け込んだ。

「二人だし、ここで食べようか。運ぶよう言ってくるから、ゆっくりでいいよ」
「ううっ、すみませんっ」

 謝ると、役得だから、と返ってくる。さりげなくフォローする優しさに、大人の男かっこいい、と言いながらバシャバシャと顔を洗った。


 部屋に戻ると、着替えが綺麗に畳まれていた。そして、ソファの上から肖像画が消えている。部屋を見回すと、壁際に裏向きで立て掛けてあった。それも、部屋の隅に。
 下には肖像画が入っていた箱が敷かれている。そこは配慮されていた。

「アールがソファに座ってるの嫌だったのかな」

 何だか可愛いな、とまた思ってしまった。





 食事を終え、仕事までまだ時間があると言うユアンと、ゆったりとコーヒーを飲む。

「ユアンさん。あの……もし、俺が……」

 神子の部屋。神子だから、こうしてここで一緒に食事が出来る。そう考えると、昨日の不安がひょこりと頭を擡げた。
 だが、感傷的になってはいけない。アールと同じ、ユアンもきっと優しい言葉を返してくれると自惚れた。

「俺が神子じゃなくなったらっ、どうしますかっ?」

 ぎゅっと目を閉じ、勢い良く問いを口にした。

「それは困ったな。神子君、とは呼べなくなるね」

 間を置かず返ったのは、のんびりした声だった。
 そっと目を開けると、ユアンはゆったりとカップを傾けて、ふうと息を吐く。

「部下たちも君を名前で呼ぶだろうし、困ったよ」

 呼び方だけは神子様のままにさせたらいいのか。閃いたとばかりに一つ頷いた。

(あ……あれ……?)

「それ、アールにも訊いたの?」
「へ? はい……」
「アールはどうせ、俺や部下たちと仲良くする必要がなくなって安心だとでも言ったんだろうね」
「当たりです……」
「アールの言いそうな事だよ。でも残念だよね。君が神子じゃなくても、俺も部下も君が好きなことに変わりないのに」

 呆然とする風真ふうまの頭を、宥めるように撫でる。その手はとても優しく、暖かかった。


「君の力に、俺たちはずっと助けられてきた。君がいたから誰一人欠ける事なく、今も騎士として生きていられる。だからといって、君が俺たちの命を背負う事はないんだよ」

 穏やかな声。優しい瞳が、風真を見つめる。

「君一人が、と言うべきかな。俺たちは互いの命を背負っている。勿論、君の命もね。誰か一人じゃなく、みんなで背負い、護る命だよ」

 騎士は、命を懸けて神子を護る使命がある。だが風真は、使命でなくとも皆を命懸けで護ろうとするだろう。
 ならばそれはもう、神子と騎士の立場ではない。

「神子君はもう、俺たちの仲間だからね」
「仲間っ……」

 風真の瞳がぱちりと瞬き、キラキラと輝き出した。

「第一部隊の仲間でもあり、彼らの愛息子かな」
「俺、お父さんがいっぱいですね!」

 息子のように大事にしてくれる彼らを、そう思っても良いだろうか。それを肯定するように、ユアンは風真の髪を愛しげに撫でた。


「力がなくなった訳じゃないみたいだけど、どうしてそんなに不安になったのかな」
「え、ええっと……神子だからここにいられて、神子だから大事にして貰えてるんだなって思ってしまい……。神子じゃない俺でも好きでいて貰えるのかなっていう、自分勝手な不安というか、……大丈夫って、言って貰いたくて……」

 二人なら、神子の力がなくても好きだと言ってくれる。そう信じていた。自惚れもいいところだ。
 だがユアンは一瞬目を丸くし、嬉しそうに笑った。

「俺が大丈夫って言うのを、信じてくれたんだ」
「はい……」
「嬉しいな。俺が一番神子君の力を必要とする立場だと思うんだけど」
「そうなんです。でも優しい言葉をかけてくれると自惚れてましたし、騎士のみなさんのためにも、力を取り戻す方法を探そうとするんじゃないかと」
「…………そうか。取り戻す方法か」
「へ?」
「騎士を増やす事を考えていたよ」

 ユアンもアールと同じ考えだった。
 騎士団への志願者は、風真が召喚されてから急激に増えている。王宮の一般兵からの前線への異動願いや、退役した者、未経験の者、あらゆる者が志願している。
 違う世界から召喚された神子が、この世界のために命懸けて魔物を討伐しているという噂が流れたからだ。まだ少年なのに、と。
 それなのに自分たちは、自国を護る事もせず安全なところにいる。国をこの手で護りたい。そういう志の高い者が、次々に志願書を送ってくるのだ。

「この機会に増やしてもいいか」

 アールと同じ事を言って、頷いた。もうすぐ定年の者もいる。その点でも丁度良い機会だった。


 戸惑う風真の肩を抱き寄せ、髪に顔を埋める。
 本当は、風真の負担が限りなくゼロになるほど騎士を増やしたい。出来る事なら、安全な場所に閉じ込めておきたい。
 いずれ大事な家族になる風真を、決して傷付かないところに。

「……神子君さえ良ければ、養子を迎えようか」

 ぽつりと呟いた。

「血が繋がってなくても、暖かい家庭は作れるよね。どんなに仲のいい夫婦でも、親族以外なら血は繋がってないんだし」

 家族の中で、唯一血の繋がっていない二人。それが家族の始まりなら、血の繋がりなど重要ではない。

「俺が欲しいのはフウマだよ。フウマと家族になりたい」

 子が成せなくとも、風真への気持ちは変わらない。風真さえいれば、それでいい。

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